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貴族の友

「はぁはぁはぁぁ、はぁぁぁ………」


 身体は返り血を浴びたせいで、先の戦いの際に付いた乾いた血の上から新しい血が滴り落ちている。

 俺は荒い呼吸を整えつつ、周囲を見回した。

 先程の階段上の廊下と同じような光景が目の前に広がっている。

 立っているのは自分1人、足元には物言わぬ骸達が所狭しと転がっていた。

 さっきと違うところと言えば、死体がほとんど原型を留めていない事だ。

 凶剣(きょうけん)没義道(もぎどう)》は俺の技の中でもかなり(むご)い技の一つだ。

 一振りで四つの斬撃が起こるが、斬撃の軌道が定まっておらず、身体を狙っても手足や頭に斬撃が飛んでしまう。

 相手はどこを斬られるかわからないから防ぎようがなく、おまけに一思いに斬ろうとしても軌道が外れるため相手は簡単にトドメをさしてもらえず、楽に死ぬ事が出来ない。

 時には細切れになるまで死ねない者もいた。

 無闇やたらと使っていい技ではないのだが、今回はかなり頭にきて使ってしまった。

 まぁ、仕方ないさ。

 人の道を外れた外道には外道の技がお似合いだ。


「ライエル男爵……」


 俺は唯一原型を留めて横たわっているライエル男爵を眺める。

 親の仇である俺すら許すという器のでかい人だった。

 こんな外道共の血に(まみ)れた場所は彼には相応しくない。

 魔法鞄(マジックバック)に彼の遺体を保管しておいて、この地を取り戻した後に供養するとしよう。

 俺は男爵の身体を魔法鞄の中に入れようとする。


「……入らない?」


 魔法鞄に彼の腕から入れようとするが、鞄は彼の身体を拒むかのように押し出してくる。

 おかしいな、容量はまだあるはずなんだが?

 今度は足から入れようとする……入らない。

 ならば頭から……入らない。

 えぇい! 苛々する! こうなったら多少強引にでも……。

 俺は頭を強引に中に入れようと押し付ける。

 鞄はそれを拒み、押し返す。

 鞄からはミチミチッとした音がしており、たまに『……ぅうう』という人の声のような音まで立てている。

 こうなったら、全力で……。


「……い、痛いじゃないか!」


 突然、男爵の死体の手が俺を振り払うかのように襲ってきた。

 まさか、もう不死の魔物(アンデット)化してしまったのかっ!

 よほど、怨みを残されたのだろう。

 お(いたわ)しい、せめて人として死ねるように、一刀の下に斬り捨てて……。


「いてて……ん? うわぁ! ば、化物! って……軍曹じゃないか! 何を剣を振りかぶっているんだ! 血迷ったのかっ!」


 ライエル男爵が声を荒げる。

 そういえば魔法鞄(マジックバック)には命ある者は入れる事が出来ないんだった。

 という事は……。


「あれ? もしかして……生きてます?」


「生きてるよ! 何、トドメをさそうとしてるのさ!」


「小官はてっきり奴らに殺されて、不死の魔物(アンデット)化したのかと」


「君の姿の方が魔物に見えるけど……さっきは少し斬られただけだよ。大袈裟にやられたフリして隙を見て逃げるつもりだったんだ」


 それならそうと言って欲しい。

 俺は怒りは身を任せて……(周りの死体を見回す)……まぁ、結果的に死んでなかっただけで、殺そうとした時点で死に値するな。

 一罰百戒(いちばつひゃっかい)というから今回20人罰したとして……2000人の戒めにはなるだろう。

 うん、そういう事にしておこう。


「うっ! そ、それにしても派手にやったな」


 男爵が周りを見回して顔を青ざめ、口に手を当てる。

 まぁ、こんな惨状に慣れてるわけもないし、俺もさっさと離れたい。


「小官は身内を殺されて黙っておけるほど、人間が出来ておりませんので」


「身内? 私がかい?」


「失礼しました。しかし、ライエル男爵は信頼に値する方です。その方を一方的な理由で害した輩など、情けをかけるに値しません」


「……ありがとう、軍曹。そうだ! 私の事はカールと呼んでくれて構わない。友となろうじゃないか」


 彼は少しはにかんだ顔でそう言った。

 貴族の友人か。

 それもいい。


「わかりました、カール殿。私の事はリクトとお呼びください」


「公の場以外では敬語もいらないよ。君は命の恩人だからね」


 カールはそう言って笑った。

 こうして俺はカールと友になった。


「わかったよ、カール。じゃあ脱出しようぜ。その前に……この騎士達、意外といい剣持ってるな。戦功として高そうなのは持っていこう……浅ましいかな?」


「君が討ち取ったのなら問題ないよ。本来なら首だけど、この状態じゃあ判別出来ないから。身につけてる物でもいい。それに……ほらっ、首から下げてるのが階級章だから、これを持っていくと戦功になるよ」


 カールは敵だった者の首からプレートの付いた首飾りを取って渡してきた。

 なるほど。鎧姿だと胸に階級章がないから代わりにこれで判別するのか。

 俺、貰ってないけど……。


「さぁ、行こう。隣の部屋の暖炉の奥が脱出通路の入口だ。そこから敷地の外に出られる。そこから別のルートを通って外壁の外に出られるんだ」


 そう言うとカールは隣の部屋をすぐ開けようとするので、俺が変わって様子を探る。

 部屋には誰にもいなかった。

 カールはすぐに奥にある暖炉に向かい、天板を操作すると奥に通路が現れる。

 こうして、俺とカールはライエル男爵邸を後にした。


いつも拝読ありがとうございます。

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