リクト軍曹
温かな日差しが窓から入り込み、俺の閉じている目蓋をこじ開けんと降り注いでいた。
些か億劫ではあるが、俺は緩やかな開門要請に応じて、目蓋を開ける。
「んんん、ぁあああああぁぁぁ……はぁぁぁあ」
身体を起こして軽く伸びをすると、コリがほぐれ心地よい目覚めを体感する。
軍に入ってから目覚めが心地よいと感じたのは初めてだ。
なぜかと言えば軍曹だからである。
そう、下士官である軍曹には宿舎で個室が与えられるのだ。
二等兵は同じ宿舎でも雑居部屋で、しかも4人住まい、これがまた狭いんだ。
おまけに俺の同室者には身体のデカいやつがいて、こいつの鼾が煩くて煩くて眠れやしない。
俺は短期間で済んだから良いが、あの部屋にいた他の人達は未だにあの苦行の中にいるのだろうか。
睡眠不足による士気の低下にならないか不安だ。
それにしても未だに信じられないのは、あの特例中の特例である五階級特進だ。
本来であれば二階級特進、最大でも四階級特進までと聞いていたから俺を含めてその場にいた兵士全員が騒然となった。
上級曹長殿も事前に聞いていなかったようで、唖然としていた。
論功行賞の後に上級曹長殿と俺は一緒に男爵様の私室に呼ばれた時に確認したが。
「あれは軍令部の決定だ。今更、間違いだったという事はない。帝国軍始まって以来の五階級特進だ! 胸を張るがいい! がっはっはっはっ!」
どうやら決定が覆る事はなさそうだ。
しかし、喜んでばかりもいられない。
困ったのは軍曹の仕事だ。
なんせ軍曹の役割といえば分隊長、または兵の教練や士気、秩序の維持が主である。
「……全くわからん」
そう、俺は人に何かを教えた事も兵を率いた経験もない。
本来ならこれは自身が上官から教えてもらった事や行軍訓練などで学んだ、その実体験から教えていくものだ。
それが俺にはない。
おまけに軍曹って具体的に何をすべきかもわからない。
とりあえず今日のところは全軍が集まる男爵様の集合演習があるからいいが、明日からどうしよう。
……考えても始まらないな。
先ずは今日のことだ、集合時間より少し早めに行って、上級曹長殿に役割について聞いておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おおおっ! やっと来たかっ!」
はて? 集合時間より早めに来たら意外な人物と出会ったな。
何でこんな所にいるんだろう?
「どうした? 間の抜けた顔をして! あの時のようにビシッとしないと部下達から舐められるぞ!」
「御忠告は感謝いたしますが、何故こちらにいらっしゃるのですか? ロースター軍曹殿」
朝から俺をデカい声で出迎えてくれたのは、先の戦で俺が捕らえたライエル領軍のホウキン・ロースター軍曹殿だ。
しかし、捕虜がこんな所にいるわけないし、脱獄?
いや、そもそも牢に入れたという話も聞いてないな。
衛生兵の所で治療を受けた後は男爵様が何やら話していたような……。
「俺はライエル領軍からダウスター領軍に異動となったんだよ」
「なんとっ! そのような事が……」
捕虜の引き抜きはたまにあると聞いた事がある。
しかし、基本的には捕虜は捕虜だ。
よっぽど有能でないと引き抜きなどあり得ない。
間諜の可能性も否定できないな。
ロースター軍曹殿はそこまで有能だったのか、まぁ、悪い人ではないが、かなりのお人好しなところが気にかかる。
「そう勘ぐるな。俺の異動は軍令部からの指示でもあるんだよ。今回の戦で敗れたライエル男爵家だが、ほとんど資産がなくて賠償金も満足に払えないんだよ。どうやら、あのコルベッツとかいう商人が安物を高値で売っていたようでな」
うわぁ……あの男爵様って見る目なかったんだな。
領地の統治もできない、人を見る目もないって最悪だな。
田舎の男爵領なんてそんな裕福でもないだろうに。
あれ? じゃあ、軍曹殿が賠償金代わり?
「軍曹殿が賠償の代わりという事ですか?」
「いや、それとは別だ。賠償金は分割で支払う。あとは領地の割譲もあって、村3つがこちらの領地に移る。僅かとはいえ、税収も上がるだろう。俺はただの軍令部の命令でこちらに異動になっただけだ」
それってライエル領軍からすればかなりの戦力低下では?
男爵様が戦死して残ってる士官は息子の少尉殿だけで、下士官も軍曹殿だけのはずだ。
その軍曹殿がウチに来たら少尉殿だけになる。
それに、息子は男爵家を継ぐはずだから軍務だけするわけにはいかない。
どうする気だ?
「要はライエル領軍は帝国軍令部から戦力外と判断されたんだ。俺以外にも使えそうな奴らも少数だが、こちらに来ている。嫌味ではないが、お前が斬った6人がマシな部類の奴らだったんだ。他に使えそうなのはほとんどいないからな」
つまんない戦だった割には、相手はデカい代償を払う事になったようだな。
それにしても、軍曹殿がこちらに来たら指揮系統はどうなるんだ?
男爵様を抜いても准尉殿と上級曹長殿とロースター軍曹殿と俺の軍曹二名。
一気に軍曹が二名追加ってのが大きい。
あっ! じゃあ、俺の役割って益々どうなるんだ?
こんな全軍でも600名程度なのにこんなに下士官がいるのか?
「おおおっ! リクト軍曹! ここにいたのか。むっ、ロースター軍曹も一緒か。挨拶は済んだようだな」
上級曹長殿が奥からやってくる。
どうやら俺を探していたようだ。
俺とロースター軍曹は敬礼し、挨拶する。
「おはようございます。上級曹長殿」
「あぁ、おはよう。さて、リクト軍曹。これからの貴官の任務についてなんだが」
「はっ! 自分もそこが気になっていました!」
聞かなくても教えてくれるとは、さすが上級曹長殿だ。
どこかの寝癖准尉殿は違うな。
「しばらくはロースター軍曹に付いて、そこで軍曹としての役割を学んでくれ。階級は同じだが、ロースター軍曹は先任だ。そこは理解してくれ」
これはいい。
同じ階級の人に付けるのは仕事を覚える上では有難い事だ。
俺はつい、この間まで二等兵だった成り上がりの軍曹なんだから、同じ階級の下についてもそこまで気にならない。
「はっ! 了解しました!」
さぁ、頑張って仕事を覚えるとしますか!
拝読ありがとうございます。




