責任追及
自分以外誰もいなくなった廊下を真っ直ぐ進むと、突き当たりに重厚な造りの両開きの扉が見える。
あの部屋にマックロン男爵がいるはずだ。
それを討つ事ができれば今回の俺の任務は終わる。
さっさと終わらせたい。
廊下の窓に映る自分の姿がチラチラと見える。
―――酷い有様だ。
ワイン樽に頭から突っ込んだように、頭の頂から足の先まで赤黒く汚れていて、元の色が何色だったかわからないくらいだ。
乾いていない箇所から滴る赤い雫は、足跡の代わりに道を点々と汚している。
屋敷のメイド達から恨まれそうだな。
出会わない事を祈ろう。
俺は顔を知らぬこの屋敷のメイドに謝罪しながら扉に近づいた。
人がいる。
気配を感じるまでもなく、扉の向こう側に誰かいるのがわかる。
扉に近づくと、中から金属が震えるようにガチャガチャとした音が聞こえてきたからだ。
俺は扉横の壁に背中をつけて刀を抜き、後ろ手に刀の柄頭を扉に思いっきり叩きつけ、扉を開けた。
「うわぁぁあああああ!」
扉を開けた瞬間、部屋の中から鎧を着込んだ男が剣を振り下ろした。
待ち伏せをしていた剣は虚しく空を斬り、床に当たってカァーンと乾いた金属音を響かせた。
前のめりになり下がった男の顎を蹴り上げる。
男は脳震盪を起こしたか、そのまま仰向けに倒れた。
すぐに目を覚ますことはないだろうが、一応武器は取り上げておこう。
「み、見事ではないか。し、し、称賛に値するぞ」
男の剣を拾い上げた俺に別の男が声をかけてきた。
立派な書斎机の奥に、冷や汗を浮かべた男が椅子に座っている。
その男は何故か鎧をつけず、金の刺繍をあしらった服を着ていた。
机の上には何枚かの書類と何かが入った麻袋、ワインボトルに美しいグラスが置いてあり、とても戦場の一室とは思えなかった。
戦の最中にこんな事をする軍人はいない。
こいつは戦を知らない馬鹿貴族……俺の標的に間違いない。
「覚悟はよろしいですか?」
「っ! ま、ま、待て! 待つのだ! そう焦るでない! お前にいい話があるんだ!」
刀を構えた俺に馬鹿貴族が何かを語ろうとする。
何か戦に役立つ情報かもしれない。
適当に話を合わせてみるか。
「あー、オホン。貴官の働きは素晴らしいものがある。どうだ? 私に仕えないか? 働きによっては貴官を貴族に取り立ててやるぞ?」
まさか俺を懐柔しようとするとは思わなかった。
しかし、貴族に取り立てるなんて簡単にできる話ではない。
というより、男爵に貴族を取り立てる権力なんかない筈だ。
つまり、時間稼ぎの戯言だな。
「どうだ? 平民から貴族に取り立てられる事なんか滅多にある事ではないのだぞ? 貴族になればそのような姿にならずに済むのだ」
男の視線の先にある鏡で改めて自分の姿を見る。
確かに酷い姿だ。
なりたくてなった訳じゃないけど、仕方ない。
50人以上斬ったんだ、返り血の量も相当なものだった。
「さぁ! 我が前に跪くがよい。そして、軍人などというならず者を辞め、高貴なる貴族の一員となるのだ!」
……馬鹿貴族め。
聞いてる俺の頭までおかしくなりそうだ。
「もういい。黙れ」
「ぶ、無礼な! 私は貴族のは……」
俺は手に持っていた剣を馬鹿貴族に投げつけた!
風を裂いて飛んだ剣は馬鹿貴族の肩に深々と刺さった。
「ギィィヤァアアアアアアアアアアアア!」
男の悲鳴が屋敷中に響き渡った。
煩い奴だ。
こいつとさっきから話しているが、高貴さなんか一回も感じた事がない。
卑劣で醜悪な下品な俗物にしか思えない。
「き、貴様! こ、こんな事をして許されると思っているのかっ!」
「知らないよ。でも、一つだけ教えてやる。お前がならず者と言ったこの屋敷の軍人達はお前を守るために戦って死んだんだぞ?」
「そ、それがなんだと言うのだ! 私のために死ねるなら本望であろう! それより貴様はこの私に……」
「部下に対しての責任はないのかよっ! それが部下に対する言葉かっ! この屑野郎、あの世で部下に詫びてこい!」
怒りが頂点に達した俺は刀を構え、一足飛びで馬鹿貴族に斬りかかる。
馬鹿貴族は肩に刺さった剣が邪魔をして動けなかった。
「待て! 私は貴族の……」
「断剣《鎌風》」
刀から放たれた真空の刃は馬鹿貴族の首を通り抜け、後ろの壁を斬り裂いた。
馬鹿貴族は何事か発しようと口を開いていたが、その言葉は発せられなかった。
その前に胴から首が離れ、頭は床に転がり落ちる。
しかし、切り口から血は噴き出なかった。
「鎌風で斬られた傷からは血は出ない。兵士との闘いでの返り血なら仕方ないが、貴様のような下衆の血など一滴たりとも浴びたくないんでね」
俺は馬鹿貴族にそう説明したが、返事はなかった。
俺の任務は終わった。
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