卑怯者
口端から薄く血を流したサヴィンはタウゼンを睨みつける。
そして、自らが傷つけられても動こうとしない衛兵達に対しても同様の目を向けた。
「お前達には失望した。共和国の兵士ともあろう者が悪の専制国家に膝を折るなど、あってはならない事ではないのか! 命懸けで戦おうという気概はないのか!」
サヴィンは衛兵達に語気鋭く迫ったが、衛兵達は何の反応も示さなかった。
「我々は罪なき民衆を守るためにここにいるのだ。守るべき者がお前達にもいるはずだ。このベェルト要塞を抜ければ帝国軍は大挙して共和国を蹂躙し、悪逆の限りを尽くすのだぞ! それでもいいのか!」
「やれやれ、随分と酷く罵ってくれるな、サヴィン。貴様の言う共和制とやらはそんなに崇高なものなのか?」
身勝手な発言を続けるサヴィンにタウゼンは毅然とした態度で反論した。
「当たり前だ! 民衆による民衆のための政治。それを体現しているのがルークリア共和国だ! 民衆に選ばれた代議士は民衆の代表であり、国家を守る義務があるのだ!」
「民衆のための政治と言うなら守るべきは国家ではなく民衆ではないのか? 何故、国家が優先される?」
「国家なくして民衆は生きられないからだ! この戦乱の世にあって、民衆だけで生きていけるものか!」
「民衆が生きていくのに必要なのが国家であるなら、それが共和制でも専制でも構わないのではないかな?」
「ふざけるな! 軍事独裁国家など民衆を犠牲にしていないと成り立ちはしない! 帝国の民衆が圧政に苦しめられて……」
「お前はさっき後ろの衛兵達を犠牲にしようとしていたのではないか?」
サヴィンは発しかけた言葉を途中で止めて、固まった。
そう、さっきの衛兵長の話が真実であれば、サヴィンは保身のために衛兵隊を犠牲にしようとした。
だからこそ彼は今縛られて転がされているわけだ。
「い、言ったはずだ! 私は民衆の代表として国を守るために崇高な……」
「お前は単なる秘書で、民衆の代表ではない。そして、自らの保身のためだけに他者の犠牲を厭わない事に、衛兵達こそが失望したのだ! 他人に命懸けの戦いを強要するなら、先ずは自分自身が先頭に立つべきだ。それをしなかったお前は卑怯者でしかない。卑怯者が他者を愚弄するなど聞いていて虫唾が走るわっ!」
タウゼンの鬼気迫る様相にサヴィンは何も言い返すことができず、ただ忌々しそうに見るだけだった。
それを意に介す事なく、タウゼンは司令部の大型通信珠に向かって話した。
「たった今、ベェルト要塞は帝国軍が占領した! 勇敢なる共和国兵士諸君に告げる! 捕虜になるのが嫌なら、これより1時間の間に即刻退去せよ! 追撃はしない! 繰り返す! これより1時間の間に即刻退去せよ!」
「なにっ!」
「た、退去……?」
伏して頭を下げていた衛兵達が初めて顔を上げ、どよめきが起こる。
「ど、どういう事だ? 退去とは……我々を見逃すというのか?」
「ベェルト要塞は占拠した。よって、これ以上の無益な争いは不要である」
「し、しかし……我々は……」
退去を促しても誰一人として動こうとしない兵士達にタウゼンは困惑していた。
実のところ慈悲の心から退去を促したわけではない。
このベェルト要塞には一万人近くの兵士が詰めている。
現在6人しかいない状況で、これを全て捕虜とする事は不可能だ。
それに要塞を占拠できるのであれば戦果としては十分なので、共和国の兵士達はどうでもいいというのが本音である。
そもそも彼らが降伏を申し出た理由がわからない。
それ故にタウゼンからすればさっさと出て行ってもらった方が、安心するのだ。
「どうした? そんなに捕虜になりたいのか?」
「我々は動かぬ……いや、正確には動けぬのだ。あの映像で我々は……」
そうだ。
さっき衛兵長が言っていた映像とやらが気になる。
サヴィンが逃げ出し、衛兵達に降伏を決意させた映像とは一体なんなのだろうか。
「映像とはなんだ?」
「……外壁上部の通信兵から通信があったのだ。そこに帝国兵が現れたと」
外壁上部……シュナイデン少尉だ。
彼が何かしたのか?
「それで? その帝国兵が何をした?」
「…………彼は第十三守備隊を壊滅させ、更に百勇士ジェラール・フェルドを一刀の元に斬り捨てた……」
「なっ! ……失礼。なるほど、それを見て戦意喪失したというわけか」
衛兵長は小さく頷いた。
シュナイデン少尉、どうやら俺は貴官の力を見誤っていたようだ。
まさか一人で200人を超える守備隊を壊滅させるとは、思いもよらなかった。
そんな事を考えていると、不意に司令部の扉が開き、思いを馳せていた人物が入って来た。
「隊長。シュナイデン少尉、只今戻りました」
そこには若い共和国兵士を伴ったシュナイデン少尉が敬礼していた。
俺は無事であった事に安堵し、オルレアン少尉もホッとした様子だった。
だが、全く逆の反応を示す者達もいた。
司令部にいた衛兵達は伏したままガタガタと震え、鎧が不協和音を響かせていた。
また、縛られて身動きのとれない若手議員達は今にも泣きそうな顔で、中には失神している者までいた。
一体、彼らが見た映像とは……。
タウゼンは見たいような見たくないような、そんな不思議な心境になっていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
暑い日が続いていますね。
お身体に注意してお過ごし下さい。
そして、小説を楽しんで頂けたら幸いです。




