第42話 思惑通りに……
オルアットはネストルがこんなに早く来たことに驚いていた。本来ならまだ塩会議の序盤ぐらいのはずである。
「先に塩会議はどうなったか教えてくれへん?」
ネストルは先に聞かれてどうしようか迷ったが、いまさら隠しても他から伝わるし、それを踏まえて交渉するつもりなので、正直に塩会議の結果を話した。
「当面は隣国から塩を買わずに乗り切ることが決まった。暫くは備蓄した塩で対処しながら引き続き交渉を進める事になった」
ネストルの話を聞いてなるほどとオルアットは思っていた。
過激な値上げを提案して、他の領主たちの我慢の限界にきたのだろう。そしてこれほど早く結論が出たことを考えると、やはりエルマイスターで塩を何とか手に入れる方策が見つかった可能性が高いのではと考える。
(事前に申し合わせができていないと、これほど早くそんな重要な結論が出るはずないなぁ)
「そうですかぁ、そうなると商業ギルドの対応も考えなあかんなぁ」
オルアットはネストルの反応を窺いながら、色々な意味を含めてそう話した。
「ああ、そこでヤドラス家としても色々と今後の事を考えて、商業ギルドにも協力してほしいのだ」
ネストルはこれまで儲けさせたのだから、それくらい協力しろよと内心では思っていた。
「もちろん商業ギルドは協力させてもらいまっせ。ただ、儲けられへんと困るけどなぁ」
オルアットは微妙な言い回しでネストルに答える、ネストルは協力してくれると聞いて当たり前だと思っていた。そして、協力すれば、今までのように利益が出るのだから問題ないと安易に考えていた。
「それなら、商業ギルドで塩をできるだけ多く買って、売らずに確保して欲しい」
ネストルはそれほど難しいことではないと、簡単に協力してもらえると話した。
オルアットはネストルの提案を聞いて、すぐにネストルの意図を理解した。
「備蓄の塩を吐き出させるつもりですな。せやけど、簡単にはできまへんよ。販売量は領主が握ってますし、商業ギルドが領主から買うて売らな、我々が責められてまいますぅ」
「その辺のさじ加減は、商業ギルドの得意なことだろ。全部を売るなと言っているのではない、市場に出回る量が減れば領主も備蓄から追加で出すのは間違いない。バレない範囲で上手くやってくれ」
オルアットは確かにその辺は上手くできると思っていた。しかし、それでは儲けどころか損する可能性もあると考える。
「確保した塩を保管する場所も必要でんなぁ。それに後でその塩が同じ金額で売れますか? 今回の塩会議の内容を聞くと、塩の価格を下げな、それこそ隣国と揉めるのちゃいますか。はっきり申し上げて商業ギルドはリスクだけで儲けがおまへん。お断りさせてもらしかありまへんなぁ」
「ふ、ふざけるな! これまで商業ギルドにヤドラス家が、どれほど儲けさせてきたのか分かっているのか!」
「もちろん知ってますで。せやけど、そらお互い様やろう。それを商業ギルドだけ金とリスクを提供しろとは、幾らなんでも無理な話やろう。リスクを商業ギルドが被るんやったら、利益は確保させてもらわな、さすがに無理ですやろ」
ネストルは怒りで拳を握りしめてブルブルと震えていた。しかし、相手がグランドマスターだと思い出し、喧嘩すればどんな不利益があるかもと思い直した。
「わかった。一度考えてみる……」
ネストルは興奮してよく考えずにこの場に来たことを後悔した。確かにギルドマスター達ですら一方的な提案では納得しなかっただろうと思い直す。
ネストルは適当に挨拶して商業ギルドを後にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ネストルは内心追い詰められて宿舎に戻ってきた。さすがにグラスニカ領主の館に滞在する気にもなれず、夕食を一緒に取れば、昼のような屈辱を受けると思って、宿舎で過ごすことにしたのだ。
しかし、何とか備蓄を吐き出させて、彼らを追い詰めたいと必死に考えを巡らして戻ってきた。多少はこれまでに貯めた金を吐き出すことも考え始めていた。伯爵になるのが難しくなるが、それ以上に自分を小馬鹿にするハロルドを追い詰めたいと思っていた。
「ネストル様、グラスニカ領主から、資料が届いています」
ヤドラス家の執事が書類を持ってきた。正直見たくないと思ったが、何か打開策があるかと思い資料を読み始める。
そして資料に書かれている内容が、予想外に自分に都合が良いと思った。もしかして、何かしら策略ではないかと考えがよぎった。しかし、さすがにこちらの動きや考えが相手にバレているとは思わない。そして相手がこんなリスクのある策略をしてくるとは思えなかった。
「はははは、これで奴らに吠え面をかかしてやる!」
翌日朝早くから、ハロルド達に挨拶をして、領地に戻ることを報告する。そしてその足で商業ギルドを訪ねるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ネストルは昨日と同じ応接室に通されると、すぐにオルアットが姿を見せ、ギルドマスター達が昨日と同じような感じで立っていた。
「これを見てくれ」
ネストルは前置きもなく、オルアットに書類を渡した。
オルアットも黙って受取るとその書類にすぐに目を通した。
その書類を読んでオルアットは、間違いなくエルマイスター領で塩が手に入るのだろうと思った。しかし、目の前のネストルはその可能性を全く考えていないと思った。
「おもろいでんなぁ。これやと制限のう塩が購入できるようになりますなぁ。せやけど、持出は色々と制限がありそうでんなぁ」
塩を制限なく幾らでも購入できるのは、ネストルの備蓄を吐き出させようとする作戦には好都合である。
しかし、まるでネストルを誘うような制限解除である。
「これなら早い時点で奴らを追い詰められる。そうなれば塩の価格はまた私の思うままだ。商業ギルドはもちろん協力してくれるな!」
ネストルは自信満々にオルアットに尋ねたが、オルアットは冷静に答える。
「協力はもちろんさせてもらいますぅ。せやけど、買い上げて保管する経費や、領主からなんでそんなんをするのか問い詰められる可能性がありますなぁ。そやさかい3倍の価格で商業ギルドが買い上げて、ヤドラスに送る協力ちゅうことで、かましませんか?」
大体3倍で買っても、上手くいってその半値で販売する程度しか見込めない。それどころかエルマイスターで塩が手に入るなら、塩の価格が暴落する可能性もある。
商業ギルドとしてはそれほどヤドラス家に肩入れする理由はもうない。だから買い上げの費用はヤドラス子爵家に負担してもらい、送る費用だけ上乗せすることにしたのだ。本当なら買い上げた金額にも手数料を上乗せしたかったぐらいである。
ネストルはここまで商業ギルドが非協力的になるとは思っていなかった。しかし、他領で自分が買うこともできないので、商業ギルドを頼るしか自分の計画を進める方法がない。それにグランドマスターが居なくなれば、何とかなると考えた。
「わかった。それで構わない。その代わり買えるだけ買ってもらおう!」
「もちろん商業ギルド職員総出で買わせてもらいますぅ。ですが契約書と費用は前払いでお願いしますぅ」
ネストルはオルアットの提案に両眼を開いて驚いた。まさか、貴族に対して前払いで要求してくるとは思わなかったのである。
「今回は購入したらすぐに商品である塩はヤドラスに送りますぅ。それも金額は莫大になるさかい、ヤドラス子爵家様の支払い能力を超える可能性が高いやおまへんか。商業ギルドは慈善事業やおまへんさかい、しっかりとお金だけは回収させてもらういますぅ」
ネストルの顔は怒りで血の気が引いて、顔色は真っ白になっていた。そして商業ギルドも内心で敵だと考えた。今後は幾ら利益が出るようになっても、商業ギルドを多く儲けさせるものかと考え始めていた。
「わかった。契約書を作ってくれ。金はヤドラスで渡す!」
ヤドラスで渡すときにギルドマスターを上手く言いくるめれば、何とでもなると思っていた。
オルアットは満面の笑みで契約書を作成すると、ネストルに渡すのであった。
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