第二話:どうにもならないことはない
ノイズはひとまず、周りの人の様子を観察する。まず、この冊子を見て、驚くものはだれ一人としていない。みな、何かを待っているかのようにじっとしている。
「制限時間は百八十分です。各自、時計を見ながら、問題を解いてください。それでは、始めてください」
教卓の前の大人がそう言うと、他の人たちは一斉に冊子を開き、ペンを握る。
ノイズも、遅れて冊子を開く。まず、そこには表紙と同じように大量の文字が。次のページもめくり、そのまた次のページをめくるも、訳の分からない事ばかり書いてある。そして、半分まで進めると、中に一枚の紙が入ってあった。そこには、解答用紙と一番上に書いてある。
しかし、ノイズは何のための紙なのかは、最初はよく分らなかった。まず、自分が何をやればいいのかすらも分からなかった。このまま、諦めるのも一瞬頭によぎる。しかし、親の期待がある以上、何もできないで帰るのは、許されないような気がした。ノイズは目を一瞬閉じ、深呼吸をする。そして、気持ちの整理が整うと、ゆっくりと目を開いた。
まず、状況を理解すために、周りの様子を確認しようと、顔を上げて、頭を横に向けようとした。すると、教卓の前の大人が、こちらを凝視しながら、
「きょろきょろしないでくさい。これ以上するなら、出て行ってもらいますよ」
と、鋭い目つきをしながら、ノイズを注意する。
ノイズは、とっさに視線を下に落とす。しかし、今の出来事や、周りの人たちが真剣にこのテストなるものに取り組んでいるのが分かった。
それが分かったノイズは、すぐにその冊子と真剣に向き合うことを心に決める。とにかく、書いてあることがなんなのかを理解するために、知らない言葉は、どういう構造から成り立っているのかを考察する。
そして、それが考察し終わると、何を聞かれているのかは、あらかた理解できていた。そして、中に挟まっていた紙に解答を書けばいいことを、開始から十五分ほど経った所で、ようやく理解する。
そこまで分かったノイズは、頭をフル回転させ、問題を解き進めていく。問題を解いている時のノイズの手は一度も止まることなく、どんどんと解答用紙の空白が埋まっていく。
ノイズが全ての問題を解き終わり、時計を確認すると、試験が終わるまで、七十七分ほど余っていた。そして、問題が解き終わり、一気に緊張がとけると、そのまま目を閉じてしまうのだった。
次の瞬間、ノイズは、後ろの人に背中を叩かれて、目を覚ます。そして、ノイズは時計を確認すると、すでに試験時間を過ぎていることに気づく。
「寝るんじゃねよ。まったく。こんな大事な日に寝不足とかありえないだろ」
ノイズの後ろの席の人が、少し怒ったような口調でノイズに注意しながら、解答用紙を手渡してきた。ノイズも、自分の解答用紙を上に置き、そのまま前の人へと渡していく。
そうして、全ての解答用紙が教卓の前に集まると、大人はそれを大きめの封筒に入れる。
「それでは、お昼休憩の後に実技試験があるので、それに備えてください。それではお昼休憩を始めてください」
そう言って、大人はそのまま教室の外へと出ていった。
そうして筆記試験が終わると、ノイズの隣の席にいた少女が、ノイズの方を向いて、
「ねぇねぇ。君は、どこから来たの? テスト中に寝ちゃうなんて、すごいね。簡単だったの?」
と、興味津々で聞いてきた。ノイズは、まだ眠りから覚醒しておらず、すこしうとうとしている。
「まぁ。うん。そんな感じだったかなぁ。……僕は、田舎の方から来たんだ。君は?」
「私もそんな感じだよ。あっ。そういえば私、名前を言うの忘れてたね。マオって言うの。よろしくね」
マオと名乗る少女は、そう言ってノイズに話しかけてきた。マオを名乗る少女は、ノイズよりも身長が小さく、自分よりも幼い印象を受けた。
「よろしくって、まだこの学校に入学できるって決まったわけじゃないんだし、どうせこの場だけの付き合いだろ?」
ノイズは、少し面倒くさそうに、少女の事を突き放す。きっと少女も、自分とは違って、育ちが良いのだろうと思うと、何だか嫌気がさしたからだった。
「いやいや。多分だけど、あなたはこの学校に入学できるよ?」
マオは、確信があるのか、とても自信ありげな顔をしている。
「そんなわけないだろう。きっとテストはゼロ点だよ」
「そうなの? でも、全然大丈夫だよ! この後は、実技試験だからね」
「そういえば、実技試験って何なんだよ?」
ノイズがそう言った瞬間、教室全体が沈黙した。
「もしかしてたけど、魔法とか使ったことない?」
「うん」
ノイズが、即答すると、マオは驚きのあまり口をぽかんとさせている。周りの人もほぼ同じような顔をしていた。
すると、マオはいきなりノイズの腕を掴み、強引に立たせると、
「ついてきて!」
と、一言だけ言って、無理矢理ノイズを教室の外へと連れて行った。
そのまま、二人は歩いていって、校舎裏にやって来た。マオは、着いた矢先に木の枝を折り、それに腰につけていた小さい杖をそれに押し当てる。すると、その木の枝は形を変形させ、マオの持っているのと同じような形になった。そして、それをノイズに手渡す。
ノイズはそれを何に使うのかをよく理解していなかったが、何となくそれを受け取る。
「今から、魔法の使い方を教えてあげる。後、三十分後には、全員が校庭に集まって、同時に試験が行われるの。それまでは分かった?」
「分かった」
ノイズは言われるがままに頷く。マオは、ノイズの前に立ち、腕を組みながら、ノイズに丁寧に教えていく。
「次に、魔法っていうのはね、どういうものかっていうと、きゅいーんってやってドンって感じにやるの。以上。分かった?」
「ちょっと待ってよ。きゅいーんも、ドンもどういうこと?」
「なんでわからないの! きゅいーんはきゅいーんだし、ドンはドンじゃん」
マオは、なぜ伝わらないのか怪訝そうな顔をしている。一方でノイズも教えてもらっていることには心では感謝しつつも、何をどうすればいいのかは全く分からないので、困ってしまった。
「とりあえず、やってみよう。まず、ぴしっと立つ。ここまでは分かる?」
ノイズは、その場で、できるだけ背筋を伸ばし、しっかりと地面に立つように意識する。
「そうそう! できてるよ! 次に杖をしっかりと前に向けて持つの。この時に杖はしっかりと持つのが重要だよ」
ノイズは、言われた通りに、杖を持ってきて、杖をしっかりと握りしめる。
「それそれ!」
マオは自分の伝えたいことが伝わって、満面の笑みを浮かべる。
「よし! あとはきゅいーんからのドン!」
「ちょっと待って! なんで、動作する前までは完ぺきなのに、肝心なところは全部擬音語なんだよ。全然わからないよ」
「えー。それを言われても、きゅいーんでドンだからなぁ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ」
マオは、少し申し訳なさそうに、しょんぼりしている。そしてノイズは、そこまでが、この子の伝える限界であることを悟ったのだった。