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お酒は趣味

小説内の貨幣価値


銅貨1枚  百円

銀貨1枚  千円

金貨1枚  一万円

大金貨1枚 十万円

白金貨1枚 百万円

 作戦室はシンと静まりかえり、誰かが声を発するのを今か今かと待ちわびていた。

 ……前にも言ったな、この台詞。

 しかし、あの時は男爵様が問い詰める側で、中将が言葉に詰まっていたけど、今回は立場が逆転している。


「さて、ダウスター卿。此度の件について色々聞かせていただきたいな」


「むむむ……な、何のことか私には……」


「事ここに至って、そのような事を言われるとは。勇猛果敢なダウスター卿とも思えぬ。潔く話された方が良いのではないかな? 相談に乗らぬ事もないぞ?」


 完全に押されてるな、男爵様は。

 中将はテーブルの上に酒瓶を置いて、時折指で撫でながら男爵様の方を見ている。

 ちょっと色っぽい……いや、かなり色っぽい!

 でも、なんであの酒瓶がここにあるんだろ?

 酒瓶はダウスター領だけで流通している林檎のブランデーだ。

 よくわからないが、それが問題になってるらしい。

 しばらく黙っていた男爵様だったが、観念したかのように口を開いた。


「……わかった。しかし、これだけは言っておくぞ。この林檎のブランデーは私利私欲のために流通を制限していた訳ではない」


「卿はそのような事をする男ではない。だからこそ、理由を聞きたいのだ」


 男爵様は一息ついた後にゆっくり話し始めた。


「その林檎のブランデーは確かにダウスター領内で酒造されたものだ。だが、生産量が安定していないのだ。それ故に纏まった数の確保もできない。それに自領で作った酒を自領の者が飲めないのも不憫(ふびん)ではないか。だから、領内に流通を絞り、余剰分だけを私が生産地を隠して、帝都に持ち込んでいるのだ」


「生産地が明らかになれば貴族や商人達がこぞってこの地に押しかける。そして、権力や財力を背景に領民達の分まで搾取しかねないから隠していた……なるほど、筋は通っているな」


「そうだ! 別に(やま)しい事など何もない! 私は領民の……」


「では、屋敷の裏にあったこの酒の空瓶の山は何だ?」


 中将の言葉に固まった男爵様は、まるで石の彫刻のようだ。


「あ、あれは……」


「卿は確かに名君だが、酒には目がないと聞く。それに交渉を優位に運ぶために、この酒を使っていたのではないか? ん? どうなんだ?」


 中将の追求に男爵様はゆっくり両手を上げた。


「…………はぁ、お手上げだ。その通り、この酒を帝都から来た友人に飲ませたら、気に入ってな。ダウスター領への物資補給と交換で1本やったのだ。それが帝都で出所不明ながら有名になって《林檎の妖精(アップルフィー)》などと名前までついてしまったのだ」


「それを逆手にとって、難航しそうな交渉では交渉材料にしていたわけか。道理でダウスター領は穏やかなわけだ。他領では徴兵やら増税やらで大変だというのに」


「帝都には月に3本しか出していないせいか、値段が高騰しているからな。希少価値もあって交渉材料としては十分だ。ところで、今はどのくらいの値段なのだ?」


「普通の店にはない。帝都でも最高級ホテルでしか出していない物だ。今は大金貨1枚。それも一杯でな」


 一杯で大金貨1枚!

 って事は……あれはだいたい5杯分の瓶だから……。

 一本で大金貨5枚!

 今回の俺の報奨金と変わらないじゃないか!

 帝都って物価が高いとは聞いていたけど、本当に高いなぁ。


「しかし、領地をあげて生産し、ダウスター領の特産品にでもすればいいのではないか?」


「それが出来ないのだ。実はその酒は個人が趣味で作っている物で製法もその人物しか知らない。それに造るのに時間もかかるそうだ」


「っ! この酒が個人の趣味だとっ! そんな馬鹿な……」


「事実だ。だからこそ、内密なのだ。個人が貴族や大商人に対抗できはわけがない。当人を守るには内密にするしかないのだ」


「むぅ……やむを得ないか。仕方ない、この酒をじっくり飲ませてもらうだけで良しとしよう。卿も安心しろ。この件は内密にする。する代わりに卿の分から私に月一本融通してくれ」


「はっきり言いよって……だが、その方が信用もできるというもの。タダ程怖いものはないからな」


「そういう事だ」


 2人揃って悪い顔してるなぁ。

 俺はこの場にいていいんだろうか。


「シュナイデン軍曹も内密にな。うっかり漏らすなよ」


「はっ! 小官も命は惜しいので」


 俺の言葉に男爵様と中将が目を丸くする。

 なんかおかしな事を言ったかな?


「……シュナイデン軍曹。貴官は休日は何をして過ごしているのだ?」


「特にこれといって決まってませんが?」


「では、質問を変えよう。この酒は貴官が造ったのか?」


 あらら、さっきのでバレちゃったみたいだな。

 まぁ、中将ならいいか。

 別に隠しているわけじゃないし。


「はっ! 小官が造っております。酒造は小官の趣味でして」


「そうか。卿よ、これも内密だな?」


「はぁ……まぁ、そうだな。仕方ない。月に2本回してやる」


 大きくため息をついた男爵様が中将に提案している。

 でも、男爵様のところには月に10本卸してるんだけど、これは黙っといた方がいいよね?


「良い交渉であった。今後ともよろしく頼む」


「あぁ。これでジェニングス辺境伯家とも繋がりができたと考えれば、此方としても有難いからな」


「ふふふっ。取引成立だな。では、酒場にあった秘蔵の一本である林檎のブランデー(こいつ)でグラスを交わすとしよう。あの2人も呼んでやるか。今回の功労者なのに、口にした事もないだろうからな」


 中将が笑顔で呟いた。

 これは異な事を仰る。


「あの、大尉と少尉は昨日、酒場で飲んでおりましたが……」


「…………なに? これは酒場の秘蔵で1本しかなかったのではないのか?」


 中将の笑顔が凍りついていた。


「酒場には5本ありまして……4本は大尉と少尉が……」


 見る見るうちに中将の顔が紅潮し、笑顔が般若の顔へと変わる。


「あの2人を呼べぇぇええええええええ!」


 中将の大声で呼ばれた2人は、夜までコンコンと説教されていた。

 連れて行かれる時の2人の恨めしそうな眼を俺は忘れる事が出来なかった……。


いつも拝読ありがとうございます。

評価、ブックマークしてくださった方々、今後ともよろしくお願いします。

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