第二十一話:調子が悪いなら、
次の日、ノイズは誰もいない教室で、先日の体力テストの記録用紙を確認していた。
「総合評価はEか。つまるところ、ゴミってことか……」
ノイズは大きなため息をつく。ノイズは努力したつもりだったが、思ったようにいかなかったので、少し悔しかった。しかも、それを数値化され、評価されるというは、不愉快だった。しかし、昨日は不調だったので、しょうがなかったと、ノイズは割り切ることにした。
ノイズが、そんなことを考えていると、次の瞬間、廊下からアサが入って来た。
「おはよう」
ノイズが、気さくに挨拶をするも、アサは反応することなく、そのままノイズの前を通り、右斜め前の席に座る。
アサの様子はどこか変であった。息は乱れており、体はふらふらしてる。
「大丈夫かよ? 体調悪いなら休んだ方がいいぞ。先生には後で言っておくから」
ノイズは席を立って、アサの下に近づく。
「いや、大丈夫だ。少し、昨日の体力テストの疲れが続いているだけなんだ」
アサは、平気そうな口ぶりをしているが、額には大量の汗が流れている。
「どう考えても、平気そうには見えないんだって。絶対に今日は休んだ方が」
「うるさいな! 平気だと言ったら平気なんだ! もう、私には構わないでくれ!」
アサは、ノイズに対して怒鳴った。昨日までの落ち着いた雰囲気はそこにはなかった。
教室には、開いた窓から流れてくる新鮮な空気が満たされいた。しかし、教室全体は、ぴりぴりとしていて、緊張の糸が張り詰めている。
「……すまなかった。突然、怒鳴ったりして。少し、お手洗いに行ってくる」
アサは、そう言って急いで席を立ち、早足で教室を去っていく。
「なんだよ。絶対変だよな」
ノイズは、気になって、アサの跡を急いで追う。教室の扉を勢いよく開け、廊下の様子を確認する。トイレは、教室を出て、廊下の突き当りの左側にある。
しかし、ノイズはそこまで行って一歩踏み出すことをためらう。まだアサとは、昨日共に行動しただけの人であり、まだまだ他人ともいうべき関係性なのである。ここで深く、関わっていっても、彼女が傷つくだけなのではないか。何か、人には言えない秘密があるのではないか。そんな思考がノイズの頭を埋め尽くした。
けれど、あの時の告白は一体何のためだったのか。何か辛いことから逃げるためなのか、それとも別の目的があったのか……。
「やっぱり、追うのはやめにしようか」
ノイズは考え抜いた末に、小さな声でつぶやくと、振り返って自分の席に戻ろうとした。
その瞬間だった。遠くの方で、鈍い音がはっきりと聞こえた。ノイズは、戻ろうとした体を、もう一度廊下の方に向ける。
廊下の方を再確認すると、女子トイレの扉が出っ張っていた。ノイズはその光景を一瞬理解できなかった。
しかし、すぐにそれがどういうことなのかを理解する。アサがとんでもない力で女子トイレの扉を叩いたのだ。叩いたという次元の話ではない。鉄でできたその扉をねじ伏せるかのごとく、強い力を加えたのだ。
そして、再び、鈍い音が響き渡る。その頻度はどんどんと速くなっていく。何度も、何度も、叩かれて、扉は形状を変形していき、扉ともいえない形になっていく。
ノイズは本能的に、ここから逃げ出す必要があるのは理解していた。しかし、それよりもその扉の奥で何が起こっているのか、興味があった。足は、すでにがくがくと震えている。
次の瞬間、木の折れる音と同時に、扉がどこかへと飛んでいく。そして、中から、アサが出てきた。
しかし、それはアサというのには少しばかり無理があった。手は人間の手とは思えないほど、大きく膨れ上がり、鋭い爪が、ぎらぎらと光っている。背中からは、大きい翼と爬虫類のようなしっぽが生えている。口からは大量の唾液が流れ出ており、目は獲物を狙う捕食者の目をしている。その姿はまるで、
「竜人か……」
ノイズは、そう呟きながら、変わり果ててしまったアサの姿を見つめていた。
竜人は、きょろきょろと周りを見渡す。そして、ノイズを見つけると、口からよだれをたらしながら、にやにやとノイズを見ているのだった。
まるで、エサを見つけた捕食者のように。




