第『03』頁
少しだけ質問しよう。唐突に電話が鳴り響くというのは、いったいどのような状況だろうか。当たり前に、携帯電話という物はどこにいようが相手からの着信はするものだが、それでもそれは常識があってのものだ。しかしながら、世の中には非常識という言葉があるように、相手のことを一切考えずに行動する輩がいるのも事実なのだ。
そして、健一の携帯電話は午前零時を過ぎた頃に、唐突に鳴り響いたのだ。電源を切っておくべきだったか、マナーモードにしておくべきだったか、それともいっそのこと着信拒否にしておくべきだったか。画面に表示された相手先の名前に、健一は寝ぼけた顔を徐々に不機嫌なそれへと変えると、しばらく悩んだ末に耳元に携帯電話を当てた。
「はい、もしもし。おかけになった電話番号の相手は、非常識な行動に大変不機嫌になっています。言葉を慎重に選び、謝罪の言葉を述べてからご用件を話しやがって下さい」
「えっ、何だって。何故だ、番号が違うというのか。まさか、この通信が危険と判断され組織が妨害工作を……。まずい、早河後輩が危険だ。待っていろ、すぐに助けに!」
「アホか、あんたは!」
冗談ではない。電話先の向こうでドタバタという音と、扉を開け放ち、そのまま駆け出したかのような足音を聞き、健一は思わず声を張り上げた。
「何、早河後輩。無事だったのか、いやそれとも偽物」
「本人に決まっているでしょうが。いったいどういう頭の構造をしたら、そこまで現実を捻じ曲げた方向へ持っていけるんですか。少しは常識というモノを身に着けてください」
「何を大きな声で、君が私の電話に奇天烈な返事をするからだろう。まったく、君という男はもう少し肩の力を抜いたほうがいいな。冗談が通じないとは、社会に出てから苦労する羽目になってしまうぞ」
「深夜に人様の迷惑も考えずに、電話を寄こす人にだけは言われたくありません。普通に考えて、僕が寝ているかもっていう考えは浮かばなかったんですか。明日も授業はあるんですよ、週末の金曜日ならまだしも」
「別に起きたところで、また寝ればいいだろうに。明日の授業にいったいどれほどの影響があるというのだ。最悪、あんなものは教科書だけを読んでいても理解はできる。寝たければ、そのまま寝て過ごせばいい話だ」
「はあ、もういいです。いったい何の用事だったんですか」
孝彦の言葉に、健一は何かを言い返そうとしたが、もう疲れてしまったのか。深呼吸をするように深い溜息をつくと、落ち着いた声で話しを切り出した。
「んっ、ああ。別にたいしたことではない。明日の放課後に、必ず部室に集合すること。それを伝えたかっただけだ。昨日我々が発掘したモノをきちんとした形で、披露しなくてはならないか」
健一は、孝彦が最後まで話し終える前に、通話を切った。そして無言のまま携帯電話の電源を切り、脇へと無造作に放り投げる。
「孝彦先輩、マジでたいしたことじゃないです。わざわざ夜中に起こす必要ないです。というか、他にいくらでも伝える手段なんてあっただろうが!」
無表情から、最後は叫び声を上げて憤怒し、健一は勢いのままベッドに倒れ込む。
「もう寝てやるよ、明日遅刻してもいい、ぐっすり寝てやるよ」
怒りからなのか。訳の分からない言葉を枕へ顔をうずめて叫ぶと、しばらして健一は安らかに寝息を立て始める。
孝彦と健一はいったい何を掘り返したのか。掘り返した結果、夏美にこっぴどく叱られ、挙句の果てに疲れた所へ孝彦からの電話を受けた健一の不幸な一日は、ここでようやく終わりを告げたのだった――。
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