第三話:どうにもならないこともある
そして、ノイズは一度も魔法を使うことなく実技試験へと向かった。実技試験は、まず校庭に受験生全員が一斉に集まり、その後グループ分けを行う。そして、グループごとにいる試験官の指定した魔法を行使して、その実力を測るというものであった。
すでに、グループ分けは終わっており、ノイズは指定された場所に立ち、他の同じグループの人たちも、ノイズの横にならび、試験が始まるのを静かに待っていた。
ノイズは先ほど貰った杖を、ずっと握りしめていた。心臓の鼓動が増々速くなるのを感じる。今なら、恥をかくこともなく、試験自体を棄権することもできる。しかし、ノイズは奇跡が起きることを信じていた。そこに立っている理由付けは、それだけで十分だった。
そして、しばらく待っていると、遂にノイズの目の前に試験官がゆっくりと現れる。
「それでは、ここの集団は、私が監督をします。それでは、皆さんには、まずバケツを配ります」
試験官がそう言うと、次の瞬間、ノイズの足もとに突然バケツが出現する。ノイズは一瞬驚いて、目を見開くも、すぐに平静を保とうと、目を閉じて、深呼吸をする。そして、目を開けて、試験官の方を、真剣な顔で見つめる。
「今、皆さんの目の前にあるバケツに魔法を使って、水を注いでください。それでは始め!」
試験官の一言で、他の人たちは一斉に杖を構えて、ブツブツと何かを唱えると、そのバケツの中から、水が溢れだす。
突然始まったテストに慌てながらも、ノイズは、さっき学んだことを繰り返した。背筋を伸ばし、杖をバケツに向ける。そして、目を瞑り、バケツの中に水が溜まっているところを想像する。
そして、気合を込めて、目を開けた。しかし、魔法を使うというのは、そんなに単純なものではないようで、ノイズのバケツは空のままだった。
ノイズは、隣の人のバケツに目を向けると、今にもバケツから溢れ出てきそうなほど、ぴったりと水が入っている。その隣、その隣、その隣と、ほとんどの生徒のバケツを見るも、しっかりと水が入っている。
ノイズの隣の人は、そんな間抜けなノイズの姿を見て、笑みを浮かべる。どこからか、くすくすとノイズをあざ笑う声も聞こえてくる。
「できなかった者は、以上となります。帰ってください」
ノイズは、そのまま校庭を後にした。しかし、悔しいので、自分以外の誰かが同じように失格となっていないのか、周りを見渡すも、失敗している人はいなかった。ノイズは恥ずかしくなり、急ぎ足で荷物のある教室に向かうのだった。
ノイズは大きくため息をつき、うなだれながら自分の荷物がある教室に向かっていた。
「はぁ。やっぱり、僕に学校は無理なんだ。神様が、僕に教えてくれたんだ」
ノイズは、そんな独り言を言いながら、無人の廊下を歩いていく。そして、教室に着き、扉を開けて、中に入ろうしたときだった。何となく、中に誰かいるような気がした。
「まぁ、そんな訳ないよな。まだ、みんなは試験中だし」
そして、扉を開けた。すると、窓際に一人の少女が立って、校庭を眺めていた。少女は、この学校の制服を着ていている。一瞬生徒かと思ったが、わざわざこんな日に、学校にやってくる人がいるはずがない。その少女は、深くフードを被って、外をじっと眺めているので、顔はよく分らなかった。しかし、ノイズが扉を開けた瞬間笑い声が聞こえてきたので、少女も、ノイズの事をあざ笑っているのは、何となく理解できた。
「ねぇ。君、面白いね。あんな無様な姿を見たのは初めてだよ」
少女は、ずっと外を見ながらも、ノイズに話しかける。その言葉は、どこかノイズの事をバカにしているような雰囲気があった。
ノイズは、人がいるはずもないと思っていたので、驚きのあまり、その場に立ち尽くしていた。
「やっぱり、私の目に狂いはなかったなぁ。あんたも天才だけど、私も変わらないくらい天才だと思うんだよね。どう思う?」
「えっ。……何を言っているのか分からないんですけど……」
ノイズは、未だに状況が呑み込めず、ただ茫然と困惑するしかなかった。少女は先ほどから、ずっと窓から校庭を眺めている。
「他の生徒たちは、まぁまぁかなぁ。やっぱり、あんたが一番だわ」
「思ったんですけど、あなた誰なんです?」
ノイズは、教室の中に恐る恐る入りながら、少女の所へ近づこうとする。
「だめだめ。それ以上近づいたら、頭吹き飛ぶよ」
「冗談ですか?」
「冗談じゃないよ。五人くらいはそれで死んでるかな」
ノイズは、それを聞いて足を止める。そして、その場に固まったように、体を動かさずに、少女へ視線を向け続けた。
「あんた、魔法学校に入りたいんだよね?」
少女がどんな顔をしているのかはノイズは全く分からなかった。そして、その言葉の真意も分からなかった。けれど、ノイズは嘘をつくのは嫌だった。だからこそ、ノイズは心の丈をありのまま話そうと、落ち着いて話始めた。
「まぁ。もし入れたとしても、上手くはいかないだろうけど。でも、行きたい。そして、魔法が使えるようになりたい」
少女は、それを聞いて何かを言う訳でもなく、静かにうなずいた。
「了解。それだけ分かれば十分だよ。それじゃあ、また会おうね」
「ちょっと待ってよ」
少女は、窓枠を掴んで、それを飛び越えて、窓の外に飛び出そうとしていた。しかし、呼び止められ、ノイズの方を初めて振り向いた。
「あなたは、一体何者なんだよ?」
ノイズがそう聞くと、少女はフードをもっと深くまで被り、頭を少し斜めに傾ける。そして、しばらくすると、
「機械仕掛けの神とか。後なんだろう……。とにかく、かっこいい響きのすごい名前を持った、百年に一人とかの美少女だよ」
と、真面目そうな口調で答えるのだった。ノイズは少し吹き出しそうになるも、それをこらえて、
「なるほど。貧乏神で、かつ、とてもダサい名前をした、どこにでもいそうな人間か。なるほどね。覚えておくよ」
と、皮肉っぽく少女に言うのであった。
「今の話聞いてた? まぁ何でもいいや。それも一理あるといえば、あるかもだしね。それじゃあ、今度こそ、お別れだよ」
少女は、そう言って、指を鳴らすと、そこに少女の姿はなくなっていた。ノイズは、驚いて、少女のいた場所に急いで駆け寄り、地面を触るも、何か特別な仕掛けがある訳でもないようだった。
「これが、魔法ってやつなのかぁ」
ノイズは、その後も、少女の存在が気になって、教室から離れらずにいるのだった。