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口をポカンと

「本当にやり遂げるとは思わなかった……」


 軍曹殿はポカンと口を開け、ボンヤリと前を見たまま言った。

 まるで信じられない物を見た表情だ。

 確かに不利な状況には違いなかったが、やってやれない事もないだろう。

 それに、あの男爵は完全に油断してたからな。

 丸腰の相手を斬るのは少し気が咎めるが、これも戦場の理だと思ってもらおう。


「軍曹殿、男爵を討ち取ったのは良いのですが、これはどのように報告すれば良いのでしょうか? やはり死体を持ち帰るべかでしょうか?」


「あ、あぁ、そうだな……この場合は首だけでいい。二等兵ではさすがに魔法鞄(マジックバック)は持ってないだろう? ならば、首を斬っていくしかない」


 なるほど。

 そういう手があったか。

 魔法鞄(マジックバック)は命ある者は入れられないが、骸と化しているなら入れる事ができる。

 ならば、問題ない。


「ありがとうございます。個人的に持っているのでそこに入れる事にします」


「そ、そうなのか。それは重畳。もしや、貴族か大商人の出か? いや、それなら二等兵という事はないか」


「私はただの平民の出です」


「それにしては魔法鞄(マジックバック)など高価な品をよく持っていたな。一番小さいのでも帝国白金貨5枚はするぞ。平民であれば年収の2倍に相当する物だ」


 そんな高価な物だったのか。

 父が家を出る際に持たせてくれたから大した物ではないと思っていた。

 というより、同じ物があと3個あった筈だ。

 珍しい刀に独特な剣術、そして謎の魔法鞄(マジックバック)……。

 一体、我が家は何者なのだろう。

 帰ったら聞いてみるか。


「リクト殿、ボーッとしてないで早く済ませた方がいいぞ。男爵を討ち取ったとはいえ、まだ御子息の少尉がいる。弔い合戦になるやもしれん。ここは早急に撤退した方がいい。功績としては十分すぎる」


「これは失礼を。すぐに済ませます。あっ! 警備の2人は生きているのですが、殺した方がいいでしょうか?」


「物騒な事をサラッと言うな! 降伏した者を討つのは軍規違反だ! 縛って歩かせて連れて行けばいい。あいつらもこれ以上抵抗はしないだろう。戻っても男爵を守れなかった責を問われて処罰されるだけだからな。俺と同じようにな」


 そうか。

 立場的には軍曹殿もあの2人も同じ扱いになるのか。

 さすがにそれは嫌だな。

 軍曹殿には随分世話になったように思う。

 かなりのお人好しで戦場には似つかわしくはないが、教官としては素質たっぷりだ。

 今回の功績の半分は軍曹殿にあると言ってもいい。

 ここは報告の際に准尉殿や曹長殿に助命嘆願してみるとしよう。


「軍曹殿は我が軍にお連れした後に功労者として報告させていただきます。色々と助言をいただきましたし、人柄も信頼できます。ウチの曹長殿なら悪いようにはしない筈です」


「……感謝する」


 軍曹殿は少し照れたような表情で静かにそう言った。

 照れ屋なお人好し。

 本当に戦場が似つかわしくないな。

 さて、ではさっさと片付けて帰るとしよう。

 女達は……放っておけばいいか。

 これ以上、人が増えると帰りが困難になるしな。

 さぁ、帰るとするか。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おおおっ! 帰ってきたか! よくやった! お前は新兵の(かがみ)だ!」


 自陣に戻った俺を熱烈歓迎してくれたのは曹長殿だった。

 門番の兵から俺の帰陣の報を受け取り、わざわざ出迎えてくれたのだ。

 涙ぐんでるし、曹長殿といい、軍曹殿といい、お人好しばかりだ。

 田舎の領軍とはいえ、これで良いのだろうか?


「なかなか戻って来ないから心配していたのだぞ。あまり無理はしてはいかん。少し確認したら戻ってきてもよいのだからな」


「申し訳ありません。敵と遭遇してしまい、帰陣が遅れました」


「なにっ! 接敵したのかっ! よく無事に逃げ果せたものだ……お前は運が良い。怪我もないようで何よりだ」


 話を最後まで聞いて欲しいな。

 話が進まないじゃないか。


「曹長殿、ご報告があります」


「そうかそうか。何か見たのだな? どんな些細な事でも戦場では重要な事だ。恥ずかしい事はない、自信を持って報告しなさい」


 恥ずかしいとは思わないが……もしかして恥ずかしい事なのか?

 いや、それはないだろう。

 ここは曹長殿の命に従い、自信を持って報告しよう。


「皆もよく聞くが良い! 新兵である二等兵が命からがら斥候の任を全うしたのだ。どんな些細な報告であっても軽んじる事はこの俺が許さん! 皆、神妙に傾聴するように!」


「はっ!」


 いつの間にか集まっていた領軍の兵達に向かって曹長殿は命令を飛ばした。

 なんだろう……この扱いは、まるでお遊戯を披露する子どもの気分だ。

 まぁ、いい。さっさと報告してしまおう。


「報告します! 自陣と敵陣の中間地点において、敵の斥候である分隊を発見。奇襲にて3名を討ち取り、分隊長であるロースター軍曹を捕縛、捕虜としました。さらに軍曹からの情報提供により敵の大将ダニート・フォン・ライエル男爵の所在を確認。これを強襲し、男爵本人及び護衛3名を討ち取り、他2名を捕虜として帰陣しました! 報告は以上であります!」


「…………えっ?」


 俺の報告を受けた曹長殿と領軍兵士達は、1人の漏れもなく、口をポカンと開けたまま動かなかった。

 俺は何かまずい事をしたのだろうか?


拝読ありがとうございます。

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