地獄への第二歩
軍では上官の命令は絶対だ。
行けと言われれば何処へでも行くしかない。
しかし、さすがに斥候任務とは思わなかった。
斥候は本隊が進軍する前に進行し、前方の状況を偵察しながら敵軍の動向を警戒する任務だ。
少人数での任務なのは間違いないが、新人1人にやらせる任務ではない。
この貴族の准尉殿は士官学校で何を習ってきたんだ?
「貴様1人に斥候は難しいのは重々承知している。しかし、有能な者を斥候に出せば本隊の戦力が低下してしまう。かといって斥候を出さぬわけにはいかないのだ。貴様には難しかろうが、理解せよ」
あぁ、なるほど。
この人は斥候の重要性がわかってないんだ。
ただ学校で斥候を出すべきだと習った、だからとりあえず誰か出せばいいと思って俺を指名したわけだ。
これはまずいなぁ。
完全に素人采配だよ。
でも俺も家にあった本を読んだだけだからなぁ。
それに今の精一杯背伸びしてる准尉殿を説得出来るとも思えないし……。
どうしよう、無駄に死ぬのは嫌なんだけど。
「お待ちください。じゅ……隊長殿」
「何だ? 曹長。意見があるのか?」
貴族の准尉殿の後ろからやって来たのは平民上がりの曹長だった。
さっきまでの会話を聞いてたんだろう。
その証拠に准尉と言いかけて隊長に訂正している。
准尉殿が帰ってくるまでは他に尉官がいなかったため、代行で彼が領軍を統率しており、大きな問題が起こった事はなかった。
噂では優秀で温和な方と聞いているが。
「彼を斥候につけるのは危険です。斥候は熟練の者でも難しい任務です。新人の二等兵に務まるとは思えません。ここは私の分隊で行うべきかと」
おおおっ! さすが曹長!
よくわかっておられる。
でも、准尉殿の表情を見る限りでは駄目だろうな。
「貴官の言うこともわかる。しかし、分隊ともなれば8名前後であろう? 我が領軍の貴重な人材をそんなに割くわけにはいかない」
「はっ! おっしゃる通りでありますが、更に人数を半数にし、4名であれば大きな影響はないかと、少なくとも前方を監視する者と伝令に走る者が必要であり、単独での任務では不可能かと」
「むぅ。いや、この者が前方を確認後にすぐ戻ってくればよいのだ。単独でも可能だ」
「お言葉ですが、戻って来ている間に敵に動きがあれば意味がありません。伝令に走った後に変化かあれば再度伝令を出すこともできます。更に単独では時間がかかり過ぎます。敵に発見される危険も高まり……」
「構わない! そもそも斥候は戦力に入れてはならないのだ。だから熟練の者を複数出せば戦力低下は免れない。こいつの単独での任務に変更はない!」
「しかし! 隊長殿……」
准尉殿は曹長の正論を持論で封じ込め、後は聞く耳を持たない姿勢だ。
曹長はさっきからチラチラこっちを見ているし、どうやら庇ってくれようとしているみたいだ。
まぁ、死ねと言ってるようなもんだからな。
それにしてもこの准尉はダメな奴だ。
准尉の資格はない、ただの貴族の馬鹿息子で十分だ。
こんな馬鹿息子のせいで死ぬなんてごめんだね。
かといって逃げるわけにもいかない。
敵前逃亡は死刑だからな。
だとすると俺のやるべき事は一つしかない。
そのために、ここは敢えて馬鹿息子の言うことを聞いてやろう。
「隊長殿! 重要な任務を与えてくださり、光栄であります。謹んで任務にあたらせていただきます!」
「うむ! それでこそ我が領軍の兵士だ。貴様のことは生涯忘れない! 安心して任務がつくがいい!」
俺の名前なんて知らないだろ。
やれやれ、本当の馬鹿息子だな。
「はっ! では、準備をした後にすぐ出立致しますので! 失礼します!」
俺は敬礼をしてその場を後にし、自分のテントに戻る。
準備といっても自分の荷物を点検するだけなんだけどね。
さて、点検したらさっさと出ないと間に合わなくなるな。
「リクト二等兵はいるか?」
テントの外から声をかけられた。
声からして曹長のようだ。
「はっ! ここにおります」
俺はテントから出て曹長に敬礼する。
曹長は悲しい顔をしながら敬礼を返してくれた。
「すまない。俺がもう少し早く進言していればよかった。まさか、斥候の任務をあのように考えておられるとは……本当にすまない」
申し訳なさそうな顔で曹長は軽く頭を下げた。
評判通りの優秀で優しい人のようだ。
「曹長……自分は任務を果たすだけです! ですが、お気遣い感謝致します!」
俺が明るく言うと、曹長はそれには応えず、地図を俺に渡して去っていった。
地図を広げるとそこにはこちらの進軍ルートと敵の予想進軍ルートが書かれており、その横に一箇所だけ丸が書かれていた。
どうやらこの場で待機していれば敵にも味方にも見つからずに済むということらしい。
曹長、ありがとうございます。
俺、やれるだけやってみます!
拝読ありがとうございます。