四大精霊龍
通路の先にある金属でできた巨大な両開きの扉は、長年放置されていたにも関わらず、埃一つなく美しい姿を保っていた。
この先にダンジョンの主がいる。
《四大精霊龍》。
魔力の基本属性である火・水・風・地の四属性を操る四つ首の龍で、全長はあの破滅巨大虎よりデカいと言う。
どれだけ強いか見当もつかないが、こいつに勝たない限り、地上には帰れない。
やるしかないのだ。
俺が覚悟を決めて扉をゆっくり開けた瞬間、それはやってきた。
視界を全て遮るほどの炎を纏った巨石がすごい速度で俺に向かってくる。
「やばっ!」
俺は《魔力増幅》で身体機能を飛躍的に向上させ、体勢を低くし、巨石の下に潜り込むようにして部屋の中に飛び込んだ。
地面を転がりながら体勢を戻した瞬間、後方で巨石が扉に激突、爆散した。
大量の石礫と炎が衝撃波とともに放射線状に広がり、俺にも襲い掛かってくる。
「かぁあああああっ!」
《魔力放出》で全身から魔力を放出させ、石礫と炎を防ぎ、弾き飛ばした。
お陰でダメージは軽微で済んだが……危なかった。
一ヶ月前の俺なら最初の一撃をモロに喰らっていただろう。
正直、リンテール少尉の古代魔法くらいの威力はあったから、まともに喰らったらただでは済まなかったな。
「やったのは……お前だな?」
俺は振り返った先にいる奴に尋ねた。
当然、答えなんか返ってくるわけない。
ただ俺を悠然と見下ろしているだけだった。
山と見間違えるほどの巨体、赤色、青色、緑色、黄色の八つの眼、天井全てを覆い尽くす翼、地獄の入り口を連想させる口から覗く牙……そして何より凄いのは気を抜いたら腰を抜かしそうな圧倒的な威圧感。
戦う前から汗をかくとは思わなかったな。
間違いない、こいつが主だ。
「お前が四大精霊龍だな? 扉を開けた瞬間に祝砲を上げてくれるとは。歓迎、痛み入るよ」
俺は皮肉を込めた言葉を投げかけた。
少しでも喋って気を紛らわせないと威圧に飲まれそうだからだ。
「オロナカルニンゲン、ワガマエニキタコトヲコウカイスルガイイ! ハラワタマデクライツクシテクレルワ!」
「っ! ……参ったなぁ、喋れるんならそう言ってくれればいいのに」
人間の言葉を解せるの魔物は高位の魔物だけであり、普通ではあり得ない。
高位の魔物と言えば魔王級であり、尋常ならざる力を持っているという事である。
戦う前にわかってたらもう少し考えて……いや、怖気ついただけだろう。
時には行き当たりばったりも悪くないさ。
「俺は性格ひん曲がってるからな。食ったら腹を下すだけじゃ済まないぞっ!」
俺は大地を蹴って、四大精霊龍の胸元に飛び込む。
眼前には1メートル以上の首が四つあるが、ここまで来たらやるしかない。
俺は刀を抜いて、《魔力付与》《魔力増幅》した状態で斬りかかる。
龍も黙って斬られてはくれない。
前足を上げ、踏み潰そうとしてくる。
俺は目標を変えて、上から襲ってくる前足を斬りつける。
前足の爪と刀の刃が交錯し、激しい衝撃音が響き渡り、火花が弾け飛ぶ。
「ぬぅぅぅ」
爪は硬く、《魔力付与》した刃でも傷一つつけることができなかったが、《魔力増幅》のおかげか、力は拮抗していた。
しかし、拮抗し止まっていた俺の身体に横から強い衝撃が加えられ、俺の視界は一気に横に流れて、天地が逆転するかのように目紛しく変わっていく。
「ぐわぁああああ!」
飛ばされていると認識できた頃には、俺は硬いものに打ちつけられていた。
凄まじい衝撃が俺の背中に走り、意識を何処かへ連れ去ろうとする。
打ちつけられた反動で前のめりに倒れ、床に四つん這いになった時、初めて俺は首で薙ぎ払われて、壁に叩きつけられたという事がわかった。
気道を何かが塞いで、息苦しい。
俺は咳込み、それを吐き出した。
血だ。
どうやら今ので内臓をやられたらしい。
「はぁはぁはぁ……《魔力増幅》に加えて《魔力放出》でガードしてこれだけのダメージがあるのか……はぁはぁ、メ、メアリーさんに感謝しないとな。一ヶ月前ならマジで殺されてたわ……」
俺は天真爛漫な笑顔を思い出して、心に余裕を持とうとしたが、前方からの何かがそれを遮る。
顔を上げた先には、四つの首からそれぞれ、火、水、風、土の魔法が放たれようとしていた。
「この野郎! 容赦なさ過ぎだろうがっ!」
悪態を吐きながら、俺は壁沿いを横に駆け抜ける。
走る俺を目掛けて魔法が連続で放たれた。
燃え盛る火球、無数の水礫、切り裂く烈風、重量感のある巨石が連射砲の如く撃ち続けられた。
俺の過ぎ去った後の壁は爆発したり、無数の穴が深々と空いたり、鋭く切り裂かれたり、巨石がめり込んだりと散々な状態になっていた。
円形の室内を俺は最速で駆け続けた。
そうでなければ、俺の身体に後ろの壁と同じ事が起きるのが容易に想像できたからだ。
「チッ! このままじゃやら……っ!」
後ろを気にしていた俺は、前方からくるそれに気づくのが遅れた。
樹齢何百年を超える巨木のような丸太が横薙ぎに襲ってくる。
人との戦闘に慣れ過ぎていた俺がよく失念するそれは前に戦った破滅巨大虎の時にも喰らった。
さっき弾き飛ばされた時よりも強い衝撃を《魔力放出》した両手で受ける。
それでも勢いは殺しきれず、後方に飛ばされ、壁伝いに転がされる。
激突よりはマシだが、それなりに痛い。
そして、回転が止まり、地に足がついた時には俺に向かって魔法が飛んできていた。
「ちくしょう……」
体勢を崩し、避けれなかった俺の身体に容赦なく魔法の連撃が撃ち込まれていった。
いつも拝読ありがとうございます。
描写って難しいですね。
言葉だけで相手に100%意思を伝えるって、なかなか高度な事のようです。
例えば、○の上に○を書いてくださいって言うと、皆さんはどう書きますか?




