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帝都にて

 陽が傾いて街を夕暮れが包む頃、飛行艇は帝都に到着した。

 長かった。

 こんなに夕暮れを待ち望んだのは人生で初めてだ。

 謁見の作法についてはそれほど難しくなかった。

 ある程度は軍で学んでいたし、礼のタイミングなどを教えて貰うだけでなんとかなった。

 実際の謁見では男爵様も一緒だし、不安もそこまでない。

 食事の作法についてもロースター軍曹との食事の際に色々注意されていたから、然るべきところでは注意が出来るだろう。

 問題は……ダンス。

 やった事はないわ、やりたくもないわ、やれる自信もないわと不安しかない。

 いっそ、足でも折ってればよかったと思うぐらいだ。

 大尉と少尉は貴族だけあって、幼少の頃から英才教育を受けており、ダンスなどの教養もしっかり身についている。

 しかし、教養の足りない俺にはステップが硬いとか、優雅さが足りないとか意味がわからない。

 足が硬いって何ぞや?

 優雅な動きってどういう事よ?

 理解できない事を延々とやらされる……地獄だ。

 おまけにチラチラと船室の窓に映る怨嗟の目が更にやる気を削ぐ。

 そんなに羨ましいなら変わってやる! って言いたくなったわ。

 結局、6時間も踊らされてフラフラになりながら俺は飛行艇を降りた。


「やっと着いた……もう、今日は寝たい……」


「そうはいかんぞ? 明日の謁見の前に帝都の貴族達への顔合わせをせねばならん。今日は私の寄親でもあるサンイラズ侯爵の屋敷でパーティーがあるのでそこに出席する。貴官もな」


 最悪だ。

 何で貴族ってパーティーだの園遊会だのと毎回毎回集まりたがるのか。

 暇なんだろうか?


「そんな顔をするな。貴族は派閥や縁戚、領地、職務など様々なしがらみがある。それに合わせて参加できるものとできないものがある。そのため、どうしてもこういう集まりの機会が多くなるのだ」


「はあ。小官にはよくわかりませんが、御命令とあらば同行致します」


「ならば、先ずは……」


「待っていたぞ。ダウスター男爵、シュナイデン軍曹」


 桟橋を降りた俺達に声をかけてきたのは、光沢のある銀髪を靡かせ、仁王立ちしている帝国の女神、シャーロット・フォン・ジェニングス中将だった。


「遠路ご苦労だったな、男爵。では、シュナイデン軍曹を預かるぞ?」


 またいきなり無茶苦茶言ってるよ。

 俺は今から男爵様と侯爵邸で……。


「わかりました。よろしくお願いします」


 あれっ! 男爵様? 何で?


「そんな捨てられた仔犬のような目をするな。侯爵邸でのパーティーにはジェニングス中将が連れてってくださる。その前に貴官には衣装が必要であろう? それの見立てを頼んだのだ。私も屋敷で準備次第向かう故に、現地で会おう」


 あっ、そういう事か。


「大尉と少尉もご苦労だったな。ついでに貴官等にも衣装をくれてやる。好きなのを選ぶがいい」


「「ありがとうございます、閣下」」


 2人は揃って礼を述べている。

 俺達4人は揃って中将の用意してくれていた馬車に向かう。

 待てよ……。

 俺の前にジェニングス中将、俺の右隣にヴォルガング大尉、左隣にリンテール少尉……いかん!


「女神について歩いてる黒虫野郎は誰だ……」


「大尉と並ぶなんて不遜過ぎるだろ!」


「……し、少尉に手をだ、出したらゆ、許さないんだな」


「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」


 いやぁああああああ!

 もう怨嗟の目どころか口に出てるよ!

 憎悪、嫉妬、妬み、怨みあらゆる負の感情が渦巻いている!


「やれやれ、相変わらずだな。気をつけろよ、軍曹。アンダーソン大佐も以前はふくよかな体型だったが、我らと歩くとこういう目に晒されるのでな。すっかり痩せてしまったのだよ」


 大佐ぁああああああ!

 思ったより大変な目にあってたんですね!

 初めて尊敬しましたよ!


「まぁ、その内慣れるだろう。大佐も今ではそれほど気にしなくなったしな。それより、さっさと向かわねば店が閉まるぞ」


 中将に促され、嫉妬の炎が渦巻く中を歩き、俺は馬車に乗り込んだ。

 これから帝都の中心街にある貴族御用達の店に向かうそうだ。

 それにしても心配だな。

 俺はそんなに金持っていないし、帝都は物価高いって言うから足りるだろうか?


「軍曹は少なくとも2着は買わねばならんからな。さっさと合わせないとならないぞ?」


「2着? 1着ではないのですか?」


「さすがに今日着たものを明日の謁見で着るわけにはいかんだろう? 出来れば3着は欲しいところだ」


 ……最悪だ。

 今まで服にそんなに金かけた事もないのに、高価な服を3着も買わないといけないなんて……。

 せっかく貯めてたのに……。


「金の心配はいらないから好きに買えばいい。ダウスター男爵のツケにしておくからな。男爵からも許可をもらっている」


「ほ、本当でありますか? 良かったぁ……危うく無一文になるところでしたよ」


「はははっ、そんな心配はいらない。今から行く店はそこまで高い店ではないからな」


 なんだ、そうなのか。

 心配して損した。

 それもそうだよな、高い店ばかりだったから平民なんか生活できないだろうし……。


「1着がだいたい白金貨1枚程度だ。ちょっと良いものにして3着で白金貨5枚ってところだ。大したものではない」


「少々安めですが、あそこはデザインがいいので問題ないでしょう」


「気軽に買うなら丁度いいですよねぇ」


 ……前言撤回、都会はやっぱり怖いです。


いつも拝読ありがとうございます。

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