ポヨンと恐怖
フェンドラの街から馬車を貸しきって帝都まで戻り、子爵様の屋敷で門兵に帰還を伝えると、家令のヨーゼフが笑顔で出迎えてくれた。
たった一ヶ月会わなかっただけなのに、妙な懐かしさを感じて、俺も頬が緩む。
子爵様がお呼びとの事なので、俺はメアリーさんを連れて子爵様と対面した。
相変わらずのスキンヘッドに筋骨隆々なお姿だったんだけど、少し小さくなられたような気がした。
他は特に変わりはないし、俺の気にせいだったのかも知れないな。
そして、メアリーさんを紹介しようとしていた矢先に、後ろの扉が勢いよく開いて、また懐かしい顔に出会った。
黒髪ストレートの長身美女、ヴォルガング大尉と金髪ポニーテールの小柄な豊乳、リンテール少尉だ。
二人とも会うのは久しぶりで、笑顔で再会しようとしたんだけど……なに、これ?
何で俺は詰め寄られているんだ?
「少尉! 貴官は陛下の勅命でダンジョンで冒険者ランクを上げていたのではないか? それが、女にうつつを抜かしていたとは、どういう事だっ? 説明せよっ!」
「それとぉ、二人はどういう関係なのかぁ詳しく教えてもらえるかなぁ〜? ふふふっ、後でゆぅっくりぃお話しましょうねぇ〜」
ひぃいいいいいいいいいいいいいい!
怖い怖い怖い怖い!
な、何がいけなかったんだ?
俺が一体何をしたというんだ?
せっかくの再会が何で修羅場になってるんだ?
「さあ、答えろ。少尉!」
「少尉殿ぉ、早く答えてねぇ。でないとぉ……」
にじり寄って来る二人からは恐ろしい気が漂っている……。
だ、駄目だ……食われる……。
「それぐらいにしておけ。もう、いいだろう? 大尉、少尉」
食われそうな距離まで寄られた所で、子爵様のお声がかかる。
その声に二人はピタッと止まった。
た、助かった……のか?
「し、子爵様っ! し、失礼しました!」
「ご、ごめんなさいぃ。つい、カッとなってしまってぇ……」
子爵様の言葉で二人の恐ろしい気配が消え、いつもの二人に戻っていた。
ふぅ、二人に何があったのかはよくわからないけど、とにかくいつもの二人に戻ってくれて良かったよ。
そう安心して一息ついた時だった。
俺の身体は引っ張られ、柔らかいものに包まれる。
「も、もう! リ、リクト君を虐めちゃダメ! お姉さん許さないよ! もう大丈夫だからね、リクト君。お姉さんが守ってあげるからね」
そう言って俺を強く抱きしめてくれたのはメアリーさんだった。
いや、あのポヨンに再び出逢えるとは……。
はっ! 殺気っ!
チラッと横を見た俺の前には二人の般若がいた……。
「貴様ぁああああああああ! 貴様という奴はっ! 貴様という奴はっ! 貴様という奴はぁあああああああ!」
「ち、ち、ち、ちょっとぉおおおおおおおおお! それはぁ! 私の役目なんだからぁああああああああ! は・な・れ・ろぉおおおおおおお!」
うわぁあああああああああああああああ!
二人が世にも悍ましい形相で襲いかかって来る!
おまけに避けようにもメアリーさんが俺をしっかりと抱きしめて離さないため、俺はポヨンを感じながら恐怖を感じるという訳の分からない状況にあった。
ぬぉっ! 二人が飛びかかって来たタイミングで今度は床から気配を感じる。
そして俺が床からの気配を感じたと同時に、俺達と大尉達の間に一人の男性が割って入った。
「二人とも、おやめなさい。名家の名が泣きますよ」
黒い服に身を包んだ白髪の老人が、大尉と少尉の眼前に人差し指を突き出して二人を止めていた。
この後ろ姿は……もしかして!
「テ、テラーズさん? テラーズさんじゃないですか!」
「おや、覚えていてくれたとは光栄です。むっ!」
俺の呼びかけに笑顔で振り向いてくれたテラーズさんだったが、俺を見るや否や急に真剣な表情に変わる。
「どうしたんですか? テラーズさん?」
「随分と逞しくなられましたな。まさか、これ程育つとは……それに、どうやら私の《影の穴》にも気づいていた様子、感服致しました」
俺の方にくるりと向き直って礼をするテラーズさんに呆気にとられていた。
メアリーさんも同じく呆気にとられたのか腕の力が弱まったので、俺は名残り惜しいがするりと抱擁から離れた。
それにしても《影の穴》とはなんだろう?
魔法なのかな?
「テラーズ殿、神出鬼没は控えていただきたいものですな」
「失礼致しました、ダウスター卿。老い先短い年寄りの勇足と思って何卒、お許しを」
どう見ても死ぬ気配ないけどね。
そうだ、子爵様とテラーズさんに従者の件を聞いてみよう。
テラーズさんは元帝国諜報部長官だし、こういう事にも詳しいはずだ。
「テラーズさん、子爵様。無作法をお許しください。一つ、お伺いしたい事があるのですが」
「何でしょうか? この老いぼれで答えれる事ならばなんなりと」
子爵様も頷いて、先を促してくれる。
「この方を俺の従者にする事は可能ですか?」
そう言って俺はメアリーさんを二人の前に促す。
「な、ななぁいいいいいいいいいいいいいい!」
「じゅ、じゅ、じゅうしゃぁあああああああ!」
テラーズさんに止められていた二人が後ろで大声を上げるも、それを無かった事のように無視し、子爵様は眉を顰めた。
「シュナイデン卿。それは難しい事だ。その娘の素性を示す確固たる物がなければ、間者の可能性もある。貴族の従者、供回りには身元が確かな者しかなれんのだ」
「しかし……」
「例え、卿がその者を信用しようと素性を語ろうとそれは変わらぬ。これは帝国貴族として譲れぬ事なのだ。これを覆し、もし万が一にも帝国の情報が漏れでもしたらどうなると思う?」
た、たしかに……俺だってメアリーさんの言葉を信用しているだけだ。
彼女が俺を騙している可能性だってある。
でも、それでも……。
「シュナイデン卿。一つお伺いしたい」
テラーズさんが俺の前まで歩み寄り、問いかけてきた。
「従者になるのは貴方の希望ですかな? それとも彼女の希望ですかな?」
「彼女です。身寄りがなくて、どう生きていけばわからないと……」
「そのような話なら別に従者でなくとも……」
「良いでしょう。彼女が望むなら貴方の従者になる事は可能ですよ」
途中、子爵様の言葉を遮って、テラーズさんがそう言った。
えっ? いいの?
いつも拝読ありがとうございます。
ポヨンって、何でしょうね……。




