第38話 カヌムの報告
王都の冒険者ギルドのある部屋でカヌムは報告をしていた。
カヌムは急遽王都に戻ることになったのだが、エルマイスター領を出て隣領のグラスニカ領まで他のギルド職員と一緒に移動していた。
しかし、グラスニカ領の冒険者ギルドで様々な報告や対応を終わらせると、先行して王都に戻ってきたのである。
「カヌム、まさかお前が一緒に行っておきながら、まさか他の裏職員を死なせることになるとはなぁ。それに裏としての情報収集もせずに戻ってくるとは情けない」
そう話すのは、この国の裏ギルド職員を束ねるカヌムの上司のヤドラスであった。
彼は冒険者ギルド本部から派遣された天下りである。50代ぐらいの年齢のすだれ禿頭で、尊大な雰囲気を醸していた。
「いや、先程の報告を聞くかぎり、余計なことをせずに報告に戻ってきたのは正解でしょう」
ヤドラスの意見に反対するのは王都冒険者ギルドのサブマスターのマクリアであった。
彼は中肉中背の知的な感じの中年の男で、この報告会議の参加者の中では比較的若い存在である。
「そうですなぁ。鑑定の魔道具が存在するとして、裏ギルド職員の存在や犯罪履歴の有無が分かるとなると、非常にまずい状況と言えるでしょうねぇ」
そう話すのもサブマスターのアーコンである。
老齢で冒険者ギルドのサブマスターというより、学者か研究者の雰囲気の老人であった。
「おいおい、そんな魔道具が本当に存在するのかぁ。あんな辺境に王都や魔法王国にも存在しないような魔道具があるわけねえだろ。騙されたんじゃねえか?」
そして乱暴な言葉で話した男もサブマスターのタルボットである。
彼はマクリアより年齢は上だが、まだ現役の冒険者にも見えるほど体が大きく筋肉質の男である。
「あそこには大賢者が住んでいた屋敷があります。報告にも屋敷の呪が無くなった可能性があると報告されています。そこから何か見つかったのかもしれませんねぇ。私も個人的に興味があります。行ってみたいですねぇ」
アーコンは知識欲が刺激されたような発言をする。
「いい加減にしろ! 問題なのはエルマイスター家に冒険者ギルドが隠れてしていたことが発覚した可能性が高いということだ!
その証拠次第では国中、いや、世界中の冒険者ギルドで大問題になる。絶対にそれを表に出さしてはならん!」
そう話すのはこの国の冒険者ギルドのグランドマスターのランドールである。
彼は老齢だが油断のできない目をしており、昔は冒険者としてもそれなりに実績を重ねた風格を漂わせていた。
ランドールの発言で、サブマスターたちも深刻な表情になる。
「ヤドラスとマクリアは相談して、エルマイスター領での情報収集をどうするか検討しろ。何としても、その鑑定の魔道具を手に入れるのだ。
あと迷宮内で建築物を建てる方法も調べよ。これは冒険者ギルドとって未来を左右するほどの技術だ。
そしてそれらの技術の出処と思われる大賢者の屋敷の調査もするのだ!」
「「了解しました」」
ヤドラスとマクリアは揃って頭を下げる。
「それより任務に失敗したカヌムとレンドの処分はどうしましょうか?」
ヤドラスはカヌムを鼻で笑うように見ながら、ランドールに尋ねる。
言われたランドールも考え込む。
確かにカヌムは裏職員として何も結果を出していない。しかし、どう考えても報告が真実なら仕方なかったと言える。レンドも相手に証拠を掴まれている可能性がある中では最善の結果と言える。
ヤドラスとしてはカヌムを処分したかった。
自分は冒険者ギルドの本部から移動してきたが、実質的にはカヌムがこの国の裏職員を仕切っていた。何とか自分の立場を確立したかったヤドラスは、エルマイスター支部の不祥事を利用して、カヌムを辺境へ何とか追いやったのである。
なんの実績も持ち帰らなかったカヌムを、この機会に排除しようと考えたのである。
「それは違うのではないか。報告に嘘が無いとしたら、余計なことをして問題が大きくならなくて良かったのではないか。それにカヌムは戻りながらも様々な手を打ちながら戻ってきている。それともヤドラスならもっと良い対応ができたのか?」
マクリアがカヌムを擁護するように説明する。
カヌムは王都に戻りながらも、エルマイスター領から証拠を持ち出されないか監視するように手を打ちながら戻ってきた。
鑑定の魔道具の存在が本当なら、下手のことをしてエルマイスター家とさらに揉めるのは得策ではなかったはずだ。
「も、もちろんだ! 私なら最低でもその鑑定の魔道具を持ち帰ったことだろう」
ヤドラスは特に案があるわけではなく、ただカヌムよりは優秀だと言いたかっただけである。
ランドールはそのやり取りを見て決断する。
「では、ヤドラスにはエルマイスター支部のギルドマスターになってもらおう。幸いにもヤドラスは表向きには上位のギルド職員でしかない。ギルドマスターに任命されても不自然ではないだろう。
ギルドマスターをしながら情報収集して、至急魔道具は送ってくれ」
「なっ、本部から来た私が、何故辺境などへ行かねばならんのだ!」
「本部から来たお前だからだ! 今回は本部も巻き込むような問題になる可能性がある。そして本部が絶対に欲しがるような情報でもあるのだ。そんな重大な任務をするのは本部から来たお前にピッタリではないか!」
「しかし、辺境に行くなど……」
「ほう、グランドマスターである私の命令に従えないというのだな。では、本部には冒険者ギルドにとって最優先事項の案件を、辺境に行きたくないという理由で、お前が断ったと報告しよう」
グランドマスターは何かと本部から来たことを自慢する、ヤドラスが大嫌いだった。なんの実績も出していないヤドラスを、他のサブマスター達も快く思っていなかったのだ。
「そ、そんな……」
ヤドラスとしても本部にそんな報告をされては、今後の出世に響くことになる。
「まあ、考えてもみよ。冒険者ギルドに存在しない魔道具を手に入れて、ダンジョンで建築物を造る技術を手に入れたとなれば、お前の実績は歴史に残るかもしれんぞ」
まるっきり嘘ではないが、その実績をヤドラスに渡すつもりは、グランドマスターのランドールにはなかった。
しかし、ヤドラスはその話を鵜呑みにしてやる気になる。
「し、仕方ありませんな。私が何とかやってみましょう!」
ランドールとマクリアは結果的には悪くないと内心で笑うのであった。
「カヌムは本部預かりにする。報告に嘘や間違いがあった場合は改めて処分することになる。それまではヤドラスの抜けた穴をフォローしろ」
カヌムは執行猶予付きの対応になったが、実質的に裏ギルド職員を取り仕切ることになった。
「レンドの処分はヤドラスに任せる。引継ぎが終わったら処分してもかまわん!」
「それは少し厳し過ぎではありませんか?」
ランドールの決断にマクリアが反論する。
マクリアはレンドのことを評価していた。レンドのギルドマスターへの任命はマクリアの推薦によるものだった。
「へへへ、だから俺はあんな貧弱な奴はダメだと言ったんだよ!」
タルボットは最初に問題を起こしたアラゴをギルドマスターに推薦していた。そのことでレンドの任命に反対したが、強くは反対できなかったのである。
「レンドに迷惑を掛けて、選択肢を無くしたのは貴方が推薦したサブマスターのゼヘトですよ。あれほどグランドマスターに忠告されたのにかかわらず、エルマイスター領で問題を起こしますか!?」
タルボットは苦虫を噛み潰した顔になる。余分なことを言ってしまい、自分の立場が悪くなったと思ったのだ。
「その辺で止めておけ。確かにレンドに大きな失敗もない。だが、結果が何もないでは許されんのがギルドマスターだ。処分はヤドラスに任せる」
ランドールはレンドに思い入れがあるわけではない。
本部への手前、レンドに責任を押し付け、その処分を本部から来たヤドラスに任せたのである。本部から文句を言われても、その責任をヤドラスにとらせるための計画であった。
「それとタルボットには責任を取ってもらうぞ!」
タルボットは先程の発言を後悔する。まさか、マクリアをからかうつもりで言った言葉で、自分が責任を取らされるとは思わなかったのである。
「持ってくれ! アラゴもゼヘトも推薦したが、あれほど馬鹿なことをするのは分からないだろ!」
必死に責任を回避しようと言い訳をする。
「焦るな! 別に処分するわけじゃない」
タルボットはホッと息をつく。しかし、予想外の仕事を任されることになる。
「お前にはエルマイスター家のハロルド辺境伯を殺してもらう」
ランドールの話に他の誰もが息を飲む。現役の貴族、それも上位貴族である辺境伯の殺害任務である。それも過去に国の将軍だった人物を殺害しろと命令したのだから当然である。
「そ、それは……」
「確かもうすぐ塩会議があるはずだ。できればグラスニカ領に入った所で殺すのが最高だな。そうなれば塩会議にエルマイスター家は参加できないし、当主が死ねば冒険者ギルドへの追及どころではないだろう。時間的な猶予もできて、こちらも対処がしやすくなる。その混乱に乗じてヤドラスも情報収集も進むはずだ」
「でも、あのハロルドだぞ!?」
タルボットもハロルドの噂は知っている。それどころかこの中で一番知っていた。若い頃に大きな冒険者ギルドの依頼で、一緒に行動したことがあったのだ。
「その相手を殺さなければ、冒険者ギルドが追い詰められるのだぞ。確かお前の可愛がっているS級の実力がありながら、素行が悪すぎてB級にしかなれない奴がいただろ。そいつは素行の悪い冒険者を集めて、まるで軍隊のような集団だというじゃないか。そいつらを使えばいいだろ」
「だが……」
それでもタルボットは躊躇する。それほど若い頃に一緒に行動した時に、ハロルドの恐ろしさを身に染みているのだ。
「予算として金貨1万枚用意する。余った金は自由にして構わん!」
これを聞いてタルボットは考え方をすぐに変えた。老人になったハロルドなら、現役の連中なら何とかなると考えたのである。
「わかった。ただ、時間的に間に合うかどうかギリギリだぞ。最悪は帰りがけの襲撃になるからな」
ランドールは少し考えてから返答する。
「それは仕方ないな。しかし、すぐに行動に移せ。絶対に冒険者ギルドの関与はバレるなよ」
「それぐらい当然だよ!」
タルボットもただの乱暴者ではない。力だけで今の地位は手に入らなかっただろう。彼は力を使った陰謀は得意でもあるのだ。
「私はこれから教会の大司教と商業ギルドのグランドマスターと会ってくる。教会も追い詰められているから協力はしてくれるだろう。商業ギルドは何とも言えないが、敵対することはないだろう」
会議はそれで終了して、グランドマスターは出かけていくのであった。
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