要注意人物
前回告知していた通り、小説タイトルを変更しました。
これまでと変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願いします。
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ありがとうございます。
飯屋には店主の洗い物の音だけが響いていた。
誰一人、口を開かない状況に冷汗しか出てこない。
やっぱり手を抜き過ぎだって怒ってるのかな?
「に、二か三……だと? あの威力でか?」
中将の沈黙を破る第一声はか弱く、静まり返った空間だからこそ聞こえる程度の声だった。
「は、はぁ。その……別に手を抜いたわけではなくて」
「……もしだ。もし、貴官が全力であったなら、大尉はあの場でどうなっていた?」
「全力でありますか? ん〜、おそらく大尉は暴風によって巻き上がった石や砂で身体はズタズタに切り刻まれ、螺旋の渦によって身体は捻じ切られ、空の彼方に舞い上がり、その後に原型を留めずにいずこかに落下していたでありましょう。練兵場は半壊し、奥の宿舎も無事ではなかったと思われます」
「なっ……」
大尉は気丈な顔をしているが、自身の身体を抱きしめるように腕を抱き、少し震えている。
「では……少尉の場合は?」
「え〜、魔法で威力が少し削がれたとしても、上下に真っ二つ。更に余波によって身体の至るところが千切れたような状態になっていると思われます。あっ! この場合は練兵場の全壊だけで宿舎は無事と推測できます! 《雲切》は直線的な技でありますから」
「……真っ二つぅ……千切れるぅ……」
少尉は頭上にドヨーンという字が見えるかのように、前のめりに俯いている。
「……どうやら、貴官に命を救われたようだ。それが真実ならあの場にいた私も大佐も無事ではなかったろうからな」
「し、しかし、閣下! これが真実という証拠はありません! この者の誇張かもしれませんよ!」
大佐が急に顔を真っ赤にして俺に疑惑の目を向ける。
この人が怒るタイミングが相変わらずよくわからない。
「では、大佐が試しに全力とやらを受けてみるか?」
「えっ! あっ、いやぁ、その……ご、御命令とあらば……」
突然の中将の申し出に大佐は狼狽しているが、それでも命令に従おうとする姿勢は好感がもてるなぁ。
「ふっ、許せ。冗談だ。しかし、確かに何か証拠となるものが欲しいのも事実だな」
中将はそう言うが、この場で全力を出すわけにもいかないし……あっ! あの話は証拠にならないかな?
「あのぉ、中将閣下」
「なんだ?」
「この場にいる誰もが怒らないと約束していただけるなら、一つお話が……」
「ほぅ、いいだろう。誇張であったという以外であれば誰も怒らせない事をこの私が約束しよう」
以外って……まぁ、誇張じゃないからいいんだけど。
「じ、実は少し前に湖を吹き飛ばしてしまいまして、それは証拠にはなりませんか?」
「み、湖を吹き飛ばした? それが貴官の仕業と言うなら証拠にはなるが……」
「ちょっと待てっ! 軍曹! まさか、それは3年前のアレの事かっ!」
中将に変わって男爵様が机を叩いて立ち上がる。
やっぱり、覚えてたか。
「……はい……小官であります」
「お前かっ! 道理でおかしいと思ったのだっ! だが……確かに納得は出来る。部下達からも3年前のアレに似ていたと報告があったからな」
「待て、ダウスター卿。アレとは何だ?」
「今から3年前まではウルグ平野の西方に、山一つは入るほどの広大な湖があったのです。周りの山々や草原と相まってとても美しい場所の一つでした」
「それで?」
「ところが、ある日。湖の真ん中から巨大な竜巻が巻き起こり、湖を中心に周囲の山々や草原を飲み込んでいったのです! 幸いにして人は近くにいませんでしたが、街からも見えるほどの巨大な竜巻は湖の水を巻き上げ、湖の生物が水と共に街に降り注いだのです! 領民達は『天の怒りだ』『不幸の前触れだ』と騒ぎ、一時領内は騒然となったのです。後で調査隊を派遣したところ、湖のあった場所には一滴の水もなく、ただの凹地と化し、近くの山は半分が崩れ、草原は草木の生えない荒野となっていたと……その原因が!」
うわぁ、めっちゃ怒ってる。
すんごい睨まれてるよ。
でも、別に自然破壊をしようと思ったわけじゃない。
「ち、ちょっと、魚を取ろうと……広い湖だから全力でもいいかと思いまして……申し訳ありません……」
「さ、災難であったな、ダウスター卿。しかし、ここは私の顔を立てて、シュナイデン軍曹を罰するのはやめてもらおう」
興奮冷めやらぬといった表情の男爵様だったが、やがて大きく息を吐くと椅子に座った。
「……もう3年も前の話です。今更、過去の事で有能な人材を失うのは愚行でしかありません。しかし! これだけは言っておきます! 領内でシュナイデン軍曹の全力を試すのはやめていただきます! これ以上、領内の景観が崩れるのは御免ですからな!」
「そ、そうだな。流石にそれは卿に悪いからやめておくとしよう。シュナイデン軍曹にも中将として命令しておく。安易に全力を出すことを禁ずる。そうだ、ちょうどいい。ヴォルガング大尉とリンテール少尉は貴官の監視役としてダウスター領に出向させるとしよう。それなら軍令部にも説明もしやすいしな」
「そういう事ならば、ダウスター領としても問題はありません。軍曹が要注意人物である以上、監視していただけるのであれば、当方としても助かりますからな。軍令部には私からも連絡しておきましょう」
これにより、正式にヴォルガング大尉とリンテール少尉のダウスター領軍への出向が決まった。
それにしても要注意人物って……。
まぁ、湖の件がチャラになっただけ良しとしよう。
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