第9話 教会の思惑
アタルとクレアが大賢者の屋敷区画に向かう為に出て行った後に、ハロルドとレベッカは大きな溜息を付き、お互いに顔を見合わせるのであった。
「やはりアタルは普通ではないな!」
「はい、お義父様。アタルさんを私達の基準で判断すれば、取り返しのつかない失敗をしそうですね」
ハロルドとレベッカは再び顔を合わせてまた溜息を付く。
「しかし、驚異的な能力や知識を持っていながら、何処か間の抜けた行動をすることもありますし、油断しているようで、きちんと警戒もしています」
セバスのその発言を聞いて、ハロルドとレベッカも先程の話を思い出す。
MP最大値を増やす方法や、大賢者の屋敷の問題について、彼は具体的な対応策の提案をしてきたのだ。その対応策ならポーションの出処についても同じように対処できるようになる。
「まさか、大賢者の屋敷に賢者の末裔が戻って来たと噂を流すというのは予想外でしたわ」
「そうじゃなぁ、しかし噂と言うのが秀逸な方法だと言えるのぅ」
「はい、姿は見せませんが、能力や知識で存在感を示し、アタル様への注目を逸らすには、最高の方法だと思います」
3人はお互いにアタルの考えに感銘を受けたようだ。
「大賢者の区画が整備されて、領民に説明する頃に噂が広まるように調整しますわ」
「その辺の事はレベッカに任せる。今日の教会との話もレベッカに任せる。儂は最後にレベッカの話で問題無いと言えばよかろう?」
「それで問題ありませんわ。しかし、本当に教会と決別することになって宜しいのですか?」
「構わん! 中途半端な対応をすれば教会はそこに付け込んで来るからのぅ」
ハロルドの話に納得しながらも、不安のあるレベッカだった。
「でも、教会と決別してから、アタルさんが領からいなくなれば困りますわよ」
現状で教会はポーション販売以外の価値が無いのは間違いない。そのポーションが手に入らなくなれば、一番困るのは自分たちなのだ。
一時的にアタルに頼っても永久に頼れるわけでは無い。アタルが居なくなった時に教会と決別していては、領政は成り立たなく危険があるとレベッカは心配するのだ。
「まあ、アタルは知識を独占する事はないじゃろう。アタルから知識を貰って後世に伝えるのが、儂やお前の役割じゃ」
ハロルド言われて、弱気な自分の考えを振り払うレベッカだった。
そして、昔の錬金ギルドと同じ間違いをする教会を、許してはならないと改めて心に誓うレベッカだった。
◇ ◇ ◇ ◇
エルマイスター領の教会で司祭を務めるワルジオは、教会のポーション管理部の責任者であった。
各教会にはポーション管理部があり、ポーションの製造と販売を任されていて、教会で一番の権力とお金が集まる部署でもある。
ワルジオはこの町で実績を上げれば、司教になれる可能性が非常に高い。司教になれば教会を一つ任されて、権力や金も今以上に好きに出来るのである。
この辺境の町プレイルは、魔物の被害も多く、ダンジョンが近くにあるので、ポーションの需要は高い。その結果、他の町よりもポーション管理部には権力や金が多く集まっていた。
ワルジオは今以上の権力と金を求めて、やっと司教になれる目前まで来たのである。
それなのに、冒険者ギルドから薬草の納品が最近半分になってしまって、予定数のポーション製造が難しくなっていたのである。
あの威張りまくるだけの能無し司教に報告することを考えると頭が痛くなってくる。
今も冒険者ギルドに薬草の納品の確認と、責任を追及して来た所である。
「ワルジオ司祭、冒険者ギルドは薬草の納品が滞っている理由を、どう言ってましたか?」
冒険者ギルドのギルドマスターと面談してワルジオが馬車に戻ってくると、ポーション販売を主に担当している助祭が聞いて来る。
「孤児院の者から納品が無くなったらしい。なんでも領主から孤児院に直接依頼があって、別の作業をしていると言い訳をしていたわ」
ワルジオは不満そうにそう言い捨てる。
「では、冒険者ギルドに納品する分はどうなりますか?」
「これまで10日で100本納品していたのを、30本にすると言ったら驚いた顔をしておったわ。それも冒険者ギルドには1本あたり金貨2枚と銀貨5枚で卸していたのを、当分は金貨3枚で納品することにした」
助祭は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにずる賢そうに笑う。
「冒険者ギルドは売っても利益がなく、普段から足りないと言っていたポーションが、更に足りなくなるという事ですね」
「その通りだ。冒険者ギルドのギルドマスターも追い詰めないと仕事もできないみたいだしな。奴もこれで必死に薬草の納品をするだろう。フォッフォッホ」
ワルジオは贅沢で太った緩み切った腹を抱えて大笑いする。
「しかし、孤児院の者は納品数だけじゃなく、薬草の品質も相当に良いようですね。教会への納品数だけではなく、納品された薬草の品質も驚くほど悪くなったと、製造担当の助祭も話しておりました」
ワルジオは考えながら独り言のように呟く。
「孤児院の者を教会専属に出来ないか交渉してみるか。ダメでも冒険者ギルドが何か手を打つだろうし、騎士団もポーションが必要だろうから、それくらいの事は対処してくれる可能性もあるかぁ」
助祭はずる賢そうに笑うと、ワルジオの機嫌を取ろうと喜びそうな話をする。
「薬草が普段の半分しか手に入らなくて、それでもエルマイスター家には同じ量を納品していると恩を売れば、あのレベッカ夫人もワルジオ司祭に感謝するのではないですか?」
ワルジオと助祭はお互いの顔を見てずる賢そうに笑う。
「それも恩着せがましく譲ってやるさ。それにいつかあのレベッカ夫人を……へっへっへっ、公爵家から辺境伯家に嫁いだあの女を、フッフッへへ」
今度は好色そうに嫌らしい笑い声をあげるワルジオだった。
町でも高級なお店で昼食を助祭と食べると、馬車に乗りポーションを納品しに役場に向かう。
「商業ギルドには問題なく話をしてあるのだな?」
ワルジオは助祭に確認をする。
「はい、お言い付け通り、納品数は半分の10日で50本納品になり1本あたり金貨2枚と銀貨7枚になると話してあります」
「納品数はエルマイスター家が妥協して減らせば、通常と同じ数を納品すると話してあるのだな?」
「はい、ご指示通りに」
ワルジオとずる賢そうに笑いながら話をする。
「フフッ、これで値上げや納品数の減少は冒険者ギルドの責任になり、さらにエルマイスター家が領民の事を無視して、ポーションを独占しているように思わせられるな。
教会は何も悪くなく、悪いのは冒険者ギルドとエルマイスター家だと噂を流せば、さらに教会の信用は良くなるだろう」
ワルジオとしては、今回のポーション売り上げの減少で、司教から難癖をつけられるは間違いないので、原因は冒険者ギルドであり、そのような状況でも教会の信用を良くしたと言えるようにしたかったのだ。
「しかし、ポーションは大丈夫でしょうか? 随分と水で薄めて減った本数の半分を確保できましたが、ポーション製造担当の助祭が、効果が半減すると言っていましたが……」
助祭は値上げしときながら、効果が半減していては不味いのではと思っていた。
「それも、冒険者ギルドの責任にすれば良い!」
助祭はワルジオに叱責されるように言われて、沈黙するしかなかった。
商業ギルドの担当者に今回の話をした時に、相手はこめかみをピクピクとさせ手も震えているのが印象に残っている。
商業ギルドが教会と揉めるとは思えないが、これ以上追い詰めるのは不味いと助祭は感じていた。
それにポーション製造を担当する助祭から聞いた話を思い返す。
「ポーションは水で薄めるのは最悪の対応だよ。水1にポーション2を混ぜるように指示されたが、効果は半分になってしまうし、もしかしたら数日でポーションの効果が無くなるかもしれない。
何度もワルジオ司祭に説明したが、聞いてくれない。お前から説得してくれないか?」
値上げをして、効果が半分のポーションを納品し、数日で効果が無くなったら……。
本当に冒険者ギルドだけに責任を押し付けて済むとは到底思えない助祭だった。
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