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寝顔と料理

「ま、まさか……本当に倒したの? あの破滅(カタストロフィ)巨大虎(グレートタイガー)を……?」


 いつの間にか部屋に来ていたメアリーさんが、信じられない物を見るような顔をして驚いていた。

 確かに全長10メートルの虎が倒れているのだから驚きもするだろうが、メアリーさんはこいつに噛まれても平気だったのだからそんなに驚く事でもないと思うけどな。


「こんな格好ですみません。でも、なんとか倒せましたよ……」


 俺は血塗れの格好のまま話す事を詫びた。

 しかし、メアリーさんはそんな事は気にもせずに倒れた巨大な虎を見ている。


「し、信じられない……少なくとも破滅巨大虎が倒されたなんて、ここ三百年間なかった事なのよ?」


「そうなんですか? じゃあ、久しぶりってわけですね」


「か、簡単に言ってくれるわね……でも、リクト君が無事で本当良かったよ。とにかく、一度家に戻りましょ。ポーションでは傷は治せても、疲労までは回復できないしね」


 確かにその通りだ。

 破滅巨大虎(あいつ)を倒すのに何回斬ったかわかりゃしない。

 その間、あいつの速度に負けない速度で動き回ってたから俺の疲労はピークまできている。

 今にも倒れそうだし、今は休養しないといけないのは間違いないか。

 しかし、気になることもある。


「メアリーさん。この虎の素材って高値で売れますかね?」


 俺は自称ダンジョン研究家のメアリーさんに虎の素材の価値について聞いてみた。

 高値だったら是非持ち帰って使った分の足しにしたい。


「破滅巨大虎の素材? もぅ! さっきも言ったけど、ここ三百年倒された事ないのよ? 値段なんてわからないよ!」


 それもそうか。

 なら、記念にもなるし綺麗な部分だけ選んで持って帰って聞いてみるか。

 俺は牙と爪、それに綺麗な毛皮部分を切り取ろうとしたがメアリーさんに臓腑は魔術的な価値があると言われたので丸ごと持ち帰る事にした。

 そして、俺がちょうど回収を終えた時、代わりに宝箱が一つ現れた。


「これは?」


「もぅ! 知らないの? ダンジョンの(ぬし)みたいな魔力量の多い魔物を倒すと、こうやって宝箱が出るのよ! ダンジョンはこういう物を作り出して獲物を寄びよせるの。ただ魔物がいるだけの洞窟なんか誰も来ないしね」


 そういえば、そうだった。

 じゃあ、こいつは有難く貰って行こう。

 とりあえずは魔法鞄の中に放り込んでおけばいいか。

 俺は宝箱を魔法鞄に入れると、疲れた身体を引きずるようにしながら、メアリーさんと一緒に家に向かった。

 そして家に着いて椅子に腰かけたのを最後に、俺の意識は深い眠りの中に落ちていった。


       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「この子は一体何者なのかしら?」


 家に着くなり眠ってしまった彼を私は自分のベットに運び寝かせた。

 無防備な姿を晒して眠るまだ少年のような子。

 まさか、ダンジョンの主である破滅巨大虎を倒すなんてね……。

 それに最後に放った技……()()()()()()()()初めての衝撃だったわ。


「まさか、まだ使い手がいるなんて……」


 ベットに横たわる彼の髪を優しく撫でてみた。

 思ってたよりずっと幼い顔をしている。

 それにしても、どうしたものかしらね、この子。

 地上に帰ったらきっと私の事を話すだろうし。

 でも……今はまだ私の生存を奴等に知られるわけにはいかない。

 でも、何の罪もないこの子を殺す事なんか、私にはできないわ。

 本当、困った迷子ちゃんよねぇ。

 おまけに知り合ったばかりのお姉さんのベッドで無防備な顔をして寝てるんだもん。

 悪い人に利用されないといいんだけど……。

 なんかほっとけないのよねぇ、こういう子。

 はぁ、本当どうしようかしら。

 とにかく、身体や服の汚れは《洗浄泡(ウォッシュバブル)》の魔法で綺麗にしたし、疲れているようだからこのまま寝かせといてあげましょう。


「そうだ! 御飯食べさせてあげる約束だったわね。

 今のうちに下拵えしとこっと!」


 台所に向かいながら少し浮かれている自分に気づく。

 だって、一人じゃない御飯なんて久しぶりだから、ちょっと嬉しいのよ。

 このまま、ずっとここにいてもらうのもいいかも。

 ダンジョンの奥深くに男と女が二人っきりで暮らすのよ。

 そして、二人はやがて……って! もぅ! もぅ! なに考えてるのよっ! 

 相手はまだ成人したばかりの子なのよっ! 

 一体いくつ歳の差があると思ってるのよっ! 

 ……でも、昔読んだ本に『年齢差は愛の障害にはならない』って書いてたなぁ……って、もぅ! 違うってば! 


「と、とにかく料理よ! 料理! こ、これは胃袋を掴むためなんかじゃないわ! や、約束だから……そう! 約束だから作るだけよ!」


 そう言いながら私は台所でいつも以上に気合を入れて食事を作る。

 いつ起きてもいいように、いつでも食べれるように。

 私はリクトの寝顔を思い出しながら、火照る顔を抑えつつ、料理に勤しむのであった。


いつも拝読ありがとうございます。


正義ってみんなが一つ一つ持っているもので、絶対的な正義なんてものは存在せず、ただ多数決なだけ。

そんな事を考える今日この頃。


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