地獄への第三歩
やれるだけやってみるさ。
出来るなら単独の斥候任務で何か情報を得て戻りたいものだ。
それで新人の功績としては上出来だろう。
確かに危険な行為である事は間違いないが、出世のチャンスでもある。
軍人は戦いがなければ暇なものだ。
特に田舎の領地では領軍の出番なんてほとんどない。
実戦で役立つかどうかわからない訓練の繰り返しをやって、それを反復する事で時間を潰しているようなもんだ。
当然、出世の機会なんかない。
さっきの曹長が良い例だ。
あの士官学校出の准尉と比べても曹長の方が圧倒的に有能だろう。
しかし、曹長は出世の機会に恵まれず、結局は士官学校出というだけの経験のない若造に階級の差で指揮官を任せないといけない状況になっている。
昔からの言い伝えに《無能な主は部下を喰う》というものがあるが、今がまさにそれだ。
俺は無能に浪費されるのは御免だし、馬鹿のせいで命を無駄に散らすのも嫌だ。
だからこそ、少ない出世の機会だ。
必ずものにしておきたい。
馬鹿に従わなくて済むように。
「やるしかないな」
俺はそう呟いてテントを後にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
名ばかりの准尉隊長に出発の挨拶を済ませ、敵陣の進行方向を迂回するように身を潜めながらゆっくり進んでいく。
あの馬鹿息子は斥候は自軍の進軍方向を真っ直ぐに進むものと思っていたが、相手の動向さえ掴めれば別に迂回しようと関係ない。
そんな事にすら気付いてないから無能なんだ。
おまけにこのウルグ平原の北側は盆地のように少し凸凹している。
ただ、草が生い茂っているので、それほど凸凹には見えないので盆地である事はあまり知られていない。
俺はそれを利用して草の中に潜って頭が出ないように身を屈めながら進んでいる。
ある程度進んだところで曹長に貰った地図を見ると、この辺りは敵軍との遭遇の可能性が低い場所のようだ。
ここは凸凹している盆地なので足場が悪い。
誰だって足場の悪い場所で戦いたくはないだろうから敵軍も避けると予想しているみたいだ。
まぁ、俺が指揮官でも避けるだろう。
だけど、曹長は一点見逃している。
敵軍がここを盆地だと知らなかった場合はどうだろう?
ここが盆地だと知っているのはよく来る地元民だけだ。
敵軍が知らない可能性は高い。
知らない側からすれば、この場所はこちらの軍隊の側面をつける好位置と考えるのではないか?
そうすると、この辺りに敵の斥候がいる可能性は十分ある。
こういう場合は先に見つけた側が有利となるから、しばらくは動かず周囲の警戒に専念しておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四半刻程が経った頃、前方から斥候と思われる4人編成の分隊が進んでくるのを確認した。
分隊を派遣している事から考えるに、こっちの指揮官より相手の指揮官の方が優秀なようだ。
となると、ここで戦力を少しでも削いでおかないと今の戦力が拮抗したままなら負ける可能性が高いな。
よし、この分隊を奇襲をかけて潰しておこう。
隊長も敵遭遇時は戦闘していいと言ってたしな。
とは言っても、遭遇したら戦っていいなんて指示を出すのは本来ならあり得ない。
斥候が下手に戦闘行為を行なうと本隊の準備が整わないまま戦端が開いたり、斥候が倒されて逆に敵軍の奇襲を許す可能性があるからだ。
そうなると一気に不利な状況になるので、斥候は極力戦闘を避けて情報を持ち帰る事が最優先となる。
それを理解せずに許可するんだから困ったもんだ。
まぁ、俺からすれば有難いけどね。
これで分隊撃破の功績が残せる。
敵の斥候は地形の調査で周囲の警戒が疎かだから、このまま背後に回って奇襲をかけるとしよう。
…………よし。
何とか気づかれずに背後に回り込めた。
相手の装備は皮鎧に小剣が3人で、1人は弓と矢筒を背負っている。
もう1人は杖を持っているから魔法兵のようだ。
鏑矢を射られると困るが、魔法兵も厄介だな。
俺と違って斥候を任される位だから、それなりに熟練の兵だろうし、出来れば一気に倒したい。
……先ずは一番後方にいる装備の薄い魔法兵を斬ってから弓持ちを斬ろう。
荷物を置いて、刀を抜く。
後方の兵の動きに合わせて近づいて……グサッ!
「ぐがっ、がっか……」
背後から心臓を一突きにする。
魔法兵は回復魔法を操る可能性もあるので刺した刀を抉り、確実に絶命させておく。
刀には肉が捻れて絡まり、ミチミチと異音が鳴る。
「て、てき、てきしゅ……」
他の3人が混乱している間に魔法兵の身体から刀を抜いて、弓持ちの背を横薙ぎに一閃する。
弓の弦を断とうと思ったんだけど、勢いがつき過ぎたのか弦と一緒に首まで飛ばしてしまった。
慌てて首の無くなった弓持ちの身体を蹴り倒す。
危ない、危ない。
血の噴水が上がったら敵の本陣に気づかれるかもしれないからな。
「き、貴様っ! 何者だっ!」
小剣を構える兵の言葉を無視して未だに震えているもう1人を斬り伏せる。
何者って聞かれても敵以外いないと思うけどな。
「き、き、貴様っ! 俺をライエル男爵領領軍のホウキン軍曹と知っての狼藉かっ!」
「斥候が名乗りをあげたら駄目だろ? アホウキン軍曹殿」
「ア、アホウキンではないっ! ホウキンだっ!」
「それは失礼しました。軍曹殿!」
俺は尚も舌戦を繰り広げようとする軍曹殿に斬りかかる。
さすがに軍曹というだけあって剣筋は悪くないが、足場が悪いせいか動きがぎこちない。
体勢を崩した一瞬の隙に小剣を弾き飛ばし、眼前に刀を突きつける。
軍曹は観念したのか、両膝をついて両手を頭の後ろに回して降伏の意を表した。
俺の初めての戦闘という名の殺し合いは僅か3分で終わった。
拝読ありがとうございます。