家名決定
空気がピンと張り詰め、一瞬にして飯屋は重苦しい雰囲気に包まれた。
そして、その雰囲気に合った声で皆が話し始める。
「おい……さっき嫁をとらないって言わなかったか? それが何だ? 今の『家名をください』ってのは?」
「これは駄目ねぇ。リクト軍曹、ちょっとお話があるんだけどぉ……いいかなぁああ?」
「ま、まぁ待て。貴官ら2人の気持ちはわからないでもないが、これは仕方ないのではないか? ふっ、しかし、困ったな。これは一筋縄ではいかない願いだぞ? リクト軍曹。くふふふっ」
「い、いけません! 中将閣下! 辺境伯家の令嬢で自身も歴とした女男爵家の当主であり、帝国軍中将でもあるシャーロット・フォン・ジェニングス様ともあろう御方が、どこの馬の骨とも知れぬ男になんぞ、私は反対です!」
「むぅ……大尉と少尉の両子爵家なら何とかなるかと思ったが、さすがにジェニングス辺境伯家となると……軍曹、これは些か難物だぞ?」
ヴォルガング大尉、リンテール少尉、ジェニングス中将、アンダーソン大佐、ダウスター男爵様。
すいません。
俺にわかるように話してください。
全く理解できていません。
何でこんな事になるんですか?
俺はただ家名が欲しいと言っただけなのに。
「軍曹! 貴官も貴官だ! 恐れ多くも女男爵家に籍をおきたいなど! 貴族をなんと心得るかっ! 恥を知れっ!」
大佐が顔を真っ赤にして怒っている。
そんなに怒られる事だったのか?
でも、大尉と少尉も怒ってるし、やっぱり駄目なんだろうか?
仕方ない、諦めるか。
「駄目でありますか? なら、やっぱり自分で考えるであります。男爵様、もう少しお待ちいただけますか?」
俺の言葉に男爵様は少し考えて、ハッとしたかと思えば、急に大笑いし始めた。
「わっはっはっはっ! そうか! そういう事か! 中将、どうやら我々は勘違いしていたようですぞ!」
「わ、わかっている! 少々、早合点してしまっただけだ! ゴホンッ! 『家名をくれ』とは私に貴官の『家名を考えて欲しい』と言う事か?」
顔を赤らめたままの中将がワザとらしい咳払いの後に俺の方を見ずに問いかけた。
もしかして、何か勘違いされていたのか?
「はい。自分で考えたのでありますが、なかなか思いつかず、中将ならお詳しいかと愚考した次第です」
「はぁ……なるほどな。よかろう、良い家名をくれてやる。それぐらいは問題ないだろ? 大佐」
「えっ! あっ、はぁ、まぁ、家名の選考ぐらいであれば支障はないかと……ふぅ」
大佐はさっきまでの赤い顔とは一転して、安堵の表情を浮かべている。
「そこの2人も良いな? 言っておくが、ヴォルガングやリンテールの名は使えぬからな」
「うっ! も、もちろんです。いくら何でもそこまでは……」
「そ、そうですよぉ。それは無理……ですよねぇ?」
その名前は現存する子爵家の家名だから使えない筈だ。
なんで、わざわざ聞く必要があるんだろう。
どうもこの方々との会話には疑問ばかり覚える。
「貴官の家名となるとやはり勇ましい名が良いな。特に貴官の場合は一代限りとは限らんから、恥ずかしくない名をやらねばならん。確かに難題だな」
中将は独り言を発しながら、深く考え込んでいる。
適当に言うかと思ったら意外と生真面目な人だったんだな。
「……確か、貴官の武器は片刃だったな?」
「ええ。家にあった物ですので、よくは知りませんが」
「良い家名があるぞ。《シュナイデン》というのはどうだ?」
「閣下っ! そ、その家名はっ!」
中将の提案に大佐がまた慌てている。
この人はいつもこれだな。
それにしても聞いた事がある名前なんだが……思い出せない。
なんか子どもの頃に聞いたような……。
「問題なかろう? 名士が家名に使えぬのは貴族名だからな。この名は貴族の名ではない」
「し、しかし! 帝国建国期の《六剣士》の名を与えるなど……正直、この者にとっても茨の道になりかねませんよ」
「構わぬ。他の五人の名は既に貴族名にあるが、シュナイデンの名は未だに使われておらぬ。故に此奴が名乗ろうと何の問題もない」
「名乗る者がいなくて当然です。最も多く敵を屠ったシュナイデンは六剣士の中でも異質な存在と伝わっております。六剣士の内、五人は帝国建国後は要職に就き、帝国の発展に尽くしたと言われていますが、シュナイデンだけは何処かに消え、行方不明になったと。ただ人を殺したかっただけの凶人だったのではないかと言う者までおります。水を差すようで申し訳ありませんが、あまりよくは思われないかと……」
思い出した! 闇の剣士シュナイデン!
《六剣士物語》の中に出てくる無双の剣士だ。
子どもの頃に本で読んだんだよなぁ。
懐かしい。
「言いたい奴には言わせておけ。私には最も此奴に似合う……いや、相応しい名だと感じるのだ。軍曹、貴官の最後の願いを叶えよう。貴官は今日より『リクト・シュナイデン』だ。その名に恥じぬ帝国軍人であれ!」
「はっ! 有り難く頂戴いたします!」
この時より、俺はリクト・シュナイデンとなった。
拝読ありがとうございます。




