帰宅
果てしない広さを持つ部屋の中で俺は立ち尽くしていた。
極度の疲労と全身の痛み、魔力が枯渇したことによる意識の混濁、そして……相棒の喪失。
俺の左手には刀身が砕け散り、柄だけになった相棒が握られていた。
正直、こいつとはそんなに長い付き合いってわけじゃない。
家を出る際に渡された刀で、1年にも満たない関係だ。
だが、こいつと一緒に色んなことを経験した。
領軍への入隊試験、ライエル領への斥候任務、ヴォルガング大尉とリンテール少尉との手合わせ、オーマン伯爵軍との戦い。
そして、ダンジョンでの破滅巨大虎、四大精霊龍との死闘。
家を出てからの戦いの日々をこいつと共に過ごしてきたのだ。
少しくらい感傷的になってもいいよな、相棒。
「よく戦ってくれたな。しばらく休んでてくれ」
俺は柄だけになった刀を魔法鞄に入れ、右手に握っている陛下より下賜された刀を見つめる。
「今日からよろしくな」
そう言ってから鞘に戻して、腰に差し直す。
そして、深呼吸して気持ちを切り替え、目の前にある宝箱に眼をやる。
四大精霊龍を倒した後に出現した宝箱だ。
破滅巨大虎の時にも出たが、そういえば未だに開けていないなぁ。
「とりあえず持って帰るか。中に何が入ってるかわからないけど、後のお楽しみにしておこう」
俺は許容量ギリギリの魔法鞄に宝箱を詰めて、入り口で一瞬足を止めた後、部屋を出てメアリーさんの家に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「メアリーさぁん!」
俺は家の前で跪き、祈るような姿勢でいるメアリーさんに手を振りながら声をかけた。
それで俺の存在に気づいたのか、慌てて立ち上がり俺の方にかけてくる。
「リクトくんっ! だ、大丈夫なのっ! ボロボロじゃないのっ! もう! お姉さん心配したんだよっ! もう! こんな無茶して! でも……無事で良かったぁ……」
服に汚れが付くことも厭わずに、俺を抱きしめ涙を流してくれた。
ポヨンとした柔らかい感触が顔全体に押しつけられる。
それと言うのもメアリーさんが熱烈な抱擁をしてくれたので結構な膨らみのある胸に顔を埋める形になってしまったのだ。
少々恥ずかしいが、いや、これはなかなか……。
「とにかく早く家に入ろ! 顔も赤いし、傷が熱を持ち始めたのかもしれないわ! 早く治療しましょ!」
抱擁を止め、慌てて俺の手を引いて家に入るメアリーさん。
『顔が赤いのは傷のせいではありません!』とは言えないから、とりあえずされるがままにしておこう。
そして家に入ってみると、そこは大量に積まれた回復のポーションや状態異常回復のポーション、超貴重なエリクサーまでが置いてあった。
どうやら、俺のために準備してくれていたようだ。
俺はその想いに感謝しつつ、各種ポーションを使用し、風呂まで入れてもらってから着替えた。
お陰で精神的疲労以外は何とかなった。
「……それで? どうだった?」
視線を外しながらメアリーさんがそっと聞いてきた。
俺が逃げ帰ってきた可能性もあるので、なかなか聞くに聞けなかったんだろう。
そんな優しいメアリーさんの前に俺は魔法鞄から宝箱を一つ取り出して置いた。
「メアリーさん、これを」
「これは……この前の破滅巨大虎の時の宝箱?」
戸惑ったような表情で宝箱を見るメアリーさんの横に、俺はもう一つの宝箱を置いた。
「えっ? こ、これは……えっ? えっ? えぇえええええええええええっ! ま、ま、ま、まさか……ほ、本当に?」
メアリーさんが信じられないものを見るような眼で俺を見ながら聞いてきたので、俺は無言で頷いた。
「う、嘘……な訳ないか。こうして、証拠があるわけだしね。強いのは知ってたし、魔法技術の習得も早かったけど……まさか、本当に倒しちゃうなんて……」
「正直、修行してもらってなかったら俺はここに帰ってこれませんでしたよ。メアリーさんのお陰です」
それは本当だ。
《魔力増幅》《魔力付与》《魔力放出》《魔力浮遊》があったから勝てたのだ。
一つでも欠けていたらと思うとゾッとするよ。
「そ、そう? 普通それぐらいで勝てる相手じゃないと思うんだけど……そ、それで、この宝箱には何が入ってたの?」
「まだ開けてないんですよ。ここで開けてもいいですか?」
メアリーさんの了承を得て、俺は破滅巨大虎の宝箱から開けることにした。
大きさは50センチ四方で、飾り気の少ない木箱だが、どっしりとした重厚感がある。
「これって罠とかないですかね?」
「それは大丈夫。魔力量の多い魔物から出た宝箱には罠はついてないのよ。でも、ダンジョンに配置されている宝箱には罠があるものが多いから注意してね」
メアリーさんに罠の存在がないことを確認し、俺はゆっくり箱を開けた。
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