出世への渇望
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「今日は忙しい中、このアーベル・フォン・ダウスターの子爵陞爵祝いに集まっていただき、感謝に耐えぬ。また、我が直参のシュナイデン卿も騎士爵に授爵された。これ程嬉しい事はない! 皆、これからもよろしく頼む。では、乾杯!」
帝都のダウスター子爵邸ではささやかな子爵陞爵祝いの夜会が開かれていた。
ささやかとは言っても、100人以上の貴族、及び親類縁者、軍関係者、官僚達が集まっているので、俺からすれば十分盛大だと思う。
寄親であるサンイラズ侯爵を始め、幾人かの上級貴族も見えているので、失礼のないようにしないとな。
一応、俺も貴族の端くれである騎士爵の叙爵を受けたからには、それなりの対応をしないと子爵様の顔に泥を塗る事になる。
色々あって疲れたけど、ここは踏ん張りどころだな。
それにしても、さっきの軍務省の件は参った。
ヒーマン大佐だっけ?
帰ってから子爵に聞いたら、ある貴族との深い繋がりがあり、俺をその貴族の直参にしようと職権濫用紛いの事をしたんじゃないかって話だった。
今後もそんな事が続くかと思うと、嫌になるなぁ。
俺はもう十分過ぎる程出世したと思う。
半年くらい前まではただの平民の次男だった俺だ。
それが今や、騎士爵持ちの少尉となった。
階位と階級の両方から給金が出るから、帝都でもそれなりの生活が出来るはずだし。
そう考えると俺がこれ以上出世する理由なんてあるんだろうか。
出世すればするだけ面倒な事に巻き込まれて、責任も重くなる。
軍曹になった時でさえ、ロースター軍曹に手取り足取り教えてもらって何とかやってたくらいだ。
正直、俺にそれ以上の事が出来るとは思えない。
だったら今のままで入れば、責任もそこまで増えないし、将来性がないと思われて変な勧誘もなくなるんじゃないか?
その方がいいのかもしれないなぁ。
「こんな所にいたのか。探したぞ、シュナイデン卿」
ホールの片隅に立っていた俺に声をかけてきたのは、軍服姿に薄く笑みを浮かべたジェニングス中将だった。
「《帝国緑風勲章》を授与され、騎士爵に叙爵したそうだな。それに昇進とはな。さぞ、子爵も喜んだだろう…………何かあったのか?」
傾国の美女とも言われる美しい顔で俺の顔を覗き込む中将。
この人と出会ってなければ、陛下の《魔眼》から逃れられたかどうかわからないな。
「いえ、本日は色々ありまして……少々疲れました。申し訳ありません」
「そうか……いいだろう。貴官の昇進祝いに本日は無礼講にしてやる。私が何でも話を聞いてやろうじゃないか。ほれ、座れ座れ」
中将は壁際の椅子に腰をかけ、隣に座るように促しながら、椅子の座面をポンポンと叩く。
たまにやる事が可愛いと思うが、この人も中将という地位にあるが、24歳とまだまだ若い。
そうだ、若くして出世した中将なら俺の悩みもわかってくれるんじゃないだろうか?
俺は隣の椅子に座って、さっき思った事を言ってみた。
途中、愚痴っぽくなってしまったが、中将は何も言わずに話を聞いてくれた。
「なるほどな……軍務省の奴らにも困ったもんだ。だが、派閥争いや権力闘争等はどこでもよくある事だ。特に今の目玉は貴官だろうし、ちょっかいを出される事も今後は増えるだろう」
「小官はそういった事に興味はありません。正直、煩わしいとも感じています」
「そうだろうな。田舎育ちの者には都会の水は合わないのかもしれん。ここは空気も水も汚れているし、人の心は更に穢れているだろう。だが、貴官は忘れている事があるのではないか?」
中将が諭すように俺に言う。
俺が忘れている事……なんだろう。
「帝国は実力主義だ。階級であれ階位であれ、上からの命令は絶対だ。現皇帝陛下は無体な事は好まぬが、それでも権力に取り憑かれた愚か者はいなくなったりはしない。それに軍人である貴官は上官の命令によっては自身の矜持を曲げなければならない任務に就く事もあるのだぞ? 拒否すれば懲罰、下手をすれば軍法会議だ。それが領軍や寄親にどれだけ迷惑をかける事になるか、貴官にわかるか?」
そうだ……俺は軍人だ。
斬りたくない者を斬らねばならない時がきた時、俺はどうするんだ?
どうすべきなんだ?
俺は……どうしたらいいんだ?
「だから、こんな所で止まっている場合ではないのだ! シュナイデン卿……いや、リクト! お前が出世して上に立てば嫌な奴に従う必要もなくなる! 嫌な任務に就く事もなくなるのだ! 力をつけろ! 権力を掴め! 私はお前がこんな所で終わっていい奴だとは思わない! どこまでやれるか、どこまで登れるのか見せてみろ!」
見せてみろ……と言われてもなぁ。
正直、俺はそこまで熱くはなれない……。
……だけど、これだけの美人に応援されたらちょっとはやる気が出るな。
うん! 少し気分が軽くなった気がする!
どうやら、俺も美人には弱いらしい。
それに、なんだか俺らしくもなく、余計な事を色々考えてしまっていたようだ。
もう、ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。
やれるだけの事をやって、ダメならその時に考えればいいさ。
「ありがとうございます、中将。お陰でスッキリしました。やれるだけの事をやってみます」
「表情が変わったな。そうだ、それでいい。まぁ、何か困った事があれば子爵が聞いてくれるだろう。だが、私には頼るなよ……高くつくぞ?」
そう言って微笑を浮かべる中将は本当に綺麗だった。
絵画にでもすれば、国宝にも匹敵しそうだ。
「中将ほどの最高の女性に発破をかけられて、やる気が出ない男はいないでしょう。もう二度と迷いません。このリクト・フォン・シュナイデン。陛下より下賜された刀に賭けて、精進を重ねる事を誓いましょう」
俺は子爵様より許可を得て腰に差していた刀を前に出した。
普通こういった席では武器の携帯は認められていないんだが『《佩剣御免》だから構わない』って言われたので、腰に差していた。
「うむ、そうだな。その陛下より下賜された刀に……下賜された刀? ちょ、ちょっと待て。なんだ、その下賜された刀というのは?」
「謁見の後、陛下と個人的に会った際にこの刀を陛下より下賜されたんです」
先程までの落ち着きのある姿はなく、狼狽し、小刻みに震える中将に俺は刀を見せた。
「陛下より下賜されただとっ! 馬鹿っ! それを先に言わないかっ! おいっ! 今すぐ私の直属の部下になれ! なるなら、ヴォルガング大尉とリンテール少尉を嫁にくれてやる!」
「えええええええええええっ! な、なんでそんな事に……っていうか駄目じゃないですか! 勝手に部下を差し出しちゃ……」
「うるさいうるさいうるさぁあい! アホかっ! 《佩剣御免》だぞ? そんなもん引く手数多どころではないではないかっ! 今すぐ私の軍門に下れえええええええええ!」
結局、この後も半狂乱したように俺を部下にしようとする中将は止まらず、騒ぎを聞きつけた家令のヨーゼフが取りなしてくれて何とか落ち着いた。
それにしても、中将だからまだ良かったが、これが他の人達からだったら嫌だな。
やっぱり早めに出世して、こんな事が起こらない様にしよう。
そう、新たに胸に誓うリクトだった。
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