愉悦と本気
今更ですが、作品名が変更になる予定です。
名前が変わってもよろしくお願いします。
リクト・シュナイデン。
家名があるというのは、存外に心地よいものだな。
思わず顔が綻びそうだ。
それにしても《六剣士》の名を貰ってしまい、本当にいいんだろうか?
いや、中将が大丈夫と言ってくれたのだから大丈夫だろうけど……シュナイデン……いい響きだなぁ。
「……デン軍曹、シュナイデン軍曹!」
「……あっ! 失礼しました!」
呼ばれていたのに気づかなかった。
どうやら思いの外、悦に浸っていたようだ。
「慣れない内は仕方ないとはいえ、早く順応しておけ。特に貴官の家名は貴族には目につこう。面白半分に声をかけられるやも知れん。気を抜かぬ事だ」
中将の忠告は至極真っ当なものだ。
他の貴族に名を呼ばれて、さっきみたいに返事をしなければ不敬罪にされる可能性もある。
貴族は平民の都合など関係なく、自身の体裁ばかり気にする者もいる。
世襲制の貴族には時々そういった考えから抜け出せない狭量な者がおり、平民を平気で虐げる者までいる。
俺も実際に目にした事があるが、正直腹わたが煮え繰り返る思いだった。
道を遮ったとか言葉遣いが悪かった、顔が醜かった……果ては、なんとなく気に入らなかったなんて理由で罰を与える輩までいる。
平民に抗う術はない。
されるがままだ。
平民が対抗するには軍に入り、出世するしかない。
将校ともなれば貴族とはいえ簡単には罰する事はできなくなり、せいぜい文句を言うくらいだろう。
帝都で暮らすならば、その辺りまで出世していないと嫌な思いをするだろうなぁ。
まぁ、この田舎にいる間は今のままで十分だけど。
「それよりシュナイデン軍曹。先の戦いの事で聞きたいことがある」
「何でありますか?」
「貴官の剣の腕は見事としか言いようがない。まさか、ヴォルガング大尉やリンテール少尉を倒すとは思いもよらなかった。どこでその剣を学んだのだ?」
興味津々といった感じで少し身を乗り出して聞いてくる中将。
大尉や少尉、男爵様も同様のようだ。
「小官の父より教わりました。幼少の頃から畑仕事の合間に稽古をつけてもらっておりまして」
俺の返答に少し意外そうな顔をする中将。
「父親にだと? その父親は息災か? どういった剣術か気になるのだが」
「申し訳ありません。多分、知らないと思います。以前に小官も尋ねたのですが、父も祖父から教わったものをそのまま伝えてるだけで、詳しいことは何も知らないと申しておりました」
「隠匿しているのではないか?」
「はぁ、隠匿する意味があるとは小官には思えません。山の獣相手に役立つと申していた位ですし」
「そうか……」
また何事かを考えているようで、中将は押し黙った。
「待て、軍曹。疑うわけではないが、先程の戦いで技名を言っていなかったか? それも伝わったものなのか?」
「大尉殿。あれは注意喚起であります。山の獣相手に使うときに、黙ったまま技を使うと周りにいる父や兄が巻き込まれるのであります。それで『今からこの技を使う』という注意をして避けてもらうのでありますよ」
実際、注意せずに暴剣・狂飆を使った時は兄が巻き込まれて、後で凄く怒られた思い出がある。
あれはヤバかったなぁ。
「確かにあの威力だ。周りにいるだけでも危険だろうからな。私も吹っ飛ばされたからよくわかる」
「私なんか斬られたんだからぁ! もし、傷物になってたら責任とってもらってるところだよぉ!」
大尉と少尉から嫌味を言われてるようだ。
といっても、ニヤニヤしてるし冗談半分なんだろうけど。
「それは失礼しました。もし、本気であればどうなっていたか小官にもわかりません。この首だけで済みそうにありませんから、大変なことをするところでした」
「別に首じゃなくていいんだけどねぇ。他にも責任のとりようはあるでしょぉ?」
悪戯っぽく笑いながら少尉が言う。
顔は幼いのに身体は豊満、それでこの表情か。
なるほど、帝都でモテるわけだ。
「……待て」
少尉とは対照的に低いトーンで大尉が口を開いた。
いつもより口調が重い気がする。
「貴官は今、『本気であれば』と言ったな?」
「はい。確かに申しました」
大尉が顔に汗をかきながら緊張した面持ちでいる。
よく見れば、中将や男爵様、さっきまで笑顔だった少尉までが同じように緊張しているように感じる。
急にどうしたんだろう?
「軍曹。私が代表して尋ねる。嘘偽りなく答えよ」
「はっ!」
最初から嘘をつくつもりなんかないけどね。
「大尉と少尉に使った技……確か《狂飆》と《雲切》と言ったか? あれは本気ではなかったのか?」
ありゃ? 手を抜いたと思われてるのかな?
それはマズい、下手に不興を買って折角の家名が没収されるなんて事になったら目も当てられない。
かといって嘘をつくのも嫌だし……ここは正直に言おう。
結局、それが一番いいのだ。
「勝負自体は本気でありましたが、技の威力という事でしたら確かに本気ではありませんでした」
「理由は?」
「無闇に使えば被害が広がるだけでありますから」
戦争であったとしても美女を斬殺したいとは思わない。
男女差別と言われようと、俺はそういう生き方をしようと思っている。
「ならば、全力を十として先ほどのはどれくらいだ?」
「そうでありますなぁ……」
俺以外の全員が固唾を飲んでこっちを見ている。
言いづらいなぁ。
「……ニか三と言ったところであります」
俺の言葉に全員が口を開けたまま固まった。
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