家族会議
ダウスター子爵邸の一室で六人の男女が椅子に座って話をしている。
室内は外の喧騒を余所に静けさを保っていた。
鋭い目つきの長身の男と、筋骨隆々の男を前に二人の息女は神妙な顔をして座っていた。
「さて、聞かせてもらおうか? アリシア。お前は『結婚せねばならないかもしれない。結婚を賭けた勝負に敗れた。相手は貴族ではないので、貴族籍を抜く』そう言ったな?」
「は、はい……父上」
ヴォルガング子爵の重苦しい言葉を前に、勇猛果敢で知られたアリシア・フォン・ヴォルガング大尉も頬を伝う冷汗を隠せなかった。
「ファンティーヌちゃんもだよ? 『お父様、何でも言う事をきくって勝負に負けた。相手は結婚を申し込んできたからどうしようもない。覚悟はしてます』ってな。彼の話と違うけど、どういう事かな?」
「いや、あの……これには色々と事情があって……」
娘には甘い事で知られるリンテール子爵。
言葉に込められた威圧感にファンティーヌ・フォン・リンテール少尉は初めて父親に対する畏怖を感じていた。
二人の姉妹であるイリア・フォン・ヴォルガング嬢もクリスティーヌ・フォン・リンテール嬢も戸惑いを隠さず、オロオロしていた。
「二人共、こうなった以上は正直に話せ。シュナイデン卿にも迷惑をかけたのだぞ? 我々の行いも褒められたものではない故に責めるつもりはない」
「だが、真実は明らかにしておかねばならぬ。二人が結婚するともなれば、門閥貴族や上級貴族達にも関わりがある事だ。下手にシュナイデン卿を巻き込めば、彼が貴族達に害される可能性もあるのだぞ?」
二人は子爵家の当主の顔ではなく、娘達の父親の顔になっていた。
頭ごなしに怒鳴る事はなく、諭すような話し方に、アリシアとファンティーヌは罪悪感に押し潰されそうになった。
「父上! 申し訳ありません! 私は……私は!」
「お父様! ごめんなさい! 私、どうしても自尊心が邪魔して……」
二人の娘は椅子から立ち上がり、膝をついて自身の父親に謝罪した。
それを二人の父親は笑うでもなく、怒るでもなく、ただただ優しく見守っていた。
「最初から詳しく話せ」
「はい……シュナイデン卿とダウスターで闘ったのは事実です。はっきり言って最初は田舎の小僧だと軽んじでいました。でも……」
「私が先に負けたんです。魔法でさっさと終わらせようと思ったら、その魔法を破られて……魔法盾ごと……」
「それを見た私も本気になって《雷の剣》の能力を使ってまで彼に挑んだのですが……数合打ち合っただけで剣を見切られ……最後は剣を飛ばされ敗れました」
二人の話を他の四人は固唾を飲んで聞いていた。
信じられなかった。
二人は帝国でもかなり上位に入る実力者である事は皆が認めるところだった。
しかし、今の話の通りであるならば、その二人を相手にシュナイデン卿は圧倒的な実力差を持って勝利した事になる。
「し、信じられぬ……勝ったと言っても辛勝だと思っていたが、よもや圧勝とは……」
「ファンティーヌちゃん、本当なのか? いくら《真紅星光爆炎》を使わなかったとしても、それはあまりにも……」
「……使ったよ。でも、斬られちゃった」
ファンティーヌの答えに一同は驚きを隠せなかった。
「ば、馬鹿なっ! あの古代魔法を破ったというのかっ! そ、そんな事が……」
「……マリク。どうやらあの場で戦わなくて正解だったようだな。二人揃って無様な姿を晒す所だった」
二人の子爵は己が身体が地面に横たわる姿を容易に想像できた。
娘達の発言はそれぐらいの衝撃を二人に与えていたのだ。
「……勝負についてはわかった。では、その先はどうなったんだ?」
「そ、そうだった。勝敗は元より知っていたのだ。問題はその後の結婚の事だ」
「うっ! そ、それはその……ファンティーヌが……」
「ち、ち、ちょっとぉ! アリシアちゃん? まさか私に擦りつける気ぃ?」
「な、何を言う! 元はと言えば正直に話そうと思ってたのにファンティーヌが『騎士同士の正式な勝負の結果の方が説得しやすいよぉ』とか言うからだろ!」
「何よぉ! 『それは良いアイデアだ!』ってノリノリだったくせにぃ! それこそ元はと言えば私がお嫁さんになるって言ったんだよぉ? 何でアリシアちゃんまで混ざってるのよぉ!」
「そ、それは……今更そんな事言っても仕方ないだろ!」
二人の言い合いを二人の父親は傍観させられていた。
そして、二人の会話から事情をなんとなく察したのである。
しばらく経っても止まない二人の言い合いをなんとか収めると、ため息混じりに話し始めた。
「つまり、二人は勝負に負けた事で彼に惚れたわけか?」
「だが相手は名士。階位の差もあるし、我々が認めないとも思ったのだろう。そこで『真剣勝負の結果』という事で説得しようとしたわけか?」
二人は顔を真っ赤にしながら静かに頷いた。
「やれやれ、私とて木石ではない。お前が惚れた相手を階位だけで判断したりはせぬ」
「親としては寂しいが、同感だな。我々は娘の幸せを望まぬ親ではない。本当に惚れた相手と結ばれたいと言うなら力になるぞ」
二人の言葉にアリシアとファンティーヌは年相応の満面の笑みを浮かべた。
本当に好きな人と結ばれる。
この世界ではかなり稀な事だった。
特に貴族は政略結婚などが多く、血筋を守るために親族と結婚する事も多かったからだ。
貴族に産まれた者として結婚相手を自分が選べるなど、奇跡でしかない。
だから二人は喜びの絶頂にあり、まさに天にも昇る気分だった。
「しかし、彼の気持ちの方が問題だな」
「結婚してもいいと言う相手を断るくらいだ。脈はないだろうな」
「嫁に乞うた覚えがないとはっきり仰ってましたしね……」
「そうだねぇ。勲章にかけてって言ってたからぁ。多分、本当にその気がないんだろうねぇ」
四人の集中砲火を浴びた二人は地の底に落とされた気分になった。
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