ダウスター男爵
「……間違いない。ダニート・フォン・ライエル男爵だ」
曹長殿に斥候時の報告をしたが、荒唐無稽な報告に信用が得られず、俺は魔法鞄に保管しておいたダニート・ライエル男爵の遺体を出した。
魔法鞄内は時間経過がないため、遺体の状態良好だったが、同時に生々しさもあり、俺と同期で入った二等兵の中には顔を青ざめさせる者もいた。
また、近くの森に縛っておいた捕虜のホウキン・ロースター軍曹以下2名も曹長殿に報告をし、許可を得てから本陣にお連れした。
その際にホウキン軍曹は今回の戦果の功労者である事も加えて報告した。
「安心しろ。元々は同じ帝国軍であるし、今回の戦は国と軍が認めた規模のでかい決闘のようなものだ。よって、部下が責を問われる事はなく、軍曹殿にも処罰はない」
曹長殿は俺と軍曹殿に言い聞かせるように話した。
言われてみれば、国と軍が認めた戦で部下が処罰されるのはあんまりだな。
あれ?
じゃあ、殺しちゃったのはまずかったのでは?
「曹長殿。私は今回の任務で幾人かを斬りましたが、まずかったでしょうか?」
「それも問題ない。認められているからといって、これは演習ではなく、実戦だ。死人が出るのは当たり前だ。処罰されないのは捕虜になったものだけだ」
つまり、死にたくなかったらさっさと降伏すればいいというわけか。
じゃあ、護衛の奴らは何で襲ってきたんだ?
あの時点ですでに男爵は討たれてたわけだから、降伏すれば死ぬ事もなかったのに。
「だだし、リクト二等兵の功績にはなるからな。大手柄だぞ! 実力もさることながら運も味方についていたのだろうが、運も実力の内だ。胸を張るといい」
「はっ! ありがとうございます!」
なるほど、戦功にはなるわけだ。
あいつらは男爵を討った俺を殺すなり、捕らえるなりする事で戦功を得ようとしたわけか。
その結果が返り討ちか……無情だなぁ。
「これは何の騒ぎだっ!」
陣の奥から准尉殿が大仰な態度でやってくる。
よく見ると、後髪が跳ねている。
俺を斥候に出しておいて寝ていたのか。
ある意味では大物だな。
「准尉殿! 斥候に出したリクト二等兵が素晴らしい戦果と共に帰陣致しました!」
曹長殿が自分の事のように准尉殿に報告する。
しかし、准尉殿は何の事か理解できていないようで訝しげな表情をしている。
理解できないのは察しが悪いからではなく、寝起きだからだと信じたい。
曹長殿が仕方なく、近くまで寄って詳細に説明している。
やれやれ、手のかかる事だ。
「なんだとっ! すでにライエル男爵を討った? そんな馬鹿な事があるかっ! 第一、斥候が敵将を討てるわけがないだろ!」
「……准尉殿。お言葉ですが、斥候はその役割上、敵と遭遇する可能性は高いので、ないとは言い切れません」
「それは斥候同士であろう! 敵将が斥候していたわけではあるまい? それとも斥候が敵陣まで単身、攻め入って敵将を討ったとでも言うのか!」
その通りであります! とは言わない。
今言っても火に油を注ぐようなもんだからな。
それに准尉殿が言ってることも正論ではある。
だだし、戦場では何が起こるか分からないからな。
臨機応変な対応が求められるが、この准尉殿は理論を優先してしまい、冷静な判断が出来ていないようだ。
「それにこいつは二等兵ではないか! 装備は片刃だし、まだ若い! そんな者が敵将を討てるわけが……」
「それは関係ない事だ」
赤い顔をして捲し立てる准尉殿の言葉を遮り、本陣の奥から悠然とやって来る筋骨隆々、スキンヘッドの大男。
この人こそ、領主であり。俺が属する領軍の指揮官でもあるアーベル・フォン・ダウスター男爵様だ。
少しは話のわかる人が来てくれたのか、曹長殿がホッとした表情をしている。
「二等兵が指揮官を討ってはならない理屈はないし、装備が珍しい片刃の剣であってもそれは変わらぬ。そういう融通が効かぬところは戦場では命取りとなるぞ。改めよ」
「ぐっ……しかし、父上……」
「馬鹿者っ! 戦場に私事を挟むでないわ! もうよい! しばらく黙っておれ!」
筋骨隆々の大男からの怒声……怖い。
一喝された准尉殿もよっぽど怖かったのだろう。
後ろに下がって俯いてしまい、肩を震わせている。
「お前がリクト二等兵か?」
さっきとは違って優しく俺に声をかけてくれる男爵様。
でも、威圧感はそのまんまだ。
子どもなら逃げるか泣くかの2択しかないほどにね。
「はっ! 私がリクト二等兵であります!」
「ご苦労だったな。曹長から報告を聞いたが、見事な働きだ。敵将と6人の兵を討ち、下士官である軍曹と護衛2名を捕虜にしたのは大手柄だ! 少々、独断専行が見られるが、准尉が許可を出していたようだし、お前に責はない。もう休んでいてよいぞ」
男爵様はそう言って、准尉殿を連れて陣の奥に戻って行く。
あれっ? 今から後詰めじゃないのか?
休んでていいのだろうか?
「後は他の奴らに功を譲ってやれ」
俺の表情から察したのか、去り際に男爵様が俺にそう言った。
まぁ、そういう事なら休ませてもらうとしよう。
俺は捕虜は曹長殿に任せ、自分のテントに戻って横になると、すぐに俺は眠ってしまったようだ。
小一時間ぐらいして起きた時には戦は終わっていた。
寝てる間に終わるとはなんとも呆気ない初陣だったなぁ。
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