リクト・フォン・シュナイデン
「帝国皇帝アヌーク・フォン・ミリアルド・ヴァランタインの名の下に、リクト・シュナイデンを騎士爵に叙爵する。名もこれよりは『リクト・フォン・シュナイデン』と名乗るが良い。これが騎士爵を示す貴族証だ。大事に持っておけよ」
陛下はテラーズさんを通して宰相を呼んで、簡潔な叙爵の儀を行い、金色に輝く指輪を俺にくれた。
後で知った事だが、騎士以上の階位には貴族証が必要となり、これが貴族としての地位を示す証となるそうだ。
それにしても、まさか平民の俺が成人して1年も経たないうちに貴族になるとは夢にも思わなかった。
「貴族証は常に身に付けておけ。ミスリル製だからそれほど邪魔にならんだろうしな」
確かに指に嵌めてもそれ程気にはならない。
意識していなければ忘れてしまいそうなくらいだ。
「さて、では宝物庫に行くぞ。さっさと済ませてこいつらを味わいたいからな」
舌舐めずりしながら机の上にある五本の酒瓶を見つめる陛下。
さっき俺が献上した酒だ。
《林檎の妖精》以外の名のなかった酒にも陛下が名を付けてくれた。
ワインは《ユルティム・ルージュ》、発泡ワインは《エフェルヴェサンス》、厳選ブランデーは《シュペルブ》、そして新作には何故か《無一文》と言う名前が付いた。
「この酒は全財産を出してでも手に入れたくなる代物だからな。これ以外の名は考えられん」
という理由らしい。
まぁ、俺にとっては何でもいいんだけど。
人も酒も名前より中身の方が重要だからね。
「ついて来い、シュナイデン卿。宝物庫に行くぞ」
と言いながら先を歩く陛下。
何故か《無一文》も持っている。
歩きながら呑む訳ないし、どうするつもりだろう?
とりあえず、俺は後をついて行った。
俺の後ろを宰相と4人の騎士がついて歩く。
やはり、宝物庫に行くとなると厳重な警備が必要なんだろうな。
「これは陛下。宝物庫に御用ですか?」
「あぁ、宝物庫の武器に用がある。開けてもらおう」
「はっ!」
陛下は宝物庫を護っていた騎士に命じると、騎士が何か呪文のようなものを唱えた。
すると、重厚な宝物庫の扉がゆっくり開き始めた。
「お待たせ致しました、陛下」
「ご苦労。では、入るぞ」
陛下と俺、それに宰相の3人が中に入った。
騎士達は外で待機しているらしい。
無防備過ぎないだろうか?
「護衛の方は入らないのですか?」
「寧ろ邪魔だな。私にしても宰相にしても簡単に討ち取れると思ってもらっては困る。宰相も帝国魔法師団長を務め上げた強者だ。私と宰相の2人を敵に回して勝てると思うならやってみるか?」
なるほどね、自分達より弱い護衛なんか必要ないという事か。
しかし、宰相殿が元魔法師団長とは……。
「陛下、戯れは程々に。シュナイデン卿は簒奪を目論むような愚か者ではありますまい」
「ドレッド、根拠があるのか?」
「私は弟の目を信じております」
宰相の弟? はて、そんな人に会ったかな?
「確かに。あの《恐執事》と言われるテラーズが笑みを浮かべていたからな。よほど気に入ったのだろう」
宰相の弟ってテラーズさんかっ!
それより《恐執事》って……あんな茶目っ気たっぷりのテラーズさんが?
信じられない。
「テラーズ・フォン・フリードはそこにいる宰相、ドレッド・フォン・フリードの弟であり、元帝国諜報部長官だった男だ。人を見る目は確かだぞ」
驚く俺を余所に、陛下が追加情報をくれる。
元魔法師団長と元諜報部長官で今は宰相と執事とは、なんて兄弟だよ……。
「それより武器だ。この中から好きなものを選べ」
陛下にそう言われて改めて室内を見てみる。
両壁に備え付けられた棚には、様々な武器が整然と並べられていた。
天井が高く、奥行きのある造りは部屋というより通路の様な印象を受ける。
「奥に行くほど貴重な物が置いてあるのだ。最奥にある五本の剣以外ならどれを持っていっても構わない」
「はっ! ありがとうございます」
そう礼を言ってみたものの、あんまり貴重な物を貰っても扱いに困るだけだよなぁ。
それに俺に目利きなんか出来るわけもないし、武器を飾る趣味もない。
だから自分が使えそうな物を選ばせてもらおう。
俺は剣を中心に見て回る。
小剣、広刃剣、長剣、片手半剣に両手剣、細身剣など馴染みの剣に加えて蛇腹剣や大剣なんかも置いてある。
しかし、どれも俺には使いにくい。
出来れば持っているのと同じ刀がいいんだが、なかなか見当たらない。
やっぱり珍しい物なのかと諦めかけていた時、棚に陳列されず、壁に立て掛けてある一本の刀らしき物が目に入った。
何で陳列されてないんだろう?
とりあえず手にとって鞘から抜いてみると、綺麗な刀身が姿を現す。
俺が持っている物によく似ているし、これにしようかな。
「……それを選ぶか?」
いつの間にか側に来ていた宰相殿が尋ねてくる。
あまり時間をとらせても申し訳ないし、他に刀は無さそうなのでこれにしよう。
「はい。これでお願いします」
「そうか……陛下、宜しいですな?」
「……あぁ、構わぬ。今この時よりそれは卿の物だ」
陛下に言われて俺はその刀を頂戴し、促されて宝物庫を先に出た。
「家名といい、武器といい……これは偶然でしょうか?」
「さぁな。だが、あの六剣士シュナイデンが遺した刀を選ぶとは……つくづく面白い男だ。宰相、彼奴の今後についてだがな……」
「……はっ、かしこまりました」
その後の宰相と陛下の会話を聞いたのは、物言わず陳列された幾多の武具だけで、リクトは知る由もなかった。
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