第1話 懐かしい場所
大賢者区画の兵舎からテク魔車3台とウマーレムの騎馬12騎が並んで出発した。塩会議に向かうエルマイスター家一行である。
先頭に騎馬6騎、その後ろにはエルマイスター家の紋章の入ったハロルド様の乗るテク魔車、騎馬2騎を挟んで次もエルマイスター家の紋章の入った自分達の乗るテク魔車、さらに騎馬2騎を挟んで公的ギルドの紋章の入ったテク魔車、最後尾にも騎馬2騎がついている。
町中をゆっくりと進む一行の姿に、町の人は驚いた表情で見送っている。
今日から領都とダンジョン町の定期運行馬車も、ウマーレムとテク魔車になるので、すぐに見慣れるだろう。
定期運行用のテク魔車は最大で60人も乗れる簡素の造りで、1時間ごとに往復してすることになる。
公的ギルドカードがあれば無料で利用させることにしたようだ。それにより両方の町の活性化に繋がると判断したようだ。
領都の西門を出ると先頭のテク魔車でハロルド様と私は話をする。
「町の外に出たのに揺れがほとんど感じられん。本当に素晴らしいテク魔車だのぉ」
ハロルド様は感心するように話をした。すると前の壁に映っている6騎の騎馬のうち4騎が離れていくのが見える。
「先頭の6騎の騎馬のうち4騎が先行して安全を確保します。追い払える魔物は追い払い、討伐する必要がある場合には文字念話で連絡してきます。あとは状況に応じて討伐を始めるか、後続が停止するかこちらから指示する形になります。
基本的に安全に移動することを優先します」
そう説明したのは、今回の護衛隊長を務めるサバルさんだ。前に女性優先の件で私と揉めた騎士団の副団長さんでもある。
横の壁には地図が表示され、一行の配置も表示されている。部隊編成として登録すると、仲間は全て青色で表示される。そして文字念話でやり取りもできるようになるのだ。
「これは表には出せんのぉ。こんな馬車があれば戦争も変わってしまうのぉ」
呆れたように私を見ながらハロルド様が話す。
いやいや、私は戦争とか考えてないよぉ!
ただ安全に移動できる方法を考えただけである。
「はい、私もそう思います。指揮官は簡単に状況を把握でき、部下への指示も簡単にできます。それにウマーレムだと基本的に休憩も必要ありません。移動時間も劇的に早くなります。さらに兵士もそれほど緊張しないで移動できますね。
戦術が根本的に変わると思います」
サバルさんは嬉しそうに話している。
「誤解があるようなので言いますが、私は戦争を想定してウマーレムやテク魔車を造ったわけではありません。誰もが平和に安全に移動できるように考えた結果です!」
私は真剣に話したが、ハロルド様達はジト目で私を見る。
「アタルよ、お前がどんなに良い理想を掲げようとも、この馬車やウマーレムを見た権力者は、間違いなく戦力として考えるぞ。お主はそういうことを少しは考えてくれると、助かるのじゃがのぉ」
私以外の全員が頷いている!?
くっ、確かに……。
「き、気を付けます……」
特に運用面に問題がないようなので、サバルさんは護衛用の部屋に戻っていった。このテク魔車は客用のこの部屋だけでなく寝泊まりできる客室もある。
さらに後部には護衛兵士用の区画があり、指揮所のような部屋や休憩所、兵士用の6人部屋などが複数あるのだ。
交代で指揮や護衛、休憩などができるように考えて創った。疲れが溜まらないようにベストの状態で護衛できることにも配慮したのだ。
うん、やり過ぎたなぁ……。
どうも作り込みを始めると楽しくなってしまい、思いついたことを実現しようと考えてしまう。結果としてこの世界の常識を忘れてしまうようである。
反省しようと何度も思ったが、地球に無い技術との融合が楽しくて、すぐにやり過ぎてしまうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
出発して3時間も掛からずに懐かしい場所に到着する。馬車を止めて休憩する必要はなかったが、私がお願いして休憩させてもらうことにした。
馬車から降りて目の前の建物を見ると、凄く懐かしく感じた。
この建物に転生してきてから、まだ数ヶ月なのかぁ。
この世界に転生してきて、まるで数年が過ぎたような感じがする。
短い間に結婚して2人の妻がいる。物造りに嵌まって様々なの物を作り、ダンジョンへ行ったり、色々な人と出会ったりした。
地球でボッチだったことが嘘のような気がする。
うん、転生して良かった!
転子『良かったのじゃ~! グスッ』
もっと素敵な神がきっかけだったら、もっと良かったのに!
転子『し、失礼なのじゃーーー!』
「アタルーーー!」
ミュウが馬車から降りて全力で走ってくる。そして私の胸に飛び込んできた。
「この場所が運命に会った場所なのぉ~!」
ミュウはそう言いながら必死に顔を私の胸に擦り付ける。
「そうだよなぁ。ここでミュウとシャルに出会ったんだよなぁ~」
思わずあの時のことを思い出す。
「そうだったんですね……」
クレアとラナが遅れて近づいてきて話した。
今回は折角なので新婚旅行も兼ねてラナも誘った。そしたら何故かミュウとキティも一緒についてきた。
キティはすでにいつもの私の肩に登っている。クレアはもちろん護衛として一緒に来ている。
「ああ、そうだなぁ。ミュウが怪我していて、シャルがミュウを守ろうとしていたんだ。シャルの気迫が恐かったなぁ」
獣人を見たのも初めてだったから、正確な年齢が分からなかったし、シャルの気迫が凄くて本当に恐ろしかったことを思い出す。
「でも、でも、運命に会わなければミュウは死んでいたの!」
涙目で訴えるミュウを見て、やはり妹の美優を思い出してしまう。見た目も性格も全く違うが、私を信じて懐いてくるミュウを見ると、幼い時の美優を思い出すのだ。
「確かにミュウが怪我していて、死にそうになっていたなぁ。でも、今ではこんなに元気になって良かったなぁ」
「うん、だから運命のお嫁さんになるのぉ~」
うん、それは話が違うかなぁ~。
油断して嬉しいと答えると、危険なフラグがたちそうで怖い。この世界では子供でも女子は油断してはダメだと、すでに学んだのだ!
「私もすぐそこで死ぬところを旦那様に助けられた。結果的にそれが運命で妻になれたのね!」
うん、クレアさん、その表現は子供たちが勘違いするから、やめてくれぇ!
「キティもぉ、およめさんになるぅ~」
こうなるよなぁ~。
「弟も近くで亡くなったのね……」
そうだった。ラナの弟はこの先で亡くなったのだ。そして遺体を持ち帰ったことで、ラナと親しくなった気がする。
そう考えると、この場所は転生の始まりで、人生を共にするクレアとラナとの繋がりの地でもあるのかぁ……。
そう思いながら休憩所の建物や、その前に広がる草原を見ると、何かこの地に神聖な何かがあるように感じてしまう。
じっくりと周辺を眺めているとハロルド様が声を掛けてくる。
「アタル、急ぐ必要はないが、そろそろ出発しようかのぉ」
「はい、私は自分達のテク魔車に移ります」
私が助言することもなさそうなので、家族と一緒に移動することにする。
「そ、そうか、そうなると寂しくなるのぉ」
いい年して何を言ってるんだ!?
「それと、この先の初めてハロルド様にお会いした場所で少しだけ止まってもらえますか? ラナにその場所を見せたいので……」
「わかった。確かにあの場所は運命の地かもしれんのぉ。アタルに出会い、クレアの命が救われ、ラナの弟が亡くなった。儂にとっても感慨深い場所じゃのぉ」
ハロルド様も同じような事を考えたようだ。
自分達のテク魔車に移って移動を始める。初めてスライムを見た橋を越え、大きな岩を迂回するように回ると一行は止る。
「ここで弟が……」
ラナは外の景色を見ながら呟く。すでに戦闘の跡は一切残っていなかったが、ラナはゆっくりと周りを見回して、一筋の涙を零した。
それを見て私は、自重するよりも同じように悲しむ人が居なくなるように頑張ろうと決意するのだった。
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