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天才少年は魔法が使えないけれど、  作者: 阿田 雨
第一章
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第一話:入学試験って何?

 

 ノイズは、ルーズコート魔法学校の正門の前に立っていた。片道約三時間の道のりをやって来た彼は、着いた時点で、すでにへとへとになっていた。長い時間をかけて、苦労して魔法学校にやって来たのには、それなりに理由がある。それは今日が、この魔法学校の入学試験があるからだった。


 今も、横から大量の受験生がノイズの前を横切って、正門を通って、中に入っていく。その面持ちは、どこか暗く、緊張感がひしひしと伝わってくる。


 しかし、ノイズは今すぐにでも、自分の家に帰りたかった。ノイズは、正門から一歩引いて、目の前を横切る人たちを確認する。


 まず、なによりも、他の人たちと自分の服装の違いに驚く。他の人たちは、見たこともないような白さを持ったシャツを着て、しわ一つないズボンを着て、首元には落ち着いた色合いをしたネクタイやリボンを付けている。それに比べて、自分はボロボロの布切れみたいな服を着て、ボサボサの髪のまま、ネクタイなんて物は持ってすらいない。そして、みんな賢そうな風貌をしていて、自分が気安く近づいてはいけないような雰囲気があった。


 ノイズは、冷静に考えて、ここが自分が来てはいけない所だということを察知した。今すぐにでも、しっぽを巻いて逃げ去りたかった。しかし、親の期待を裏切るわけにはいかない。そんな気持ちに板挟みにされ、未だに正門の前から離れられずにいるのだった。


 どうして、ノイズがルーズコート魔法学校を受験することになったのかは、この日から約三日前にさかのぼる。


  * * *


 ノイズは、人里離れた場所で、母親と父親と一緒に暮らしていた。そのため、毎日のように父親の労働の手伝いや、母親の家事の手伝いなどをしていた。確かに、世間一般的に言えば、少し貧乏な家庭であったのは事実だった。しかし、そんな生活も、ノイズにとっては幸せだったのだ。


 そして、ノイズがいつものように父親の手伝いを終わらせ、家に帰って来た時の事だった。


「ただいま」


 ノイズは、いつも通り家に着くと、そのまま母親のいる台所に向かった。


 台所にいた母親はすでにご飯の支度をしていた。包丁を片手に、食材を切っている。


「何か手伝うことある?」


 ノイズは、母親の隣まで歩いていき、いつものように尋ねる。母親は手を止めて、少し考えると、


「特にないかな。ゆっくりしてて。あともう少しでご飯ができるから」


 と、答えて、すぐに手を動かし始める。それを聞いたノイズは、そのまま台所から離れて、少し寝ようと思い、自分の部屋に向かおうと、台所を去ろうとした。その時だった。


 突然母親が、何か思い出したかのように、あっ、と一言漏らす。


「……何かあったの?」


 ノイズが不思議そうに聞くと、母親は、手を止めて、ノイズの方を急いで振り向く。


「実は三日後に、学校の入学試験があるのよ。それに行ってきてくれない?」


「えっ?」


 ノイズは、驚きのあまり一瞬理解できなかった。学校には一度は行きたいと思ったものだ。しかし、ノイズの家には、ノイズを学校に行かせるほどの余裕がないことを、ノイズは知っていた。だからこそ、母親の一言は、信じられないようなことであった。


 ノイズは我に返ると、未だに信じられないような表情を浮かばせながら、


「何言ってんの? そんなお金ないじゃん。第一に学校なんて行かなくても、別に僕は大丈夫だよ」


 と、ノイズは言葉を並べた。その全てが本心というわけではなかったが、ノイズの頭の中は、家族のことでいっぱいだった。


 しかし、母親は首を横に振る。そして、いつもの優しい顔で、


「だめよ。あなたには幸せになってほしいの。実は、内緒にしていたんだけど、あなたを進学させるためのお金は用意してるのよ」


 と、ノイズに説明するのだった。


 ノイズに、再び衝撃が走る。まさか、自分の母親が、そんなことまでしてくれていたとは。その感動のあまり、涙が出てきそうになった。しかし、ノイズは涙を流さないように、ぐっとこらえる。


「でも学校に通うのには、にゅうがくしけん? っていうものがあるらしいから、三日後にそれを受けに行ってほしいの。分かった?」


 ノイズは、そのまま勢いよく首を縦に振るのだった。しかし、ノイズは入学試験が具体的にどういうものなのか、そして今から受ける学校が、魔法学校であることは知らなかったのだった。


  * * *


 そして、今に至るのである。結局、帰る訳にもいかず、試験会場である教室にやって来たノイズは、身を縮ませながら、椅子に座っていた。ノイズは周りをきょろきょろと見渡す。


 見渡す限り、とても裕福な家庭で育った人ばかりであった。椅子に座っている姿勢すらも、自分とは違う気がした。そして、教室全体に緊張感が漂っていた。ノイズは今にも叫びだしたい気分だったが、心の中で、それを必死に留めるのだった。


 次の瞬間、教室の扉が開き、一人の大人がゆっくりと教室の中に入ってくる。その人は大量の冊子を抱えて、背後からは、ぷかぷかと浮かんでいる筆記用具たちがついてきている。


 ノイズはその光景に目を丸くさせる。しかし、他の人たちは慌てる素振りもないので、ノイズは、これが当たり前のことであると気づき、平静を保とうと、椅子に座りなおす。


「みなさん、そろっていますね?」


 教卓の前に、その大人が立ち、一言発すると、一気に教室全体の緊張感が増す。そして、その大人は教室全体を見渡し、欠席者がいないかどうかの確認をし始めた。そして、その確認が終わると、まず筆記用具を配布し始めた。


「みなさんは、このペンを使って、テストを解いてもらいます。ですので、一つ取ったら、後ろに回してください」


 それを聞いた、列の先頭の人は、配られて何個かのペン中から、一つだけ取ると、黙々と後ろに回し、そして次の人も同じようにしていく。


 しかし、ノイズは焦っていた。ノイズは一応、一般的な読み書きを母親から教えてもらったことはあった。だから、何かを書けと言われたら、できない事はないのである。ただ、なぜそれをここでやらされるのか、全く見当がつかなかったのだ。


 とにかく、焦ってもしょうがないので、一旦深呼吸をし、他の人と同じように一つペンをとり、後ろにまわす。


「よし。みなさん筆記用具は受け取りましたね。次にテストを配っていきます」


 教卓の前の大人が、そういうと、先ほどのペンと同じように先頭の人に複数の冊子を配ると、他の人たちはペンと同じようにまわしていく。


 ノイズもそれを受け取り、後ろにまわす。そして受け取った冊子をまじまじと眺める。そこには文字がびっしりと書かれてある。ノイズは、一瞬吐きそうになった。ノイズはこんなにも大量の文字を読んだことはないし、冊子になっているから、この量が後何枚も続くとなると億劫でしかなかった。しかもおまけに知らない言葉まで書いてある。


 そして、ノイズは何となく理解したのだった。この入学試験というものは、入学することのできる人間を選別するものだということに。

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