究極の魔力
闘技場を見下ろせる特別観覧席の中でも中央に位置し、一際豪華な装飾が施された玉座。
そこにヴァランタイン帝国皇帝アヌーク・フォン・ミリアルド・ヴァランタインは座し、眼下で行われている決闘を見ていた。
傍らにはこの国の宰相を務めるドレッド・フォン・フリードが立っている。
しかし、他の観客席にいる貴族や将校、文官が身を乗り出さんばかりに興奮しているのに対し、皇帝は冷ややかだった。
「あのデッペルスとやらは気にいらんな」
他の貴族であれば震え上がる皇帝の辛辣な言葉も、長年宰相として側に仕えるドレッドには聞き慣れた言葉でしかなかった。
現皇帝は権力に媚びる者を嫌う。
しかし、どれだけ愚鈍な者でも貴族としての役割もあるため、そうそう簡単に排除するわけにもいかない。
だから時々こうやって愚痴を溢すのはよくある事で、大した意味もないのだ。
「デッペルス子爵家は帝都で物資の流通を担っており、働きとしては大きいかと。また、当主であるパウル殿は第一騎士団所属の騎士でもあり、下級騎士による剣術大会での優勝者でもあります」
「ふんっ! 全くの無能ではないと言いたいのか? しかし、帝国騎士であるならある程度の品性は持ち合わせてもらいたいものだな」
皇帝の言い分もわからなくはない。
帝国建国期の貴族達はより良い国を創る為に皆が協力し合い、一丸となって励んでいた。
騎士は貴族を守る剣であり、盾であり、民を守る事に命をかけ、その崇高さによって民衆からも讃えられていた。
しかし、昨今の貴族は己が権力を増す事に執着し、私腹を肥やすだけでなく、時には他者を貶める者まで出る始末だ。
騎士達もまた同様に、腐敗し過去の栄光を振りかざしては民衆を侮るようになった。
それを嘆いた二百年前の皇帝が創設をしたのが軍である。
貴族、平民を問わず実力ある者を登用し、同時に働きに応じた身分を与える事で貴族階級の者達の蛮行を抑制しようとしたのだ。
しかし、当時の貴族達の反発は強く、結局は階位に沿って、貴族家の当主には相応の軍の地位につける事になったため、思った程の変化はなく、それから二百年経った今も貴族階級の馬鹿共は未だに根強く残っている。
「改革が必要だな」
「そうですな。軍における貴族の発言権は増すばかり。現在の四人の元帥も三人は貴族出身で、平民出身は一人だけですからな」
「貴族出身でもヘルフォードやフェラースはまだ良い。だが、ヴォルドンは無能ではないかっ! 何故あいつに長官を任せているのだ? 共和国のベェルト要塞を抜けんのも奴の采配が稚拙だからではないかっ! 平民出身でも構わん。ウォーレイクに指揮権を渡す事はできんのか?」
「ヴォルドン軍隊司令長官の方が元帥として先任ですからな。同期のヘルフォード軍令部総長、フェラース軍務大臣との交代ならともかく、後任であるウォーレイク元帥との交代となると難しいでしょうな」
「ちっ、忌々しい」
基本的に皇帝は軍には関与はしない事になっている。
あまり皇帝が関与すると結局、貴族達の介入までも許す事になりかねないからだ。
『はぁああああああ!」
頭を悩ます皇帝の眼下では決闘が始まっていた。
元はと言えばデッペルスのせいで余計に腹を立てなければならなくなったのだ。
負けた時は賠償金をふんだくってやる。
「あいつの実力はどれくらいだ?」
「《魔力操作》は遅いですが、魔力量はなかなかです。以前見た時のままならシュナイデン卿とは同等でしょう」
シュナイデン卿がダンジョンでどれだけ成長したかで勝敗は決まるというわけか。
是非とも勝って貰いたいものだ。
「行くぞっ!」
デッペルス子爵が《魔力操作》による身体機能向上を終え、剣を構えて走り出す。
なるほど、速度もそこそこあるな。
ん? 宰相の様子がおかしい。
「おい、どうした?」
「こ、こんな事が……」
目を見開き、冷汗を浮かべる宰相。
「何があった?」
「陛下、この勝負は一瞬で終わります。目を逸らしてはなりません」
視線を逸らさずに宰相は言った。
眼下ではデッペルスの突撃にシュナイデンは動いておらず、完全な棒立ちだ。
周りの観覧席の者共は熱を上げたように騒ぎ立てていて、マリンドックの爺さんなんか身を乗り出して、声を張り上げている。
年寄りの冷水にならねば良いがな。
「陛下っ!」
宰相の声に視線を二人に戻すとシュナイデンが動く瞬間だった。
は、速すぎる!
一瞬で間合いを詰め、刀を抜かずに左拳で殴りつけていた。
さらに殴られたデッペルスの顔はひん曲がり、身体と共に面白いように錐揉み回転しながら飛んでいって、壁に激突した。
あまりの出来事に誰一人声を出せない。
私は呆然とシュナイデンを見ていた。
しかし、シュナイデンの姿が消えた!
私は目を離してはいない。
なのに奴は消えたのだ!
「な、なんじゃっ! な、な、何でお主がここにおるっ! さっきまであそこに……何故ここにおるのじゃ!」
声が響き渡り、視線を移すとそこにはマリンドックの老いた身体を抱えたシュナイデンがいた。
あり得ない。
一瞬で100メートル余りの距離を移動したというのか?
呆然としていたとはいえ、私は目を離さずに見ていたのだ。
魔法を使った形跡はない。
やつは一体、ダンジョンで何を得てきたのだ?
一体やつの身に何が起こったというのだ?
まさか、やつは……。
「陛下、ご覧になられましたか?」
何かを悟ったような表情をしている宰相だったが、その口角は上がっていた。
「宰相。もしかして、やつは……」
私の問いに宰相は頷いた。
「ええ、間違いないでしょう。彼はダンジョンでとんでもないものを得てきたようです。そう、あの《究極の魔力》を。これは面白い事になってきましたよ」
「……ふふふっ、確かに面白い事になりそうだ」
私と宰相は高鳴る興奮を必死に隠し、今は眼下を歩くシュナイデンを見ているだけに留めた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
そろそろ区切りの良いところで閑話を入れたいと思います。
定期的にしておかないと私自身が設定を忘れそうになるんで……。




