第十三話:真実というものは、
次の日、ノイズは誰よりも早く教室に着いていた。
全身が痛いのか、腰や、肩を手で押さえている。
「昨日、やっぱり走るのやめておけばよかった」
昨日、ノイズはマオと共に、学校まで行くあの坂を何度も走ったのだった。走り始めたのは、昼過ぎくらいからだったが、走り終わる頃には、日が完全に沈んでいた。
ノイズは十二回ほど往復したところで、体力を使い切ってしまったのだが、マオは何度、あの坂を走っても疲れなど知らない様子で、それにノイズは無理矢理付き合わされたので、非常に疲れてしまったのだった。そして、教科書を読みこむ時間もあまり取れなかったので、今日は早めに来ているのである。
そうして、ノイズが教科書を読んでいると、教室の扉が開かれた。そこにはドラコの姿があった。
「早いな」
ドラコが眼鏡を上げながら、それだけ言うと、自分の席にすたすたと向かう。
「まぁな。お前も早いな。もしかして、昨日も一番最初だったのか?」
ノイズは、席に行く途中のドラコに話しかける。ドラコは、足を止め、ノイズの隣に立つと、面倒くさそうに、ノイズの方を向く。
「まぁな。昨日もたしか、一番最初だったな。それがどうかしたか?」
「いやぁ。それが聞けてよかったよ」
「なにが言いたい?」
ドラコは怪訝そうな顔を浮かべている。しかし、ノイズはドラコの顔を見る訳でもなく、教科書を読み続けている。
「いやぁ。ただ、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「昨日の、紙の貼り忘れ事件。あれって、お前の仕業だったんだろ?」
ドラコは、一瞬笑うと、すぐさま冷静な表所を浮かべ、眼鏡を外す。
「どうしてそう思うんだ?根拠はあるのか?」
「まず、ティーチ先生があの紙を貼る担当だったわけだ。そうして、昨日、ティーチ先生は、席順が書かれた紙を黒板に貼った。……そうしたら、普通の人間は次に何をすると思う?」
ドラコは一瞬だけ考えると、
「体育館に行くように指示された紙を貼るな」
ノイズは、教科書を閉じ、ドラコの顔を真剣な眼差しで見つめる。
「そうだろ。普通の人間は、席順を貼ったなら、体育館に行く指示の書かれた紙を貼るはずだ。もし忘れるなら、どっちも貼り忘れるか、あの紙自体を持ってくるのを忘れるかぐらいしかないはずだろ、でも、ティーチ先生は片方の紙だけを貼り、片方を教卓の中に入れっぱなしで、忘れたと。そんなのあり得ると思うか?」
ノイズが、そう聞くと、ドラコは鼻で笑い、
「確かに、不思議だな」
と、一言だけ言って、ノイズに返事をする。そして、ノイズは話を続ける。
「そして、その紙を誰かが隠したとするならば、お前なら、犯行をするのは容易だっただろ。現に、まだ俺たちしか来ていない。一番最初に来たお前が、紙を隠すこと自体は出来たわけだ」
ドラコは大きくため息をつく。それは、ノイズに対して、呆れているようだった。
「確かにな。でもそれは私だと決めつけるには、穴がありすぎる。第一に、そんなことをする意味が全くもってないだろう」
「そうなんだよな。だから、真実が知りたいんだ。僕は、ただそれだけが知りたい」
ノイズが、そこまで言うと、ドラコは突然、ノイズの胸ぐらを掴み、宙に浮かす。そして、ノイズの顔をぐっと自分の顔に近づける。
「余計な詮索はやめていた方がいいぞ。真実は、他者を傷つける道具にしかなりえない。それを理解せずに、他人に踏み込むのは恐れを知らない馬鹿か、死にたがりの奴だけだ」
ドラコは、今までにないほどに怒っているようだった。しかし、それは顔にも言葉にも出ていない。ただ、その場の雰囲気が、そうだと感じさせた。
ノイズは、驚きのあまり、すぐには声が出なかった。ドラコの言いたいことも、まだよく分らなかった。
「分かったよ。変に首を突っ込むのは止めておくよ。だから、この手を離してくれないか? そろそろ苦しいんだが」
ノイズがドラコを説得すると、いつもの愛嬌のない顔に戻り、掴んでいた手を離すのだった。
ノイズは自分の席に座りなおすと、再び教科書を読み始めるのだった。
「何かあったの?」
教室の扉が、がらがらという音を立てて開くと、テンシが、ノイズの隣にドラコが立っていることを不思議がり、状況を確認するためにドラコに質問を投げかける。
「なんでもないさ」
ドラコは、外した眼鏡をつけなおすと、自分の席に行き、着席するのだった。
「よいしょっと」
一人の人間は、椅子から立ち上がった。机に綺麗に並べられた拷問道具の数々は輝いていてすらいた。綺麗に磨かれたそれらは人を殺さない程度に痛めつけるのには最適だった。
「そろそろ始めようか」
壁に貼り出された計画表を見て、にたにたと笑う。そして、最後にその表にひとつの文言を付け加え、中央に貼られた一人の少女の絵を、机の端にあったナイフで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も切りつけるのだった。




