佩剣御免と絶叫
宝物庫で陛下より刀を下賜された俺はテラーズさんと騎士達に見送られて、馬車で帝城を後にした。
子爵様は陛下から命で先に帰ったそうなので、わざわざテラーズさんが馬車を呼んでくれたのだ。
あんな良い人が《恐執事》なんて呼ばれている理由がわからないけど、きっと悲しい誤解とかあったんだろう。
そんな事を思いながら俺は下賜された刀を見る。
俺の刀とよく似た刀。
こいつは何故、陳列されずに壁に立て掛けてあったんだろう。
宝物庫にある以上価値がないわけないし、陳列棚にもまだ余裕があった。
宝物庫に入るだけの価値がありながら陳列出来ない理由……思いつかないな。
「シュナイデン卿。まもなくダウスター子爵邸でございます」
御者に声をかけられて窓の外を見る。
と言っても土地勘がないから、どこを走ってるのかよくわからないんだけどね。
馬車はゆっくり速度を落として、屋敷の前で止まった。
「ありがとう」
俺は御者に礼を言ってから外に降り、門前の衛兵に声をかけてから中に入った。
今は昼過ぎくらい、この後は軍令部に行って昇進の辞令を受けないといけないし、夜は子爵様の陞爵祝いがあるし……。
いつになったら帝都見学が出来るんだろう……仕方ないか、仕事で来てるんだし。
俺は軽くため息を吐いてから屋敷内に入った。
出迎えてくれた家令に子爵様との面会の意向を伝えてから部屋に向かった。
滞在中に私室として使っていいと言われている部屋で、結構広い。
とりあえず、緊張の連続だったのでベットに横たわった。
はぁ、もうこのまま寝たいなぁ。
――と思ったのも束の間、すぐに扉がノックされる。
「シュナイデン様、子爵様がすぐに来るようにとの事でございます。お疲れのところ申し訳ありませんが、ご足労願います」
俺は身体にすがりたがるシーツを振り払って立ち上がり、部屋を出た。
さっさと全部終わらせて今日は早く寝よう。
家令の案内で子爵様の待つ部屋に向かったけど、思いの外、足早になっていたせいで家令を驚かせてしまった。
「来たかっ! それで? 何かあったか?」
部屋に入るなり、開口一番に尋ねてくる子爵様。
俺1人で陛下に会う事をかなり心配していたようだ。
珍しく表情から焦燥感が伝わってくる。
「特別な事は何も……あっ、騎士爵に叙爵されました」
そう言って俺は貴族証の指輪を見せた。
「そうか、それだけならいい。叙爵は事前に聞いていたからな。准男爵や男爵にでも授爵されていたらどうしようかと思ったが、予定通りの騎士爵なら問題あるまい。一安心だ……さて、これで卿も貴族の仲間入りだな。これからも帝国のために尽くしてくれ」
「はっ! 我が剣にかけて」
安堵の表情を浮かべる子爵様が激励の言葉をくださったので、俺は膝をつき、臣下の礼に習って刀を前に出し、礼を述べた。
「よしよしっ……ん? それは卿の刀か? 以前の物と違うようだが……鞘を変えたのか?」
おっと、帰ってすぐ呼ばれたから下賜された刀をそのまま持ってきてしまった。
これも貰ったものだし、大した事ないと思うけど一応報告しておくか。
「いえ、これは陛下より下賜された物でして……」
「なっ! なんだとっ!」
俺の言葉を最後まで聞かずに子爵様は声を上げて椅子から立ち上がった。
何か慌てているようだけど、どうかしたんだろうか?
「へ、陛下より武器を賜されただと……と、特別な事はなかったのではなかったのか!」
結構な剣幕で捲し立てる子爵様に、俺は驚きを隠せなかった。
子爵様は乱れた呼吸を戻すように深呼吸を繰り返しているし、何かまずかったのだろうか?
「はぁはぁ……いいか? シュナイデン卿。本来なら陛下の御前で武器の携帯は認められていないのだ。陛下が卿に武器を下賜されたという事は、卿は信頼できる人物だと陛下がお認めになったという事だ! つまり《佩剣御免》、陛下の御前でも武器の携帯を認められたという事なんだ! どうだっ! わかったか!」
全くわかりません。
要は『今後、陛下に会う時はいちいち武器を預けなくていいよ』って事か?
「その顔はわかっとらんな……陛下の側で武器の携帯を認められる者などほんの一握りの者だけなんだぞ? 門閥貴族達はもちろん、私やジェニングス中将ですら認められておらんのだ」
「えっと……要は武器を持ったまま陛下に会っていいという事ですね?」
「軽く言うなぁ! 陛下の信頼を得るという事がどれほど凄い事なのかわからんのかぁ!」
子爵様は顔を真っ赤にし、頭からは湯気が立ち昇るほど興奮している。
いわゆる『茹でタコ』状態だな。
「はぁはぁはぁはぁ……と、とにかく、大変名誉な事だと言う事は覚えておけ。私からも陛下に御礼を申し上げておく。卿はその信頼を裏切らぬよう努めよ。いいな?」
「はっ! 了解であります」
「よ、よしっ……はぁはぁ……では、軍令部に出頭してくるがいい。辞令を受けたら、面倒だろうがすぐに戻ってこい。今夜の陞爵祝いは卿の叙爵祝いも兼ねておるからな。良い酒を用意しておくから期待しておけ」
おっと、それで思い出した。
あの3つの酒を渡しておかないと、後で怒られるのも嫌だしね。
「子爵様、こちらをお納めください」
「んっ? 《林檎の妖精》か? それなら在庫が……なんだ? これは見たこともないぞ」
子爵様は3本の酒瓶をマジマジと見つめながら言った。
「それは林檎のブランデーより前に作っていた酒ですよ。《ユルティム・ルージュ》、《エフェルヴェサンス》、《シュペルブ》の3本です。ついでに、これも渡しておきますね《無一文》です」
俺は更にもう1本、新作の酒こと《無一文》の酒瓶を出した。
これで魔法鞄に入れて持ってきた酒は全て出し切ってしまった。
「ほぅ! こんな酒もあったのか! 卿も人が悪いな。早く出せば良いものを。それにしても、これらには既に名があるのだな。それに《無一文》だったか? 新作にも名を付けたのか?」
「いえ、これはさっき呑み交わした時に陛下が名を付けてくださって……」
俺の言葉に満面の笑みだった子爵様の顔が強張る。
「……待て。今『呑み交わした』と言ったな? 誰とだ?」
「もちろん陛下とサシで……」
「お前は何をやっとんじゃああああああああ!」
子爵様の絶叫は屋敷中に響き渡り、非常事態だと勘違いした衛兵達が雪崩れ込んでくる大騒ぎとなった。
結局、俺はコンコンと説教され、軍令部に出頭した頃には陽が傾き始めていた。
俺は何にも悪い事してないのに……。
いつも拝読ありがとうございます。
評価、ブックマークしてくださった方々、重ねて感謝申し上げます。
今度ともよろしくお願いします。




