アラン・タウゼンの想い
代議士の部屋から要塞司令部まではそれほど遠くない。
普通に歩けば十分もかからないだろう。
それに三十分もかかったのは敵との遭遇を警戒して慎重に進んだ事と、突入後の作戦を立てていたからだ。
しかし、作戦とはいっても完璧なものではない。
もっと時間をかけてタイミングを図れば確度の高い作戦はいくらでも立てられる。
アラン・タウゼンは斧槍を持ち、全身鎧を着込んではいるが、戦士としては凡庸な男だった。
ウォーレイク元帥直属部隊所属なのは間違い無いが、実は参謀部の所属であり、実戦経験は少ない。
そんな彼が今回特殊部隊の隊長に抜擢された理由はその並外れた知略であった。
老獪白眉。
彼の二つ名である。
その由来は彼の立てる作戦が他の参謀が考えるものと一線を画していたからだ。
他の参謀が立てる作戦は敵軍の動きを推測し、それに合わせて自軍を動かすが、彼は違った。
彼は敵軍すら動かそうとする。
情報操作はもちろんだが、心理的な揺さぶりや相手の思考を操り、己が作戦の一部に組み込んでしまうという常軌を逸した作戦を立てる。
今回の作戦でもそうだ。
一万人が籠る要塞を落とすためにウォーレイク元帥が提案した兵力は千人。
攻める側からすればかなり少ない人数だが、これを拒否し、六人に絞ったのはタウゼン本人だった。
ウォーレイク元帥は止めたが、彼は譲らず、代わりに人選を一任してほしいと願い出た。
そして、親友とも呼べる協力者と共に膨大な帝国軍兵士の中から選んだのが、他の五人だった。
その後は綿密な計画を立てて出発するはずだったが、ここでアクシデントがあった。
ヴォルドン長官の横槍のせいで予想していた出発日より早まった事だ。
顔合わせを行い、情報通りの人材が判断して、違っていれば再選考する予定だったのに、最初に選考した者達で行くしかなくなった。
綿密な計画である程、小さな歯車の狂いから計画が没する事もある。
タウゼンが自己紹介や結成式と称して酒を出したのも、彼等が予想通りの人材か見極めるためだった。
しかし、誤算は続いた。
シュナイデン少尉が持参していた酒が美味すぎた。
タウゼンも帝国民であり、酒を好む。
そのため、目の前の希少な酒につい手が伸びてしまい、結果として自分も酔ってしまい、隊員達の才覚を見極める事が不十分だった。
幸いにも、優秀な者達ばかりで助かったのだが、一人だけよくわからない人物がいた。
リクト・フォン・シュナイデン少尉。
ダウスター領軍所属でもあり、彼の事は帝都では調べようがなかった。
しかも、成人したばかりの若者なのに資料で見た功績が大き過ぎだ。
俺も最初はレッドウッド辺境伯と同じように考えていた。
貴族の子弟が他者から戦功を譲ってもらったのだと。
だが、それを強く否定する者がいた。
選考の協力者、ノイマン・アンダーソン大佐だ。
「彼は常識で考えない方がいい」
それが親友である彼の言葉だった。
それはどういう意味か聞いても彼は答えなかった。
ただ、ジェニングス中将に付いてダウスターに行って彼に会い、そこで信じられないものを見たとだけ話した。
そして、言葉で語り尽くしても信じてもらえないとも言った。
ノイマンは気弱な男ではあるが、決して嘘を言うような男ではない。
だから、俺は彼を信じた。
ノイマンが信じるシュナイデン少尉を信じた。
要塞守備隊五千人、共和国百勇士、本来なら成人したばかりの若者に任せられる相手ではない。
それでも、彼に任せるしか無かった。
止められる可能性があるのは彼だけだ。
もし……もし、これで非業の死を遂げるような事があれば……。
「若者を死なせて戦功を上げて、それを誰に誇ることができようか……」
「隊長?」
「すまん、独り言だ。オルレアン少尉」
たとえ、万人から《老獪白眉のタウゼン》と言われ、奇人と蔑まれても、作戦のために味方の命を棄てるような事はしたくない。
「少尉。準備はいいか? 先に俺とマッコイが司令部に入る。敵は俺達に集中するだろう。その隙に第一秘書のサヴィンと他の議員達を抑えろ。その後は例え俺がどうなろうと、サヴィンと議員を脅してでも降伏させるんだ。いいな?」
「……本当にいいのかい? あんたは……」
「シュナイデン少尉に比べれば大した事はない。要塞司令部には広さ的にせいぜい三十人しか入らん。後は頼んだぞ」
「……分かったよ。シュナイデン少尉にも言ったけど、死ななきゃ治してやる。だから死ぬんじゃねえよ。それと、あたいは歳上好みだ。あんたも悪くないよ」
こんな時に冗談とは、少し気が紛れた。
感謝しよう。
マッコイはすでに気絶させて《操り人形》の魔法で操っている。
さあ、突入だ。
俺は視線で少尉に合図を送る。
ウィンクで返す少尉。
扉を蹴破って中に突入すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ノイマン……お前が何を見たかは知らないが、俺はもっと凄いものを見たぞ。
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