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三百年の謎

「……おばあちゃんじゃないもん」


「す、すいませんでした……つい、その……びっくりしちゃって……」


 俺は対面の席で頬を膨らませ、そっぽ向いているメアリーさんに必死に謝る。

 女性には年齢について話さない方がいいって言われてたのに……三百年って言葉に驚いて、つい『おばあちゃん』って言葉が出てしまった。

 これは俺が悪い。

 しかし、三百年ってのは気になるなぁ。

 どう見てもメアリーさんは俺より少し上、20歳くらいにしか見えない。

 エルフとか獣人の中には長寿の者もいるが、見たところ人間にしか見えないし、何か秘密があるんだろうか?


「リクト君!」


「は、はいっ!」


 考え事をしている時に不意にメアリーさんに名を呼ばれて、思わず立ち上がってしまった。


「反省してますか?」


「はい……反省してます」


 頭を下げる。


「もぅ、言いませんか?」


「もう二度と言いません」


 更に頭を下げる。


「じゃあ、許してあげる! もぅ! お姉さんに酷いこと言っちゃダメだよ! 次は泣いちゃうからね!」


 さっきもしっかり泣いてました、とは口が裂けても言えない。

 もうこれ以上、余計な事は言わないように気をつけよう……。


「もぅおばあちゃん呼ばわりは嫌だから、君にだけ教えてあげるね。私はこれのおかげで三百年生きてこれたの」


 そう言うと、襟元を少し指で下げて、胸元を見せてくれる。

 うおっ! 意外と大きい……じゃなくて、なんだ?

 胸元に宝石のような物が身体に直に埋まってるぞ。


「これは持ち出した魔道具の中で、最も貴重な魔道具《時の指針石》よ。これのお陰で私の身体は内的外的要因に左右されず、常に一定の状態を保てるの。あの破滅巨大虎に噛まれても傷一つなかったのもこの力のお陰なのよ」


 マジか?

 それが本当なら完全なる不死になれる魔道具って事だ。

 権力者達がこぞって狙ってきそう。

 外に出るなら気をつけないといけないな。


「でも、もぅ限界、これだけの効果だからね。永遠って訳にはいかなくて、そろそろ壊れそうなのよ」


 余計な心配だった。

 要は状態保存の魔法の人体版ってところか。


「単純に不老不死になれる魔道具って凄いように思うでしょ? でも、ダメよ。永遠に変わらない人間なんて不気味でしかない。それにあらゆる刺激がないから感覚もどんどん鈍くなっちゃって……生きているのか死んでいるのかもわからなくなっちゃう時もあったわ……」


 メアリーさんは寂しそうに言った。

 確かに三百年もの間、誰にも会わず、何も変わらず、ただ生きているだけなんて辛いだろうな。

 人間は何の刺激もない状態が長く続くと精神的に不安定になり、下手をすれば廃人になると言う。

 よく三百年もの間、耐えてこられたもんだ。

 俺だったら……いかん、俺まで暗くなってきた。

 さっさと話題を変えてしまおう。


「それはそうとシーラン大公国ですよ。帝国の南方にあったって言う」


「そ、それよ! 無いはずないよ! ちょっと待ってて!」


 そう言うとメアリーさんは何処からか地図を持ってきて、テーブルに広げた。


「ほら、ここがシーラン大公国。それで……帝国はここ」


 俺は目の前の地図と軍の資料で見た現在の地図を頭の中で重ねた。

 帝国領は小さいし、見慣れない名前の国家があるのは気になるが、地形を見る限りこの地図が示しているのはこの辺りで間違いはない。

 だが、メアリーさんがシーラン大公国と言った場所には現在はナンガァ連邦のヌッセルドルフ領がある。

 ナンガァ連邦は39の小国からなる連合国家でヌッセルドルフはその中でも一、二を争う程大きい領だ。

 シーランとヌッセルドルフ……それに三百年……よくわからなくなってきた。

 よしっ! もう、面倒だから単刀直入に聞いちゃおう。


「メアリーさん、ヌッセルドルフって名前に聞き覚えあります?」


「ヌッセルドルフ? えぇ、シーラン大公国の隣国よ。国王様と面識もあるけど、とても良い方で御父様の妹であるフィフィナ様の嫁ぎ先でもあるのよ」


 ヌッセルドルフは知ってるのか。

 まぁ、当然か。

 あの国は帝国より歴史の古い国だしな。

 古い国……待てよ、そういえば三百年前といえば、あの辺りで戦争があったよな。

 そうそう、資料で見た時にアホな奴がいるなぁと思ったんだよ。

 確か、今から三百年程前に父親を謀殺したババスって奴がいたんだ。

 ババスは父を亡き者にした後、自分に逆らう家臣達までも処刑したり国外へ放逐し、新たにババス王国って国を建国した。

 しかし、建国した国は一気に政情が不安定となり、国力が低下、数年の後に、近隣の国々から攻められ、滅亡したと言う。

 その時、攻め入ったのがヌッセルドルフを中心とした連合軍で、それが現在のナンガァ連邦だったはずだ。

 メアリーさんはババス王国は知ってるのかな?


「ちなみにババス王国って知ってますか?」


「ババス王国? ババスって……まさか、ババスお兄様っ?」


 名前を聞くや否やメアリーさんの顔から血の気が引いたように青白くなり、呆然とした表情になる。


「お兄様とは?」


「ババス・シーラン。私の兄でシーラン大公国の第二公子……まさか、お兄様……本当に御父様を弑逆(しいぎゃく)したの? それに、シーランの歴史までも踏みにじった……?」


 なるほど、これでわかった。

 つまり、シーラン大公国はメアリーさんが国を出た後にババスって公子が反乱を起こし、父親を失脚させた。

 そして、新たに自身が国王としてババス王国を建国したが、縁戚にあたるヌッセルドルフと近隣諸国からなる連合軍に攻められ、滅亡した。

 滅亡した後、ヌッセルドルフが旧シーラン大公国領を治め、更にその連合軍とナンガァ連邦を成立させ現在に至るというわけか。

 道理で知らない筈だ。

 ババス王国でさえ三百年前の話なのに、その前身の国の名前なんて歴史に詳しい奴じゃないとわからないからな。

 俺は自分の考えを、未だに信じられないといった表情のメアリーさんにやんわりと伝えた。


「そうか……シーラン大公国はもうないんだね。なんとなくそんな事もあるかも、とは思ってたのよ。もう三百年も経ってるしね」


 ため息混じりに憂いた表情のメアリーさんが呟いた。

 故郷がなくなるって辛いよなぁ。

 俺だってダウスターが無くなったらって考えただけでもゾッとする。

 俺はしばらくの間、何も語らず憂いた表情のメアリーさんを見守った。


いつも拝読ありがとうございます。


そろそろダンジョン編が終わります。

次の展開について二つほど案があるのですが、悩んでおります。

皆様に楽しんでもらえるよう必死に悩みますので、今後ともよろしくお願いします。

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