表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私と先生と三角関数

作者: 揚羽蝶

 恋に落ちるのなんて一瞬だ。


 先生と廊下ですれ違いざま何となく目が合った。

 「数学ちゃんとやってるかぁ?」って馬鹿にしたように私に話かけてきて。

 「数学できなくても生きていける道を選ぶし」と、憎たらしく答えた私の頭をぽんぽんと、優しく微笑みながら叩いたんだ。

 

 たった、それだけ。

 それだけで簡単に恋に落ちた。


 私の両親は国語の先生。だからって言い訳かもしれないけど、数学なんてちんぷんかんぷん。sin、cos、tan。一体何の役に立つの?


 離れている木の高さを知りたいとき、地球の半径や月と地球との距離を測るときに、三角関数が役に立つんだよって教えてくれたのは先生だった。


 だから先生、私数学頑張ったんだよ。

 

 「x軸とy軸が交わるところはゼロって言わないの?」

 「それはゼロじゃない、原点だ」

 「何でゼロじゃないの」

 「…ゼロのときもあるし、そうじゃないときもある」

 「数学のくせに、何か曖昧」

 「ちゃんと理解したら曖昧じゃなくなるよ」

 笑いながらそう言って、私の頭をぽんぽんする。


 そんなことされると、勘違いしちゃうよ?


 私と先生の座標軸は、ずっと原点から動かないまま。そこから動かない背中合わせの交差点。私が交差点から抜け出そうとしても、先生が動いてくれないから私も動けない。

 でも原点にいれば点は重なっているから、一緒にはいられるのかな。一緒にいてもふたりの想いはゼロのまま…永遠に解けない三角関数の解を求めて私の心は宙に浮く。

 時々先生が頭ぽんぽんしてくれるそのときだけ、心電図のように三角関数のグラフが揺れ動く。


 私が高校を卒業して、先生とはそれきり。卒業後、先生は私の父が教鞭を執る高校に異動した。父から時々先生のことを聞いたけど、私もそれなりに恋愛をして次第に先生のことは忘れていった。


 それから十数年。父が急逝した。悲しむ間もなく、バタバタと時間が過ぎていく。

 お通夜に来る人もだんだん少なくなってきたとき「この度はご愁傷さまです」と、どこかで聞いた声。


 …先生。


 外に出て少しふたりで歩く。

 「来てくれてありがとう」

 「大変だったな」

 「ううん」

 先生と話していたら、我慢していた涙がポロポロ溢れてきた。

 「…ごめん、大丈夫だから」

 先生はあの時と同じように、頭をぽんぽんしてくれた。そして小声で私に何かを囁く。


 「…こんなときに、ばか」

 「うん、ばかでごめん」


 ずっと止まっていた先生と私の座標軸の原点から、グラフが少しずつ描かれ始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 拝読いたしました! はわわわっ(*´艸`)最後なんて言ったんでしょうか!?どうしましょう?キュンが止まりませんっ!!笑 大人の恋がここから始まるんですねぇ(*ˊ˘ˋ*) この先のストーリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ