ライエル男爵邸
敵の斥候分隊の装備に身を包んだ俺は、ライエル領領都ハルシラの正門に向かって走った。
こういう時は思い切っていく方がいい。
下手に躊躇しているとそれだけで怪しくなるからだ。
「止まれ! 何処の部隊の者だ?」
正門を守っていた門兵が長柄槍で俺の行く手を阻む。
『斥候分隊のイーサン・マルト少尉だ! 至急、閣下に報告すべき事があり、帰還した!』
俺は自身が着込んだマルト少尉の鎖鎧の胸元の刻印を見せ、荷物から指令書を出して見せる。
「はっ! これは失礼しました!」
門兵は刻印と指令書を見ると、阻んでいた長柄槍を退けて敬礼をする。
マルト少尉のおかげだな。
「聞くが、閣下はどちらにおられる? 至急報告せなばならん事があるのだ」
「はっ! 閣下は男爵邸にて作戦の立案中と聞いております」
「そうか。男爵邸へ急ぎたいが、馬はないか?」
「伝令用の馬があります。おいっ、馬を出せ!」
門兵が中にいた兵に声をかけてすぐに馬が用意された。
有難い、こいつは退却の際にも使えるからな。
俺は用意された馬に跨り、敬礼をしてから馬を走らせた。
男爵邸の場所は以前にロースター軍曹から聞いているので知っている。
門から伸びる大通りを真っ直ぐに進み、街の中央にある大広場を左に入ると正面に見えてくるのが男爵邸だ。
ちなみにうちの領都ウルグとは違って軍の練兵場は大通りを挟んで男爵邸の反対側にある。
他の2人の標的もそこにいるはずだ。
そんな事を考えていると男爵邸の門前に着いた。
門は固く閉じられており、横には門兵が控えている。
「何処の部隊の者だ?」
さっきと同じ事を聞く門兵に俺はさっきと同じ返答をする。
「ご苦労様です。少々、お待ち下さい。開門!」
門兵は中にいた兵に命じて門を開けてくれた。
ここまですんなり行くとは……マルト少尉に感謝だな。
「どうぞ。屋敷前に兵がおりますので、そこで再度報告をお願いします」
また同じ事をするのか。
面倒だなぁ、もっと簡潔に済ませてしまえばよいものを。
俺は門兵に礼を言って屋敷前に向かった。
向かう先には門兵が4人も控えている。
俺はさっきまでと同じ答えを繰り返すと、4人が相談し合った後、1人が屋敷の中まで案内してくれる事になった。
そして門兵の案内で屋敷の二階へ上がる階段の踊り場まで上がったところで、門兵は『後は上がった所を真っ直ぐに行って近衛兵が立っている部屋に閣下はいる』と言って戻って行った。
……参ったなぁ。
多分これは罠だ。
こんな中途半端な場所で案内が終わるのは妙だ。
おそらく俺が屋敷内で姿を眩ませないように隠れる場所のない所まで案内したんだろう。
そして上からも下からも殺気を感じる。
多分この感じだと、50人はいるかな?
ん〜、俺1人に50人か。
まぁ、何とかなるだろう。
こうなったら、もう鎧も荷物も邪魔だな。
少尉から奪った装備と荷物は全部ここに置いていくか。
剣は……いらないか。
《魔装刃》で刀を強化しておけば、50人位ならなんとかもつだろう。
それにしても、この剣に力を込めるのが《魔装刃》と言って、魔力で剣を強化する技だったなんて知らなかったな。
中将が飯屋で食事の際に教えてくれたけど、かなり昔の技みたいで今ではほとんど使う人がいないらしい。
その理由は魔法剣だ。
《魔装刃》と同じ効果の魔法剣なら金貨500〜800枚で買えるらしい。
平民にはそう易々と買える物ではないが、貴族からすればそう高価でもないらしい。
大尉の《雷の剣》みたいな属性魔法剣はその10倍近くするらしいけどね。
苦労して身につける技術より金銭で買える魔法剣の方が誰でも使えるし、何より楽だ。
それで魔法剣の需要が高くなり、徐々に《魔装刃》の使い手は減少、今では使う者はほとんどいないらしい。
世の中が便利になる一方で、失われていく技術もあるって事か。
世知辛いねぇ。
おっと、感傷に浸っている場合じゃなかった。
さて、準備もできた事だし行きますか。
俺は階段を上がる。
すると、思った通り武装を整えた兵士達がズラリと並んでいた。
「抵抗は無駄だ! 大人しく投降せよ! そうすれば命だけは助けてやる!」
一番前にいた兜を脇に抱えた派手な鎧の男が降伏勧告をしてくる。
鎧姿だと階級がよくわからないけど、豪華そうな鎧を着てるし、近衛隊長かな?
それにしても「命だけは助けてやる」って、生きてるならいいと言うのか?
家畜のように扱い、誇りも尊厳も奪っておきながらそれでいいと言うなら自分がそうなればいい。
俺は怒りに身体が震えた。
兵士達はそれを見てクスクスと笑い声を上げている。
どうやら、恐怖で震えていると勘違いしているようだ。
俺はゆっくり近づいて行ったが、派手鎧の男は薄ら笑いのまま腰の剣に手もかけていない。
後ろにいる兵達もニヤニヤしているだけだ。
派手鎧の眼前まで行ったが、それでも笑った顔のままこっちを見ているだけだ。
俺は一息ついて鞘から刀を抜き放ち、一刀の元に派手鎧の首を刎ねる。
胴体から離れた首はそのまま壁際に飛んで、ドンっとぶつかった後に廊下に転がる。
胴体からは派手に血の噴水が吹き上がっていた。
周りにいた兵士達は唖然とした表情のまま固まっている。
「さぁ、尋常ではなくても勝負であります」
俺は兵士達に向かって突っ込んでいった。
いつも拝読ありがとうございます。
よろしければ評価、ブックマーク、感想、レビューの方もよろしくお願いします。




