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誤解爆発

 二人が両手を上げて、戦う意思を無くしたのを見て、俺は手刀を引いて、二人から離れる。

 離れた後に一応、礼だけはしておいた。

 淑女に対して紳士あるまじき行動だったからもしれないからね。


「見事だ、シュナイデン卿。イリアもヴォルガング流剣術の師範代なのだが、さすがに《神脚(しんきゃく)》は捉えられんか……」


「むぅ、クリスティーヌちゃんも魔法に関しては一流と言っていい技量なんだが、《魔力操作》の精度が高過ぎるな」


 両子爵様が褒めてくれているようだが、聞き慣れない言葉が出てきた。

 《神脚》? 《魔力操作》? 何だそれ?


「シュ、シュナイデン卿? こ、この人が姉上の言っていた男……」


「じ、実力が違い過ぎるよぉ……」


 二人とも俺がシュナイデンだとやっとわかったみたいだな。

 そうだ! さっき二人が言っていた『仇討ち』とか『汚辱を晴らす』ってどういう事か聞いてみるか。


「シュナイデン卿! た、頼みがある! 先程までの無礼は詫びる! だから……だから! 姉上の代わりに私を嫁にする事で許してもらえないか! 頼む!」


 俺の質問より先にいきなりイリア嬢が俺の前に跪いて頭を下げた。

 しかも、よくわからない事を言いながら……。


「わ、私からも! ファンティーヌちゃんみたいにスタイルは良くないけど……何でもする! 一生の愛を誓うから! だからファンティーヌちゃんの事は諦めてあげて! お願いだよ!」


 クリスティーヌ嬢も跪いて頭を下げ、訳のわからない事を言い出した。

 かなり必死なようで、いつもの語尾の伸びた口調じゃなくなっていた。

 普通に喋れるんだなぁ。

 って、そうじゃない!

 二人は一体何の話をしているんだ?

 許すとか諦めるとか意味がわからない。

 それにこんな所で跪かれたら困る!

 めっちゃ周りの人が見てるんだぞっ!

 ヤバいヤバいヤバい! ど、どうしよう……。

 逃げるか?


「二人とも止めないか! その事は当事者達の問題だ。身内といえど横槍を入れる事など許されん!」


「そうだな。ファンティーヌちゃんやアリシアちゃんが言い出した事だ。ならば彼の要求は正当なものだ。(たが)える事は騎士の誇りを愚弄する事になるぞ」


 おいおい、両子爵様も変な事を言い出したぞ。

 完全に俺だけ置いてけぼりだ。

 二人のお嬢様は跪いたままだし、このままこの場を去ったら余計にややこしくなるって俺の勘が囁いている。

 聞いても怒られないかな?


「あの、皆様は何のお話をされているのですか? 小官には思い当たる事がないのですが……」


「誤魔化す必要はない。アリシアとファンティーヌを嫁に乞うのは男であれば理解できない事ではない。卿も騎士爵に授爵された身だ。過分とは言えまい」


「いきなり二人共娶るとは思わなかったが、これも真剣勝負の(ことわり)だ。階位を盾に身分違いと約束を反故にする気はない」


「くっ! あ、姉上にはもっと良い嫁ぎ先があった筈なのに……」


「ごめん……ファンティーヌちゃん……守ってあげれなくて……うううっ」


 待て……どういう事だ?

 俺はいつ大尉と少尉を娶る事になった?

 嫁に乞うた?

 いつ? 全然覚えがないんですけどぉぉぉぉ!


「どうした? 安心するがいい。二人共、卿の要求通り結婚を……」


「お待ちください、ヴォルガング卿。小官は二人を嫁に乞うた覚えがないのですが……」


「なに? ……それは真実(まこと)か?」


「陛下より授与された《帝国緑風勲章》にかけて、真実です」


 俺は胸に付けていた勲章に手を当てて、誓いを立てた。


「どういう事だ? 卿は『敗者が何でも言うことを聞く』という勝負に勝って二人を嫁に乞うたのではないのか?」


「リンテール卿。確かに勝負には勝ちましたが、立会人のジェニングス中将が願いを聞いてくださったので、お二人には何も……」


 俺達の間に妙な空気が流れる。

 全員が混乱しており、何が真実なのかもわからない状況だ。

 イリア嬢もクリスティーヌ嬢も立ち尽くしていた。

 これは当事者に話を聞くしかない。


「どうやら、大尉と少尉に話を聞く必要があるようですね」


「そのようだな。卿には迷惑ばかりかけているようで申し訳ない」


「今回ばかりは俺も庇いだてできそうにない。許してくれよ、ファンティーヌちゃん」


 俺達三人の視線が一か所に集まる。

 そこには屋敷の柱に隠れている二つの影があった。

 二人のお嬢様と対峙したあたりからそこにいたのは知っていたけど、出てこないなら仕方ない。


「大尉、少尉。こちらへどうぞ! ……私見を申し上げるなら早めに来られた方が良いかと存じますが?」


 俺の声掛けに、柱の陰から渋々出てきた二人。

 二人とも艶やかなドレスに身を包み、着飾った姿は神話の女神かと思わせるほどに美しく、表情さえ曇っていなければ見惚れていた事だろう。

 実に惜しい。


「ち、父上……あの……これにはわけが……」


「お、お父様ぁぁぁ……あはは、お元気そうで何よりですぅ……」


 両子爵様の前に立った二人はいつもの威勢の良さがなく、叱られる前の子どものようだ。

 まぁ、実際に今から叱られるんだろうけど。


「二人とも……少々、話がある。私が部屋を借りる故にそこでじっくり聞かせてもらおうではないか」


「そうだな。少尉の時間をとるのも申し訳ないし、ここは身内だけで話すとしよう。シュナイデン少尉、またいずれな」


 そう言ってヴォルガング子爵とリンテール子爵は項垂れる大尉と少尉を連れてイリア、クリスティーヌと共に屋敷の中に入っていった。


 大尉と少尉、ちゃんと説明してなかったみたいだな。

 そのせいで俺が嫁に乞うなんて変な誤解を生んだんだろう。

 そりゃ二人が妻になってくれたら嬉しいけど、嫌な事を強要するつもりはない。

 愛していないなら結婚なんかするべきじゃないさ。

 説明不足と怒られるにしても、ちゃんと話をしておけば誤解も解けるだろうから、二人にとっても悪い事ではない筈だ。

 良かった、良かった。

 あっ、《神脚》と《魔力操作》について聞きそびれたな。

 まぁ、また機会があれば聞けばいい。

 俺は人が散り始めた庭を後にして、サロンの方へ向かった。


いつも拝読ありがとうございます。

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