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マルタン商会のデザイナー

「……これはどうしても着なければならないのでありますか?」


 俺は頭では理解していても目の前にある服を見ると、聞かずにはいられなかった。

 色彩が目に痛く、装飾が派手で必要のない裾がヒラヒラとしていて動きづらそうだ。

 着心地は抜群と言われる絹は手で裂けそうなくらいの脆弱さを感じる。

 おまけに高い! 何でこんな服が白金貨2枚もするんだっ!


「軍曹、これは戦闘用ではないぞ? 目的を間違うなよ」


「しかし、小官は軍人なので……軍服では駄目でしょうか?」


 中将の指摘につい、苦言を呈す。


『本来ならそれでも構わないんだがな。しかし、下士官の軍服では相手を侮っていると思われかねないのだ。最低でも佐官級だ。他に勲章などがあれば別だが、今はないのだから諦めろ」


 中将の隙のない言葉に項垂れる。

 どうやら諦めるしかないようだ。


「ジェニングス様。此方の方の衣装ですが、当方にお任せいただけませんでしょうか?」


 初老の品の良い紳士的な男が中将に声をかけてきた。


「支配人。何かあるのか?」


「此方の方は素晴らしい肉体をお持ちの様子。我がマルタン商会のデザイナーの良い刺激になるやもしれません。採算をさせていただけるなら今すぐにオーダーメイドの服を用立てさせていただきます」


「素晴らしい肉体? こいつがか?」


 支配人と呼ばれた男の言葉に中将は訝しむように俺を見る。

 まぁ、軍服って基本的にタイトだけど長袖で着丈が長いから普段は肉体なんか見えない。

 俺の身体が素晴らしいかは別にして、知らないのは当たり前だ。


「はい。如何でしょう?」


「軍曹はどう思う?」


「色彩は大人しめで装飾が少なく、丈夫な生地で作ってくださるなら構いません」


 支配人の男性は『ほぅ、デザインで勝負というわけですな。受けて立ちましょう』とか言ってるけど、俺は派手さが無ければそれでいいんだ。


「では、お二階へどうぞ」


 そう言われて俺は支配人と共に二階に上がる。

 ……何で、中将と大尉と少尉まで付いてくるんだ?


「気にするな」


 中将がボソッと言った。

 なら、気にしません。

 俺達は二階の一室に案内される。

 中には亜麻色のボサボサ髪の肩を出した薄着の女性が此方を背にして机に向かっていた。

 俺達が来たことには気づいているようだが、振り向こうとはしなかった。


「ミレーヌ。お客様だ」


 支配人の声に、わざと聞こえるようなため息をついた後、女はゆっくり振り返った。


「支配人。ここは私の戦場だよ? 部外者の立ち入りは……」


 女性は振り返りざまに俺を見ると目を丸くして固まった。

 はて? 何かあったのだろうか?

 俺が首を傾げると、時が動き出したかのように女は俺に向かって走ってきた。

 そして、両肩を両の手で鷲掴みにする。


「脱げ! 今すぐ脱げ! 脱がないと言うなら無理やりにでも……」


 女は血走った目で俺を見ながら服を脱がそうとする。

 何だ、この女は? 所謂、変質者というやつか?


「おいっ! 貴様、一体何の真似だっ!」


「そうだよぉ〜、順番は守ってよねぇ!」


 訳のわからない事を言いながらだが、大尉と少尉が女の手を離そうと両側から掴みかかる。

 ちょっと待って!

 これでは三方を女性に囲まれて俺が身動きがとれない!


「邪魔しないでよ! この男の身体は私のものよ!」


「ふざけるな! この泥棒猫がっ! 後から出てきて何のつもりだっ! こいつは私の…………と、とにかく手を離せっ!」


「ちょっとぉ! 大事な所で照れないでよぉ! それぐらいなら私が一番に貰うんだからねぇ! 邪魔しないでよぉ!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 女には前から両肩を、右側から大尉に右腕を、左側から少尉に左腕を掴まれて三方に引っ張られてる。

 裂けるっ! このままでは俺は三分割に裂けてしまう!

 何で俺がこんな目にっ!


「「「ぬぅううううううう!」」」


 3人は誰1人としては手を緩める事なく、俺を引っ張り続ける。

 そして、遂に限界を迎え、三方に引き裂かれた。

 服だけどね。

 あまりの勢いに3人は全員が尻持ちをつくように床に勢いよく倒れ込んでいた。


「ほぅ。これはなかなか……」


「素晴らしい! やはり私の目に狂いはなかった」


 いや、中将も支配人もマジマジと見ないで欲しいな。

 ちょっと恥ずかしい。

 服が裂け、剥き出しになった俺の上半身を全員が見ている。

 何故か興奮しているのは女と大尉と少尉だ。


「はぁあああああああ! 良い! 凄く良い! 張りがあり、なめし革を張ったかのように滑らかで美しい筋骨! 均整の整れた躍動感のある筋肉! 正に芸術だわ!」


「す、素晴らしい! なんとしなやかで強靭な肉体だ。まさかこれ程鍛えているとは……」


「細身だからぁ、そんなに期待してなかったのにぃ、こんな凄いの隠してたなんてぇ〜。やるねぇ〜」


 男の裸を見て何が楽しいんだかわからないが、とりあえず笑われなくてよかった。

 それにしてもこんなんで服を作って貰えるのかな?


「どうだ? ミレーヌ。素晴らしいとは思わないか?」


「支配人っ! 今までで一番感謝するわ! はあぁああああああああ! 良い! もう良すぎるわ!」


 陶酔したかのような恍惚とした瞳をするミレーヌと呼ばれた女。

 かなり引くんですけど……。


「どうだ? 新作のイメージが浮かばないか?」


「任せなさいよ! これでイメージ湧かなきゃデザイナーなんか廃業してるわ! 今すぐに5着……10着は作れるわ! ぬぅうおおおおおおお! 滾ってきたぁあああああああ!」


 女はそう言うと机に向かってペンを高速で走らせる。

 こんな事で服は大丈夫なのだろうか?

 この女は大丈夫な人なのだろうか?

 不安は募るばかりだ……。


いつも拝読ありがとうございます。

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