表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/205

ライエル男爵の想い

 さて、どうしよう。

 これから2人で命がけの脱出劇をするとというのに、何てタイミングで名前を聞いてくるんだ。

 ……いや、むしろ当たり前か。

 ここからはお互いが命を預けるようなもんだ。

 名前も教えられない相手なんて信用できないだろう。

 しかし、ここで『私は貴方の父親を殺した男です』と今、名乗るべきなのか?

 脱出してから名乗る方が、ライエル男爵にとってもいいんじゃないか?


「ど、どうした? 何かあったのか?」


 不安げな表情でライエル男爵が俺を見る。

 駄目だ。このまま黙っているわけにはいかない。

 ましてや、相手は名乗っているのだから、名乗らないのは無礼に当たる。

 自身の都合に合わせて話す機会を変えるなど、自分勝手過ぎる

 それに、こういう時に黙っていて後になって言うと『信じていたのにっ!』とか言われるんだ。

 俺は裏切者や卑怯者にはなりたくない。

 そもそも、あの戦いで前ライエル男爵を討った事を俺は恥じてもいないし、後悔もしていない。

 あの功績で俺は軍令部からも賞賛されて昇進もした。

 ならば、逆の批判も全て受け入よう。

 例え、この場で争う事になっても、俺は裏でコソコソするような生き方はしたくない。

 せめて、自分の生き方くらいは堂々とありたい。


「小官は……リクト・シュナイデン軍曹であります」


「っ! リクト……シュナイデン…………軍曹……」


 沈黙が流れる。

 ライエル男爵は大声こそ出さなかったが、相当驚いたのだろう。

 目を見開き、口は言葉を発さずに開閉を繰り返していた。

 当然だ、親の仇が目の前にいるんだ。

 俺だったら即座に斬りかかっている。


「貴官がリクト……シュナイデン軍曹か。出世したんだな? 父上を討ったのは二等兵と聞いていたが……それに家名も……」


 絞り出すような声だった。

 父親の命で出世した男に憤りを感じるのも無理はない。

 俺もいずれはこの命が誰かの出世の道具になる時が来るかもしれない。

 俺はそれを否定したりはしない。

 だが、易々とこの命をやるつもりは……。


「すまなかった」


 ……あれ? なんでライエル男爵が謝るんだ?

 ここは『父の仇っ!』とか言って決闘になるところじゃないのか?


「父上は三男で本来なら家を継ぐことなんかできない人だった。しかし、叔父上が2人揃って世継ぎもないまま流行病で亡くなってね。父上は継承権が回ってきたのを嬉々として喜んだそうだ。それを見たお爺様が『家督を継ぐ資格無し!』と言って家督を譲らなかった。当然さ、身内が死んだのを喜ぶ者に領主が務まるわけないからな。父上はそれにずっと反発していたよ」


 失礼だけど、貴族の屑見本みたいな奴だな。

 しかし、それと謝罪とどう関係があるんだ?


「しかし、お爺様も2年前に亡くなって、結局ライエル家は父上が継ぐ事になった。お爺様の葬儀は簡素なものだったよ……次の日の男爵位継承パーティーの方が何倍も豪華だった。その後も父上は領地の統治よりも貴族としての体裁を整える事ばかりで……領地は荒れ、領民には塗炭の苦しみを味わわせる事になった」


「誰か諫める人は?」


 話している場合じゃないんだけど、つい聞いてしまった。


「母上は父上の言いなりだったし、父上は私の言う事に耳を傾ける事はなかったよ。一度、寄親のレヴァンス侯爵に諫めてもらったけど、駄目だった」


「……さっきの『すまなかった』とはどう言う意味ですか?」


「……父上は身内の恥だ。本来なら嫡子である私が止めねばならなかった事なのに、ダウスターにまで迷惑をかけ、君は私の代わりに父上を止めてくれた。それに対しての謝罪だ」


「小官が憎くないのですか?」


「憎くないと言えば嘘になる……だが、それは貴官がではない。止められなかった自分自身と戦争そのものだ。貴官が気にする必要はない。それに寄親を無視するようでは、どの道ライエル家の未来はなかっただろう。父上は貴族のまま死ねただけ良かったのかもしれん」


 ライエル男爵は寂しく笑った。


「さぁ、もう行こう。脱出通路はこの部屋の隣室から延びている。今なら誰にも気づかれずに出れるさ」


 ライエル男爵はそう言うと扉に向かって歩き出した。

 やれやれ、俺の方が気を遣わせてしまった。

 父親に似ず優しく聡明な人だ。

 戦には向いていないが、領主には向いていそうだ。

 この土地を奪い返した後はきっと良い領主に……。


「うわぁああああ!」


 ライエル男爵が廊下に出た直後に悲鳴が屋敷中に響いた。


「男爵っ!」


 俺が急いで廊下に出ると、そこには倒れた男爵と剣から血を滴らせた重厚な鎧を着た男でが立っていた。


「いたぞ! 裏切者のカールと侵入者だ!」


 男が大声で叫ぶと仲間と思われる者達が集まってきた。

 数は20名程で、全員が鎧を着込んでいる。


「我らはオーマン伯爵の精鋭騎士団である! 廊下の惨劇は貴様の仕業だな! 生きて帰れると……」


「何故……男爵を斬った?」


 俺は騎士と名乗る男の言葉を遮った。


「決まっている! 貴様と親しげに話していたではないか! 伯爵様の温情で生かしておいてやったと言うのに裏切者め! お似合いの末路だ!」


 なんて身勝手な言い分だ。

 勝手に侵略しておいて、裏切者?

 ふざけるなっ!

 身体の中から色んな感情が湧き上がってくる。

 瞋恚、悲憤、激怒、憤激、憤慨、激憤、憤怒 ……。

 我慢できるかぁあああああああ!


「貴様らこそ五体満足で帰れると思うなよっ! 凶剣(きょうけん)没義道(もぎどう)》!」


 俺は初めて怒りの感情に身を任せ、刀を振るった。


いつも拝読ありがとうございます。

高評価をいただき、ブックマークも増え、アクセス数もかなり増えてきました。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ