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第47話 全面降伏

悪魔のような微笑みをしながらハロルドが近付いてくるのがオルアットには見えていた。その後ろからは竹の水筒を持ってサバルが近付いてくるのも見えていた。


しかし、これまでに感じたことのない恐怖にオルアットは何もすることも、話すこともできなかった。グランドマスターになるまでに、闇ギルドのような危険な連中を相手にしてきたこともある。それでも交渉やハッタリで凌いできた。


オルアットは世界の時間が止まったように感じながら、ハロルドが相手では交渉は無理だと考えていた。


(金がすべての商業ギルドが交渉できる相手ではない!)


青臭いともいえる子供の無事だけを最優先する相手に交渉手段などない。


「ハロルド、待つのじゃ!」


誰もがハロルドの気迫と行動に見つめるしかなかった。だがゼノキア侯爵だけが何とか声を上げた。それを聞いて他の領主も我に返る。


「ま、待ってくれ! オルアット殿は現状では犯罪者ではない! 他の連中は殺さなければ許されるが、商業ギルドのグランドマスターに手を出してはダメだ!」


エドワルドも我に返ってハロルドを諌める。オルアットも助かったと思いながら、すべてを諦めた自分を反省する。


「何を言うのじゃ! ギルドマスターが3人も罪を犯したのじゃぞ。グランドマスターに責任があるのに決まっておる!」


ハロルドの話は間違ってはいないと領主たちは思った。しかし、オルアットに手を出すのは間違っている。


「商業ギルドとして可能な限り、不当に売られた子供を買い戻しするようにします!」


オルアットは中途半端な駆け引きは命取りになると即座に判断した。現状では領主たちに先手を取られ、商業ギルドの不正が次々に暴かれているのである。今は損失が出ようとも、少しでも傷が広がらないようにして、後日やり直しを図るしかないと考えたのである。


「ほう、確実に全部買い戻してくれるのじゃな?」


「そら保証できまへん! せやけど、全力で対応させていただきます。隣国となるとうちの権限も限られてきます。金で解決できるなら対処できるけど、現状で中途半端なお約束はできまへん!」


ハロルドの殺気がまた膨らみ始めたが、カークが間に入る。


「ハロルド殿、私がオルアット殿と詳細を決めて契約させます!」


「じゃが、その契約を反故にしたのは商業ギルドではないか!」


「その通りですが、これほどの証人が立ち会っているのです。中途半端な事をすればどうなるか、オルアット殿も理解しているでしょう!」


カークは必死にハロルドを説得する。


「ハロルド、気持ちは分かるのじゃ。しかし、現実を考えて見よ。隣国内の事になれば我らもやれることは限られている。それとも隣国と戦争でも始めるのか?」


ゼノキア侯爵が尋ねる。ハロルドの気持ちも分からないではないが、現実的に不可能なこともある。そして、それこそ戦争になれば大量の死者がでるのである。


ハロルドもそれぐらいの事は分かっている。感情が抑えられないのである。


「わかった! 納得できる契約書を作ってくれ。儂はその間にこいつらの尋問する!」


誰もがハロルドの八つ当たりを、ギルドマスター達が受けることになると気の毒そうに目を向ける。


「ハロルド、悪いが尋問は別室でやってくれ……」


エドワルドは諦めたようにハロルドにお願いした。


ハロルドとエルマイスターの兵士が嬉しそうに3人を連れて行く。サバルは残ったエイブルのギルドマスターを指差して確認する。


「こいつはどうしますか?」


「お前はここで我々の尋問に正直に答えるか?」


カークの問いかけにエイブルのギルドマスターは必死に頷いて同意する。


「今のところ明確な犯罪の証拠はない。我らで尋問する」


「わかりました……」


サバルは残念そうな顔で答えると、先に部屋を出たハロルドを追いかけて部屋を出ていくのであった。


サバルが部屋を出たのを確認すると、オルアットだけでなく領主たちも大きく息を吐きだした。


「オルアット殿、妥協できる契約内容では許されないぞ」


カークは真剣な表情でオルアットに話した。


「そのようでんなぁ……。下手したら私の命だけでのうて商業ギルドまでのうなりそうですわ」


オルアットが呟くようにそう話すと、全員が頷くのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



オルアットは驚くほど妥協した案を自ら申し出た。駆け引きとかは一切なく、商業ギルドで対応可能なことを率直に提案した。


領主たちが驚くほど高額な賠償金もオルアットから言い出したのである。


オルアットは誠実に今回の件を終わらせようとしていたわけではない。分かっている範囲で色々計算して、現状では変な駆け引きは絶対に悪手だと考えていた。あのハロルドに中途半端なことは危険だと感じていたのだ。


そして、エルマイスターやこの場にいる領主たちを敵に回すのは、商業ギルドにとって危険を感じていた。

教会のクレイマン司教がすでに捕縛され、冒険者ギルドのギルドマスターも捕縛されているのである。


(明らかにそれらの組織と敵対する覚悟まであるんやろうなぁ)


サバルが尋問で使ったポーションも、教会のポーションとは物が違うと感じていた。教会からポーション利権が無くなれば、間違いなく教会は追い詰められるのは目に見えている。


ポーションを使った教会の横暴は、国や貴族、商業ギルドも困っていたのである。

すでに教会が神の名を語って好き勝手していることは、誰もが理解している。教会は嫌われているのである。間違いなく先行きは短いとオルアットは思っていた。


そして、冒険者ギルドも先行きは不透明である。エルマイスターの話を聞くと、一番の利益が得られるダンジョンで、領主が管理するような探索ギルドができたことも、すでに情報が入っていたのだ。それもダンジョン内で買取所を開いているとなると、今後は他のダンジョンを領地に持つ領主がどう動くかは目に見えるようである。


そして、まだ推測だが塩さえも手に入れたとなると、エルマイスターは特別な存在になる。そして公的ギルドの存在も脅威であった。ギルドを運営するにはギルドカードと金の管理が必要になる。まだ詳細は分からないが、ギルドカードの存在も噂になっていたのだ。


商業ギルドは敵対ではなく、協力関係を目指すしかないと考えたのである。


(それも現状ではややこしいとしか言われへんがなぁ……)


オルアットは厳しい現実に落胆する。しかし、それにやりがいを感じ始めていた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ハロルドは戻ってくるとカークから契約書を見せられ驚いた。明らかに商業ギルドが全面降伏したような内容だったからである。


カークだけでなく他の領主たちもこれでも文句があるのかと、ハロルドを見ていた。


「内容は問題ないじゃろう。後は実行してくれるかが問題じゃがのぉ」


ハロルドはすでに尋問をして、興奮は治まっていた。


他の領主も関わる内容もあるため、全員が契約書に署名する。


オルアットは契約が終わるとエイブルのギルドマスターと一緒に帰った。商業ギルドはまだグラスニカの兵士と役人による調査を受けているはずである。混乱を鎮めるためにも商業ギルドに戻ることにしたのだ。


「しかし、初めて参加した塩会議がこれとはのぉ」


ゼノキア侯爵は疲れた表情で呟いた。


「一度に色々なことがあり過ぎだ!」


エドワルドがハロルドを睨みながら言った。


「わ、儂は悪くないぞ! 悪いのは相手側じゃ。他に悪い奴が居るとしたらアタルじゃ!」


ハロルドの話に誰もがそうだと分かっていた。しかし、ハロルドもやり過ぎだと思っていた。


そして、すべてはアタルに繋がっているのも間違いないと感じていたのだった。


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