潜入準備
ライエル男爵領領都ハルシラ。
領都とは言っても田舎に変わりはなく、石造の外壁はあるが、高さは4メートル程しかなく、古びて所々が朽ちてひび割れている。
厚さもせいぜい1メートルほどしかない。
都を守る壁にしては心許ないが、他国からの侵略の危険がない土地ならこんなもんだろう。
領都ウルグの外壁ともそれほど差はない。
「やっと見えた」
俺は正門が見える位置まで街道脇の林の中を移動し、状況を確認する。
先ずはどうやって潜入するかだな。
正門は閉じられてはいないが、かなりの数の兵が警備していた。
正面突破は無理。
かといって、いくら外壁が低くても中の様子がわからないまま飛び越えるわけにもいかない。
さて、どうするか……。
おやっ? あれは何だ?
ハルシラに向かって街道から誰かが走ってくる。
全身がフード付きマントを着ているが、足元から脛当が見えているので、兵士には違いない。
ウチの兵は侯爵軍のと帝国軍本隊が来てから出陣予定だからいるはずがない。
うーん、とりあえず捕まえてみるか。
相手が通り過ぎたところを鞘の付いた刀で後頭部を殴る!
ゴォン! 「ぷぎゃ!」
……ヤバい、なんか鈍い音と声がした。
どうせヘルメットぐらい被ってると思ってたんだが、まさかの装備なし。
鉄拵えの鞘の一撃がモロに後頭部を直撃……い、生きてるか?
あ……なんとか生きてる、良かった。
俺は気絶したやつを林の中に連れ込み、後ろ手に縛って猿轡を噛ませる。
フード付きマントの下は鎖鎧だったので、装備は全て脱がせておく。
この方が逃げられた時に斬りやすいからね。
「うううぅ……」
男が目を覚ました。
「お目覚めですか? 名もなき兵殿。お急ぎの様でしたが少々お話をしたいのです。手荒な真似はしたくありません。何卒ご理解を」
俺はそう言うと刀を男の首筋に当てる。
刃先は皮膚に少し食い込み、そこから小さな赤い滴が垂れる。
男は涙目になりながら必死に首を縦に振っている。
刀は当てたまま猿轡だけとってみるか。
「ぷはぁ! ま、待て、待ってくれ! わ、私はオーマン伯爵軍のイーサン・マルト少尉だ! 貴官が何者か知らぬが、早々に立ち去るならこの事は見逃す故……」
「マルト少尉。私の質問にお答え願いたい。返答次第では、貴方を斬らねばならなくなる。あしからず」
「ま、待つのだ! 私を殺しても何の得もないだろ? 私を殺さなければ貴官の命が救われるだけ得があるではないか! 軽率な行動はつ……」
未だに喋り続けようとするので、俺は刃先を更に押し込む。
煩くされると敵に気づかれてしまう。
「ひっ! わ、わかった。なんでも答える! 答えるから命は助けてくれ! 俺にはまだ小さな子が……」
「余計な話は結構です。貴方の任務は? ハルシラに向かっていた理由は? 余計な事を話すならもう用はないです」
命乞いをする少尉に俺は敢えて冷たく言い放つ。
甘さを見せると、時間稼ぎに喋り倒すつもりだろうからね。
「わ、私はウルグ偵察のための斥候分隊の一員だ。侯爵軍、帝国軍本隊の参陣の情報を掴んだので、分隊から離れ、報告に戻ってきたんだ! ほ、本当だ! 信じてくれ!」
別に嘘だとは思ってない。
しかし、報告ねぇ。
「いきなり貴官1人が戻っても兵士達は斥候の兵だとは信じないのでは?」
「よ、鎧自体が身分証なんだ。胸部に斥候兵用の刻印がされているので、それで身元がわかる」
「報告は誰に?」
「マックロン男爵様に報告するつもりだった……侯爵軍や本隊が動いた時は、まっ先に報告せよと命じられていたから……」
なるほどね。
それにしても自分が最初って……どうせ1番に逃げるためなんだろうな。
貴族って弱者には強いけど、強者にはとことん弱いからな。
もう少し叩いてみたら何か出るかな?
「わかりました。もう用はないです。さよなら」
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、待て! 待て待て!」
「他に役立ちそうもないので」
「あ、ある! そ、その荷物の中に指令書と分隊長印の付いた報告書が入ってるんだ! それがあれば男爵邸まで無条件で行ける!」
あっ、それは有難いな。
それなら、この鎖鎧を俺が着てこの人の代わりに中に入ればいいんだ。
「いいでしょう。マルト少尉。貴方はこのまま縛ったまま放置します。私が戻って来なければ貴方はここで生を終えることになりますが、なるべく戻れるように努力します」
そう言って俺は少尉から脱がした鎖鎧を着込んでいく。
サイズは少し小さいけど、入らない程でもない。
「待ってくれ! せ、潜入する気か? そんなの殺されるに決まっている! せめて俺を解放してからにしてくれ!」
「このままでは死ぬでしょうね。だから貴方にできるのは俺が少しでも生きて戻れるように全ての情報を話す事だけです」
結局、少尉は他に有益な情報を持っておらず、泣き言ばかり言うので猿轡を噛ませて眠り薬で眠らせておいた。
俺が戻らなくても街道沿いなら誰かが見つけてくれるだろう。
俺は少尉の装備を着て、荷物の中を確認し、少尉の私物らしき物は別の袋に入れて傍らに置いておいた。
眠っている少尉に敬礼をしたあと、俺は正門に向かって走った。
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