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中将乱心

お酒の話が出てきますが、作者はほとんど呑めません。


 夜が更けるにつれて、メインホールには人の姿が増えていった。

 最初は何人くらい来るのかと数えていたんだが、100人を超えると数える気すら失せた。

 ここにいるのは全員が貴族、もしくは貴族の縁者らしい。

 しかし、さすがは帝国の中心である帝都だな。

 ダウスターには貴族は男爵様しかいないってのに、帝都には全部で何人居るのやら……。


「どうした? 勇猛な貴官でもこの人数には圧倒されるか?」


 中将が悪戯っぽい笑顔を浮かべて俺に聞いてくる。

 ここに居る全員を斬れるかという質問なら『可』と答えるが、別にそういう意味ではないだろう。


「勇猛かどうかはわかりませんが、これだけ貴族様が揃えば壮観ではありますな」


「どうだろうな。さっきも言ったが、サンイラズ侯爵は外交面のトップ、外務大臣だ。それに媚び諂い、利権を得ようとする者は後を絶たない。言い寄る貴族は没落しかけてる奴らも多いし、役に立たないのも多い。まぁ、侯爵もそれを知ってて、良いように使っているだけの場合もあるがな」


「……貴族様って意外と苦労してるんですね」


「当然だ。地盤に産業がない貴族はかなり困窮していて、貧乏貴族や没落貴族なんかゴロゴロいるぞ。貴官の所のダウスターも主となる産業がないしな」


 そういえば特にないな。

 男爵様が色々根回ししてくださってるから大丈夫みたいだけど、やっぱり主となる産業があった方がいいよなぁ。


「貴官がその気なら『アレ』を主産業にしてもいいんだぞ? それなら私も出資してやる」


『アレ』って酒の事だろうな。

 しかし、趣味の範疇だから主産業には無理じゃないかな?

 それより今ので思い出した。

 うっかり忘れるところだったよ。

 実は中将に渡す物があったんだ。


「産業の件は私には判断出来ませんので。それよりコレをお渡ししておきます。忘れそうですので」


「酒瓶? もしかして《林檎の妖精(アップルフィー)》か?」


 嬉しそうに酒瓶を見つめる中将に申し訳ないが、俺は首を横に振って答える。


「違います。それは新作です。こういう場ならお酒に詳しい方もいるかと思いまして、御意見を伺いたく持って来ていたのです」


 中将の顔が一気に強張る。

 こんな時に出すのはマズかったかな?


「……美味いのか?」


「小官は良いと思いましたが、林檎のブランデーとは趣が違いますので、好みが分かれるかもしれません」


「これは一本だけか?」


「あと一本ありますが、それは男爵様用でして……」


 中将は酒瓶を見つめながらジッと考え込んでいる。

 そして、酒瓶の蓋を開けようとしたかと思えば、手を引っ込めて、また開けようとしては引っ込める。

 それを繰り返していた。

 何の儀式だろう?


「どうしたんでありますか? 中将」


「呑みたいのを我慢しておるのだ! まさか、他者に呑ませる前に開ける訳にもいかんだろう! しかし、これは……ぐぬぬ……」


 美女が顔を曇らせて何を悩んでいるかと思えば……。

 呑みたいのなら呑めばいいのに。

 あっ、味がわからないと他の人に勧められないか。


「とりあえず呑んでみます? 俺の分から一杯出しますよ」


「っ! そういう物があるなら先に出せっ!」


 めっちゃ怒るやん。

 周りの人達からも何事かと見られてしまった。

 せっかく目立たないように隅にいるのに。

 俺は自分用の小さな酒瓶から一杯注いで、中将に差し出した。


「どうぞ」


「むぅ! なんという芳醇な香りだ。呑む前から美味さを感じさせるような甘い香り……しかし、クドさはない。寧ろ、爽やかさを感じる」


 中将は香りを楽しみながら酒をゆっくり口に含んだ。


「こ、これはっ! 果物なのか? いや、違う……そんな甘ったるさはない。爽やかな口当たりに、しっかりと味わいがある! こ、こんな物が存在するのか……」


 一口呑んだだけで褒めてくれる中将。

 こいつは色々手間がかかるから、褒められると素直に嬉しい。


「どうですか? 苦労したからなかなかの出来……」


「……越せ」


「……はい?」


 中将は急に小声になって何か呟いた。

 俺が戸惑っていると、今度は急に目を血走らせ、俺に詰め寄って来た!


「寄越せっ! 残りを全部寄越せっ!」


 中将が両の手で俺の肩を掴んで身体を激しく揺さぶる。

 さっきも似たような事があったぞ!

 なんだっ? 今日は俺の肩は厄日なのかっ!


「お、おち、落ち着い……」


「いいかっ! これは他の者には内密にしておけ! 全部私が買い取ってやる! 幾らでもくれてやるわっ!」


「こ、これは造るのに時間がかかるので……売る気はなくて……」


「なら出来た分だけ全て寄越せっ! 年間に一本でも二本でも構わん! それだけ価値があるわっ!」


 そんな無茶な。

 美味しい物はみんなで味わうのがいいって、死んだじいちゃんが言ってたぞ。

 この酒もじいちゃんが作ってたのを再現して改良しただけだし、さすがに内密にって訳には……。


「誰が騒いでいるのかと思えば、卿達か……何をやっているんだ?」


 おおぅ!

 我が主人、ダウスター男爵様だっ! 

 ムキムキの巨体に服が悲鳴をあげているけど、その姿は救世主に見えます!

 助かったぁ。


「何を騒いでいたのだ? 軍曹」


「じ、実はこの……」


「駄目だっ! 軍曹! 内密と言ったろうが!」


「しかし、そういう訳には……」


「何を隠しているのだ? 中将」


 この後、駄々をこねる中将を宥めるのに苦労した。

 やっとの事で男爵様に新しい酒を渡せたのだが、この一本が後の騒動の種になるとは、この時は思いもしなかった。


いつも拝読ありがとうございます。

評価、ブックマークしてくださった方々、重ねてありがとうございます。

感想、レビューもお待ちしております。

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