二つ名
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夕暮れのマルタン商会の一室は、宛ら新作発表会のように、真新しい服がズラリと並べられていた。
「まさか、これだけの新作が揃うとはっ! しかも、どれが今年の流行になってもおかしくない一級品ばかりじゃないか! 今年の社交界は我がマルタン商会の服一色になるやもしれんぞ!」
落ち着いた感じだった初老の支配人は興奮冷めやらぬと言った状態で、服を見回している。
まぁ、新しいデザインの服が急に16着も出来たらびっくりはするだろうけど、それにしても喜びすぎじゃないか?
「しかし、服ってこんなに簡単に出来るもんなんですね」
俺は素朴は疑問を述べた。
なんせダウスターでは衣服は全て手縫いで、1着仕上げるだけでも1日かかる。
それがミレーヌと言う女は16着をたったの小一時間ほどで完成させた。
代わりに何故かぶっ倒れてるけど。
「これは魔法だよぉ。創造系の魔法の応用でぇ、イメージを具現化しているんだぁ」
へぇ、そう言った魔法もあるのか。
火とか水とかの属性じゃない魔法なんて聞いた事もなかった。
「そこでぶっ倒れているミレーヌ・マルタンは魔法学院の元生徒でな。この《創造・洋服》を作ったのも彼女だ。本来なら創造魔法では緻密な衣服のデザインなど困難だが、製作時の作業工程までも正確にイメージする事でそれを可能としたらしい」
魔法に詳しい少尉と中将が説明してくれる。
それにしたって便利な魔法なのに何で普及してないんだろう?
「……とは言っても、正確に作業工程までイメージするの難しい。私みたいにガキの頃から布と戯れ、針と糸を手足と同じ感覚で操り、目を瞑ったままでも服が縫えるぐらいじゃないと扱えやしないさ」
倒れていたミレーヌが頭を掻きながら身体を起こす。
「それにしても新作の衣装がこんなに出来るとは、さすがは《帝都一のデザイナー》だな」
中将の称賛に喜びもせず、ミレーヌはすこしはにかんだだけだった。
「私にも限界はあるさ。新しい服のデザインには常に斬新なアイデアと発想の転換が必要でね。流石に簡単にとはいかないよ」
「マルタン商会はミレーヌのおかげで、ここまで大きくなりました。今も常に新作を求めて貴族の方々が我が商会に来られます。ですが、新作がないとなると、廃れるのも早いものでして……」
ミレーヌと初老の支配人は寂しそうに言った。
名前からしてもこの2人は親子だろう。
帝都ってのは競争が激しいところなんだな。
ダウスターでは服屋なんか二軒しかないから競争とは縁遠いもんだ。
「しかし、あんたの身体はいい刺激になったよ。おかげで16着も新作が出来たんだ。礼と言っちゃなんだが、出来る事ならさせてもらうよ」
「身体って……まぁ、お役に立てたのならいいんですけど……」
変な言い回しは気になるけど、こっちもタダで服を貰うんだから気にしないでおこう。
「どうだい? 一晩付き合えってんなら大歓迎だよ? 私も身体にはそこそこ自信があるし、それにあんたの身体を抱けるなら……何着新作が出来るか想像もできないからねえ」
舌舐めずりして人の身体をジロジロ見ないで欲しい……。
森で腹を空かせた猛獣に遭った感覚を思い出すなぁ。
そんな事を考えていると、大尉と少尉が俺の前に立ちはだかった。
「貴様にこいつはやらん」
「そうだよぉ〜、これ以上は見過ごせないかなぁ〜」
大尉、少尉。
一般人相手に殺気なんか出さないでください。
動じた様子がないからいいけど、怖いですよ。
「な〜んだ、先約があるんじゃないか。なら、仕方ないね。まぁ、気が変わったらいつでもおいで。それにしてもこれだけの美女3人と一緒にいるあんたは何者だい?」
「普通は最初にそれを聞きませんか?」
「新しい刺激を求めた妙齢の女にゃ、名前より優先するもんがあるんだよ」
不倫する人妻みたいな事を言う人だな。
「はぁ。小官は帝国軍所属ダウスター男爵領軍リクト・シュナイデン軍曹です」
「シュナイデン軍曹? あんたが噂の《惨劇のシュナイデン》かい? もっと厳ついおっさんだと思ってたよ」
ミレーヌは驚いた顔で俺をマジマジと見つめる。
それにしても《惨劇のシュナイデン》って何だ?
「軍内部での貴官の二つ名だ。なんせ検分に行った兵士や騎士がまともに現場を見れなかったそうだからな。特に執務室前はこの世の地獄だったと聞いているぞ。他にも《地獄の使徒》なんてものまであったぞ」
物騒な名前を付けられたもんだ。
それにしても二つ名って何か恥ずかしいような……。
「そんなに気にするな。私にも《帝国軍の女神》なんて二つ名がある。最初はうざったいが、後々役に立つこともある」
どんな役に立つのかわからないけど、今はいいか。
「それより、ミレーヌ。礼と言うなら、こいつの礼服を3着ほど大至急頼む。今日の夜会と明日陛下との謁見があるのでな」
「そうなのかい? なら、あんたの晴れ舞台だ。気合入れてやらせてもらうとするよ」
そう言うと、ミレーヌさんは俺の服を即行で仕立ててくれると言う。
採寸もちゃんとしていて、さすがはプロ……って、何してるの、この人?
「うはぁ! やっぱり実際触ると違うね……たまには若いツバメもいいかもね……」
俺の身体を採寸という名の元にベタベタ触りまくるミレーヌ。
顔が近いし、鼻息が荒い。
気は確かなのか? この人は?
結局、大尉と少尉が止めに入るまでの10分間。
彼女は俺を触り続けた。
ちなみに後で支配人に聞いたが、彼女は見ただけで大体の採寸が出来るらしい。
……もう、この店には近づかないようにしよう。
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