勘違いからの理不尽
「……のどかな所だな」
「そうだねぇ。たまにはこういう所もいいね……たまには」
大尉と少尉に街を案内していると、そんな声が聞こえてきた。
薄衣に包んだ言葉だが、言いたいのは「何もない」だろう。
実際、ダウスター領には名産となる物もなく、観光名所もない。
でも、他の街に行った事がない俺には他の街には何があるのかわからない。
商店もあるし、飯屋も酒場もあって武器屋、防具屋、道具屋もある。
帝都とは何が違うんだろう?
「帝都には他に何があるんですか?」
「何があるかと聞かれても困るな。大抵のものはあると思うが」
「そうだねぇ。帝都には色んな物資が届くから、帝国以外にも王国や共和国の物まであるよぉ」
よくわからない。
大抵とか色んな物とか言われても、それが何なのかが俺には理解できない。
それに王国の物や共和国の物が帝国の物とどう違うというのだろうか。
首を傾げる俺を見て察したのか、大尉が少し考えてから口を開く。
「例えば道だ。ここは土を平しているだけだが、帝都では石畳で舗装されている。建物もここは平家が多いが、基本的に二階建てだ」
「お店の商品も種類が豊富で手頃な物から高級品まで色々だよぉ。武器や防具、魔道具も質の良いのが揃ってるからねぇ。他国の特産品なんかもかなりの種類があるよぉ。悪い点を言えば、物価が高いところかなぁ」
物価が高いのは嫌だなぁ。
どれくらいするんだろう? 3割増とか?
「そうだな。さっきの食事、あれを帝都で食べたら値段は3倍はするだろう」
「さ、3倍っ! ……で、ありますか?」
「それぐらい普通だよぉ。だから軍からの支給品とかで生活してる軍人も多いんだぁ」
3倍って……一食が三食分の値段って事だろ?
無理無理、どう考えたって生活できないな。
「小官は帝都では暮らせそうもありませんね」
「ま、まぁ、待て。な、なら……私と一緒に生活すればいいんじゃないか? その……2人分の給金なら生活はそう難しくは……」
「はぁい、そこまでぇ! 何でぇ、そうやってすぐに抜け駆けするかなぁ? 対等に張り合う自信ないのかなぁ? それにぃ、一緒に生活するなら私の方がいいと思うけどねぇ?」
「……リンテール少尉。貴官は口が過ぎるようだ。大尉としては撤回を望むが?」
「大尉としてはなんて職権濫用は軍規違反ですよぉ、大尉殿ぉ?」
向き合って睨み合う2人。
あのぉ、街中でそんな急に殺気を出されましても……
何でいつも急に仲が悪くなるんだ?
「軍曹じゃないか? どうした? もう用事は済んだのか?」
どうしようかと困っていると、後ろから声をかけられた。
振り返るとロースター軍曹が立っていた。
「軍曹! 何処かに出かけていたのですか?」
「あぁ、資材搬入の確認でな。それより、中将閣下と会っていたのではなかったのか?」
「それは済んだのですが……」
「そうか、それは何よりだ。そうそう、軍曹。さっき酒場のニーナに会ったんだが、お前に会いたがっていたぞ。今夜にでも『付き合ってください』との事だ。どうだ? 一緒に行くか?」
「ニーナ? あぁ、店主の娘さんですか? そういえば最近顔を出しておりませんでしたね。喜んで、お付き合いさせていただき……」
「「ちょっと待て!」」
後ろから急に大声が響く。
見れば大尉と少尉が2人揃って俺に詰め寄っていた。
「シュナイデン軍曹! ニーナとは誰だっ? 貴官とはどういう関係だっ! 付き合うとはどういう事だっ!」
「私にも紹介してくれると嬉しいなぁ? 会う場所は練兵場の裏がいいかなぁ? それとも墓場ぁ?」
何で今度は殺気がこっちに向いているのですか!
俺にはもう理解できない!
「二、ニーナは酒場の店主の娘さんでして……以前、付き合った時に気に入られました」
「つ、付き合った……いいだろう。私もどんな女か興味が湧いた……剣の錆に……失礼、同行させてもらおう」
「別にぃ、私は気にしないけどぉ。私も一緒に行くねぇ。あっ、一応、水系の魔法兵を近くに呼んどいてねぇ。火事になったら大変だからぁ」
乱心であります!
お2人は一体、何をする気ですかっ!
とにかくこのどす黒い雰囲気をなんとかせねば……
「大尉殿、少尉殿。ニーナはまだ5つの幼子です。そのような気では泣いてしまいますよ」
階級章を見たロースター軍曹が2人に落ち着いた口調で説明した。
「い、5つ? じ、じゃあ、付き合ったというのは?」
「この間、軍曹が留守の守りをしていたんです。その時に遊びに付き合っていたという事です」
「ま、紛らわしい……もぉ! シュナイデン軍曹! 言葉が足りな過ぎぃ! もう少しで恥をかくとこだったじゃないのぉ!」
「し、小官のせいでありますか?」
「そうよぉ! 罰として奢りでその店に行くわよぉ!」
「それはいいアイデアだ。軍曹、世話になるぞ」
「そ、それは……了解であります……」
大尉と少尉は揃って俺をひと睨みした後、酒場に向かって先を歩いていった。
項垂れた俺の肩にロースター軍曹がポンッと軽く手を置く。
軍曹は優し……
「すまんな。馳走になる」
と言って、2人の後を追っていった。
……理不尽であります。
いつも拝読ありがとうございます。




