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ブレイブアーニムル  作者: 百山千海
9/24

Spirited Away

ブレイブアーニムル9話 「Spirited Away」


 グリムという存在は、4人にとっては微塵も見覚えのない、謎に包まれた存在であったことは確かだ。しかし、それはまたグリムもそうだったということを4人は知る由もなかった。

 人間の身でありながら4人の前に立ちはだかり、殺意を持って戦闘を交えた。そしてあろうことか、それが勇者の特権であると誰もが信じて疑わなかった、アーニムルとのシンクロをも果たしてしまったのだから、その存在はさらに不可解なものとして認識されたのである。そして謎の世界で出会ったサム。その存在もまた、言うなればグリムよりもそれは謎多き存在であり、しかし何かは分からないが、漠然とした何かを得られたという根拠のない、しかして確信のある感触を得られたのは、その理由は分からないにしても、純然たる事実なのだった。


 カツカツと歩く音は高い天井に響くことなく吸い込まれる。まるで壁を構成する材質が何もかもを貪欲に欲せんばかりに。幾何かの回廊を抜けた先に、自身の居場所とも言える、空間がある。グリムは黒い革のソファにすっと寝そべった。

「お疲れ様。グリム」

 グリムの後をついてきていたアーニムル、ガンファが傍らに立ち、声をかけた。

 グリムはそれに応えることなく、腕を枕にして体を横にした。

「……グリム。どうしてあそこまであの子たちに対して殺意を露わにするの?らしくないよ」

 グリムはそれにも反応を示さず、ただ、ゆっくりと目を閉じた。

「ぼくが止めなければ自分の体諸共あの砂漠一帯を消滅しかけていたんだ。それくらい自分でも分かっているんでしょ?」

「……そんなこと、言われなくても分かっている」

「じゃあ、なぜそこまでするの?今回の命令はあの子たちの実力を見定めてエヴィタナトゥラ王国に近づかせるなって、それだけだったじゃない」

「……初めはそのつもりだった。だからシンクロもせずにいたじゃないか。でも……」

 グリムは目をゆっくりと開き、皺を眉間に寄せた。

「あのカズトとケイトってガキを見ているだけでむしゃくしゃしたんだ。それに加えてあいつの言葉。自分でも自制が利かなくなっていったのを感じた。でも、どうしても留めることができなかった」

 ガンファはゆっくりと大きく息を吐き、グリムの頭を撫でた。

「大丈夫。ぼくが付いているよ。グリムが自分を大切にしないとぼくが悲しい。ぼくがグリムを守る」

 グリムは険しい眼差しをゆっくりと解き、安らぎの中に入り込んだ。

 と、その時、けたたましい声が平穏を壊した。

「よお死神さん。兵器によしよしされて随分なこったなぁ」

 その煽りにグリムは飛び起きた。

「……エナーハイ……」

 憎しみを込め、その名を呼んだ。

「なんだぁ?やられて帰ってきて慰めてもらってたのか?ああ?」

 グリムはニヤついた獣を今にも穿たんがごときの強い殺意に満ちた視線を送った。

「それ以上口を利くな。殺すぞ、害獣」

「やってみろよ、ニンゲンサマのクソガキがよぉ」

 今にも互いを殺そうとするひりついた空気が張り詰めた。実際にそれは茶飯事ではあったものの、その緊張を解いたのは新たなる刺客だった。

「やめなさいよ、二人とも」

 どこからともなく現れたアロハシャツは柔和な声で場の空気を一変させた。

「エナーハイ、アナタレディに向かってかわいそうじゃないの。いきなり喧嘩腰だなんて、ヤンキー系だなんて今どきはやらないわよ」

「っせーな、ちょっとからかっただけだろうが、カマ野郎」

「カマ野郎じゃなくてマイマイ。ほんっと可愛くないんだから。ねえ、グリムちゃん?」

「ボクを女扱いするのはやめろ」

「まあ、怖い怖い。お年頃なんだから」

 マイマイのその発言は決して楽し気な気分から発せられたものではなかった。尤も、初めグリムを庇ったかのような発言も、内実そんな意思は微塵も介在せず、単なる戯れとして擲たれた、一切の愛も同情もない、乾いた代物だったのだ。

 その挑発ともとれるマイマイの言葉に一つの鋭い睨みを返し、その場からパートナーと共に立ち去ろうとしたグリムに、どこからともなく声がかかった。

「帰っていたのか、グリム」

 進めようとした歩を止め、彼女は咄嗟に振り向いた。声の方向は分からない。誰かが東から聞こえたと言えば一方は西と答えるかのような不思議な声だ。

 振り向いた先には、いつの間にそこにいたのか、つい数秒前まで自身が寝そべっていたソファにその声の主が腰掛けていた。

 アシンメトリーな銀髪。精気というものが宿るべくもない右目は光が宿ることなく常に下を向いている。髪に隠れた左目は文字通り一切の光を拒絶し、こけた頬に痩せ細った体を隠すかのようなオーバーサイズのぼろきれを一重のみ羽織り、ただ、暗い部屋の床だけを見つめていた。

「つい先ほど戻りました」

 グリムの言葉にその男はぴくりとも体を動かすことなく、変わらず床の一点を見つめたまま答えた。

「そうか。おかえり。どうだった?彼らは」

 ただ簡潔に、何の感情も込めずに問う。

「別に……弱かったです。今頃はボクのオスティウム・アニマの中でもがき苦しんでいる筈」

 本来質問というのは何かしらの欲求から生まれるものである。聞きたい、知りたい、話したい。それら知覚の欲求を無視した質問というのは、これほどまでにその対象を困惑させるのである。質問者の意図が分からない。であれば聞かれたことに対する主観的事実を述べる他ない。まるでミラクルムでも使われたかのように口を開いてしまうのだ。

「そうか。じゃあ、任せるよ。別段僕らの計画の障害になるわけでもないだろうし」

 その一言にエナーハイとマイマイはほんの少し眉をぴくんと動かした。自分たちが一度負けた相手を重要視せずに放置する。それはスーフォックを含めた3人のビーストの敗走よりも、たった一度の少女の証言を採用したというのだから。

「僕には君さえいてくれればいい。一緒に世界を救おう」

 彼のそんな言葉さえも、一切の起伏も無しに、床を見つめた暗い瞳で発せられるのだった。その冷たく、機械のような凍り付いた言語は時折、会話を放棄したくなるほどの狂乱を誘発するのだ。ただこの男と会話しているだけで脳は不安を抱きだす。

「はい。任せてください」

 グリムはその恐怖に何とか屈しないためには、自制心を持った簡潔な短い返答をするしかなかった。でなければ、少しでも気を許せば忽ち精神は阿鼻叫喚地獄に突き落とされるような、そんな緊迫感がグリムにはあった。

「じゃあ、彼らの処理も済んだことだし、計画を実行しようか」

 彼は淡々と話しを進めた。

「行こうか。エヴィタナトゥラ王国へ」

 彼はそう言うと遂に重い腰を上げ、闇へと歩を進めた。

「じゃあ、これから二回目に太陽が沈む刻、作戦を決行する。じゃあ、またその時に」

 そう言い残して彼は闇に姿を晦ました。

 彼の気配を感じなくなった途端、そこにいる全員が大きな溜め息をついた。

「はぁぁーー、いつものことながら読めねえぜ、ボスは」

「同感ね。さすがのアタシも息が詰まっちゃうわ」

 エナーハイとマイマイがソファに座ろうと寄ったところ、闇の中にソファに座る何者かが徐々に見えてきた。

「うわあっ!っと!」

 そこに現れたのは、二日酔いのオフィスレディのようにぐったりとした様子のビースト、スーフォックだった。

「なによアンタ、いつからいたのよ!びっくりするじゃない!」

「ボスがここに来たんだからアタシだって来なきゃいけないじゃない。でもほら、既に真剣なムードで会話している中にささっと入るのって結構きついじゃない。だから姿を隠して途中から立ってたのよ」

 そう言うスーフォックはすっかりと力みすぎた筋肉を弛緩させるかのように、だらーんとソファに首をもたげていた。

「まあ、ボスのことだ。ぜってえ気づいてるだろうけどな」

「そうね。じゃなきゃあなたがいないこの場で作戦決行だなんて言う筈無いもの」

「そりゃそうよね……もっと堂々と入ってくればよかったかしら……」

 そんな会話を交えつつ、二人はスーフォックの左右に座り、三人仲良く一斉に溜め息をつくのであった。


 三人のビースト達が仲睦まじくリビングとでもいうべき場所で談笑する中、グリムはパートナーアーニムルと共に自分の部屋へ戻った。部屋と言ってもそれは、人間一人が横になって足を延ばせばそれだけでいっぱいになってしまうほどの、ただ土塊を掘り固め、ドア代わりにトタン板を一枚置いただけの簡素なものだった。

 部屋には無造作に敷かれた毛布が一枚、それに薄っぺらな布が一枚置いてあるだけだった。そんな粗末な部屋にグリムは先ほどのガンファとの時間を取り繕うかのように、毛布の上に横になった。その側でガンファも丸くなり、グリムに擦り寄った。

「……遂にあの計画が実行されるんだね」

 ガンファは不安にも似た期待と絶望の入り混じったかのような声でグリムに語り掛けた。

「……うん」

「やっぱり……怖い?」

「……ボクはボスの期待に応えるだけだよ」

「……グリム、君がそういうならぼくは力を貸すだけ。でも、どうか、自分を見失わないで」

 その言葉を最後にグリムは目を閉じ、深い眠りに落ちた。まるで小さな仔猫が互いを温めあうかのように、狭い部屋に体を合わせ、光のない世界から、泥のように纏わり着く闇の世界へとどっぷりと浸かっていった。


Aパート


「さっぶ!!」

 飛び起きたカズトの視界には見渡す限りの煌びやかな星が瞬いていた。あまりにも鮮明な視界に、自分が夢でも見ているのではないかという思考は確かに感じる寒さで瞬時に吹き飛んだ。しかし、得てして人は目を覚ましたなりの時間は、なぜ自分がその場所にいるのだろうかという疑問に駆られることがしばしばある。まさにカズトはそれを感じたわけだが、隣を見ればいつもの三人、それにアーニムル達もスヤスヤと眠っている。

 思い出した。そうだ。すっかり陽も落ちた砂漠で、ハルカのミラクルムで練られた小さなテントに全員で寝ていた筈だった。しかしどうだろう。起きてみればそこにはテントなど影も形もなく、ただ砂漠のど真ん中で無防備に睡眠をとっていたのである。砂漠の夜は冷える。しかしこの寒さにも関わらず、他の仲間たちは何とも心地よさそうな快眠に耽っているではないか。

「いやいやみんなおかしいだろ!いや寒すぎんだろこれ!なんでそんなにぐっすり寝られんの!?」

 そう一人で騒いでみたものの、誰も起きる気配はない。仕方が無いのでカズトは気晴らしと体温の上昇を期待し、少しの間砂漠を歩き回ってみることにした。

 気温は確かに低い。しかし風はほとんどなく、むしろ少ししてくると心地の良い微風がひゅっと体を突き抜ける。人工的な明かりなど何もない砂漠を、月と星の光のみが照らし出す。

 カズトは歩いているとだんだん楽しくなってきた。

『俺、今違う世界にいるんだな。日本にいたらこんな体験、絶対できなかったんだろうな』

 天然のプラネタリウムを歩きながら見上げる。遮るものは何もない。ふと、真上を見上げたまま、10秒ほど小走りしてみた。

『ははっ、東京だったら何かにぶつかるんだろうな』

 勿論、足元にも注意するものは何もなく、正面に衝突しそうな物体の介在など微塵もなく。神秘的な経験を確かに少年は楽しんでいた。

 少しすると、地平線の黒が紫がかってきた。夜明けが近い。暁から東雲に亘る目に見えるほどの暗がりの変化にカズトはわくわくした。

 少年は駆け出していた。太陽が昇る地点へと。全速力で。自分の体力など考えもせずに。

「はっはっはっはっは」

 このまま走り続ければ太陽に手が届く。そんな気までしてきた。

 すっかりと星は姿を晦ませ、眠りに着こうとした時、太陽が目を覚ました。

 強烈な光の放射が暗順応しきったカズトの眼に突き刺さる。

 明かりが照らし出される。まるで全ての生命の活動を開始する合図のように。

「ははっ、ははははっ!」

 カズトはその自然の神秘に見とれた。こんな経験を、大事にしたいと心底思った。自然と笑顔が溢れ、全速力で駆け、疲れ、満足する、そんな母なる大地の壮大さに感服した。

 その場にドサッと仰向けになったカズトは、やはり考えも無しに、疲れから瞬時にその場で眠りに落ちた。


Bパート


「あっつうう!」

 あまりの暑さに目が覚めた。視界には見渡す限りの砂。植物の一つも生えていない、地平線の彼方まで何も見えない、砂漠だった。太陽は既に高く昇っており、よくもまあこのようなところで今の今まで眠っていられたものだと自分でも感心するほどだ。

「……いや、あっつ……」

 ただ一人ぽつんと座り込むカズトは思い返した。

 そう。なぜかテントで寝ていた筈がみんな外で寝ており、目が覚めた自分は砂漠を駆けまわり、疲れて眠った。

 取り敢えず腰を上げ、ゆっくりと歩きだした。

「ケイトー。みんなー」

 期待せずに声をかけてみるも、勿論その声は誰の耳に入ることもなく消えていった。

「はぁ~、みんな今頃俺のこと探してんのかなー。これさすがにヤバいよなぁ……」

 炎天下の中、何の目標地点もなく、ただ気の向いた方向に歩を進めているという状況を危惧しないわけにはいかなかった。ただ不安が募るも、それ以上に体が蕩けだすかのような気温に頭がぼーっとする。

「ああ……水……」

 随分歩いただろうか。今にも倒れそうになった時、眼に砂以外の物質が認識された。

「なんだ……あれ……?」

 ゆっくりとこちら側に何者かの影が向かってきているのが見えた。恐らく。

 さすがのカズトも蜃気楼という単語は知っていた。幻影のようなそれをやはり期待することもなく見つめていた。

 ……いや、あれは蜃気楼じゃない。確実になにかが近づいてきている!

 カズトは走った。しかし体が思う様に動かない。ダメだ、足が付いてきてくれない……!砂の上にドサッと崩れ落ちたカズトの瞼は遂にその場で落ち切った。


「おーい、お兄ちゃーん!」

「カズトー!どこ行っちまったんだよー!」

 一方その頃、朝起きると隣にいる筈のカズトがいなくなっていたという事実を知ったケイトたちは、カズトよろしく歩きながらカズトを探し回っていた。

「ったくもう。朝起きたらテントとカズトがいなくなってるって、意味わかんな過ぎでしょ」

「ごめんねチヒロ。私のせいで……」

「そんな、お姉ちゃんのせいじゃないよ!テントがなくなったこととカズトがいなくなったことは絶対関係ないよ!あいつがバカなだけ、きっとそうよ!」

 そう、カズトが起きた時に既にテントが消滅し、夜の砂漠の寒さで目が覚めたのは、そのテント自体がハルカのミラクルムによって創り出されたものであり、それを一晩中維持するためにもハルカはアクアンとシンクロし、マナトムの量を底上げした筈だった。しかし、やはりハルカとアクアンが眠ってしまえばテントへのマナトム供給も止まってしまう。やがてテントは消滅し、一行は砂漠の真ん中で一糸のみ纏って眠っていたという成り行きである。

「ねえ、ストルム、昨日私のことを感知したみたいにカズトのことは探せないの?」

「そうだね~、できなくはないんだけど、まだ出会って日が浅いカズトの波長を完全に理解してなくってさ。取り敢えず人間の波長っぽいのを感じたら教えるよ」

「お願い、ストルム」

「ところで、テントが消えていたのは分かるけど、どうしてカズトはいなくなっちゃっていたのかしら」

「まさかビーストに襲われちゃったとか……」

「あの状況でお兄ちゃんだけが襲われたってことは考えにくいけど……例えば……その、トイレしようと思ってちょっと歩いたところで迷子になっちゃった……とか……?」

 弟の兄に関する発言が非常に『あほくさい』ことに場が震えた。一番カズトを知る人間の考察がこれだということ。つまりカズトとはそういうアホの一種であるのではないかという、疑惑から確信へと変わる感覚が皆を襲った。

「……アホね」

「アホだな」

 アクアンに続き、パートナーであるフレイヤまでもがそれに賛同してしまった。

「ちょ、ちょっと待って!それが本当だと決まったわけじゃないから!ただの想像だから!」

「いやあ、ケイトが言うんだから間違いねえよ。カズトのやつ、トイレのせいで迷子になっちまったんだ……カズトぉーーー!!!」

 フレイヤの湿った嘆きが砂漠に鳴り響いた。


「冷たぁっ!!」

 再三飛び起きたカズトは、今回は顔面に冷水を勢いよくかけられた感覚で目を覚ました。飛び起きるとそこには、水が滴る小さなバケツを持った色黒の少年が立っていた。

 やはり状況はよく理解できないまま、ぱちくりと数回瞬きをしてみた。

「気がついた、よかった」

 その少年はにこやかに微笑んだ。その傍らにはカズトの3倍程の体躯をした黒毛の動物が佇んでいた。と、その動物は不意にカズトに近づき、寝ぼけ眼のカズトの顔をべろんと舐めた。

 その感触にブルブルっと鳥肌が立ち、完全に目が覚めたカズトは奇声と共に飛び上がった。

「うっわあぁあ!な、なんじゃこりゃあ!」

 その反応に少年は涙を流して笑い出した。

「アッハハ!きっと、顔、クサい!アッハハ!」

 片言の少年が言う様に、水牛のような動物に舐められた顔は唾液の匂いが太陽光に乾き、得も言われぬ悪臭を放ちだした。

「クッサ!ってか、どういう状況、これ!?」

「オマエ、砂漠で倒れてた。死んでるかと思ったけど、息あったからカイホウした」

 その少年はまだ笑みを堪えたままカズトに水を湛えた柄杓を差し出した。

「あ、そういうことだったのか。ありがとな、俺、カズトってんだ」

 柄杓を受け取るとカズトは自分の顔にかけ、ごしごしと拭いた。髪に滴る水滴はぽたぽたと顔に零れる時には既にぬるま湯の様になっていた。

「オレ、サバス。よろしくな」

 そう言うと少年は両手の肘を90度に上向きにし、その後手のひらを横にくるりと回転させた。

「何だ?それ??」

「オレの国のアイサツ。ブキ、持ってない、ショウメイ」

「へぇ~、よろしくな!」

 そう言うとカズトはサバスを見習い、同じ行動をとった。そしてその後、右手を差し出した。

「ソレハ?」

「俺の国の挨拶!握手したらみんな友だちさ!」

 サバスはきょとんとしたが、カズトを見習い右手を差し出した。その控えめな右手をカズトは迎えに行くような形で取り、手を縦に振った。

 すると、サバスも勢いよく手を縦に振るのであった。

「うおお、強い強い!」

「アクシュ!トモダチ!」

 カズトの体が揺さぶられるほどの強い握手はカズトを躍起にさせた。仕返しと言わんばかりにカズトも、それはもはやアクシュとは言えない程の強烈な縦振りをお見舞いすると、サバスも体勢が崩れた。

 そして二人は声を上げて笑いあった。


「ムムム!ビビッと来たよ!人間の波長だ!遠いけど確かに感じるよ!」

 ストルムが突如として声を上げた。

「本当!?急いで向かいましょ!」

 一行はストルムの指示する方向へと走った。

 漸く遠目に人の影が見えた。目を凝らせば認識できるその距離に、ケイトはいち早くその正体に気が付いた。

「……あれって……ビースト!?」

 どうやらあちら側もこちらに気が付いているようだ。しかし戦闘態勢の気配もなく、あたふたとしている。

「わ、わ、なんですか!?あなたたち!?」

 大きな天に向かう耳に眼鏡。伸びる神はサラサラストレートで横にキレイに切りそろえてある。ベルトでしっかりと締め付けた括れのある腰とは対照的に、それは豊満な胸を強く印象付けた。

 そのビーストの応対に、逆に呆気にとられたケイトたちだったが、対面しているのはビースト。いつでも気を抜くわけにはいかない。とは言え、おどおどと下を向いたうえでの上目遣いに完全な警戒を敷くことができないのもまた事実だ。

「わ、私に何か用でしょうか……。ちょっと先を急いでいるのですが……」

「あの、お忙しいところ申し訳ありません。ちょっと人間の少年を探しておりまして。どこかで見かけなかったですか?」

 ハルカが警戒しつつも問いかけた。

「いえ、こんな砂漠で人なんてめったに見かけないと思うのですが……」

「カズトっていうんだけど、見てねーか……」

 不意にフレイヤがぴょんとケイトの後ろから出てきた。と、それを見るや否や、ビーストの表情は険しくなった。

「っ!カズト……それに、アーニムル……!」

 まずい、感づかれた!敵が後ろへジャンプしつつ、空中で呪符を投げつけた!

「アクアン!」

「任せて!」

「ストルム!」

「あいよ!」

「アーニムルブレイブ!アクアン!シンクロナイゼーション!」

「アーニムルブレイブ!ストルム!シンクロナイゼーション!」

 アーニムルとシンクロした二人の少女は、呪符が変化した狐の亡霊のようなものを蹴り飛ばした。するとその亡霊は塵と化し、霧散した。

「危うくだまされるところでしたわ。人間ども」

「騙すだなんて!私たちに戦闘の意思はないわ!」

 ハルカの言葉に、ビーストは半身でこちらに顔を向け、キッと睨んだ。

「信用できません。私が背中を向けたところを狙うつもりでしょうが、そんな姑息な手にはひっかかりませんよ」

「駄目だ。あのビースト、完全に敵意むき出しだよ……」

 間合いを取っての睨み合いが続く中、ふとビーストが肩の力を抜いた。

「……とは言っても私は戦闘要員ではないのです。今あなたたちに反抗してもメリットがありません。ここはひとつどうでしょう。お互い先を急ぐ身。別々の方向へ向かうというのは」

 青天の霹靂だった。今まで出会ったビーストはほとんどが一方的に戦闘をしかけてきた筈。それなのにこのビーストはこの場面で交渉を仕掛けてきたという状況にどう出るか、それに困惑するというのが実のところだった。

「……それなら見逃してあげてもいいけど」

 チヒロが強気に出た。こちらの優位性を言葉で示しながらもカズトの行方探しを優先的に気に掛けたのである。

「フンッ。物の言い方は気に入りませんが、今回は甘んじてあげましょう」

 ビーストはこちらを向いたままじりじりと後ろ脚に歩を進めたその時、

「ちょっと待って!」

 ケイトが叫んだ。

「急いでるって、どこへ?キミは今から何をしようとしているの……?」

 ケイトの問いに反応し、チヒロが槍を構える。実際のところ、ケイトのその詰問に対し、何かを察せられる程の明瞭さを有していなかったチヒロだったが、咄嗟に体が反応した。この心理戦においてそれはビースト側のこれからの行動の敵の周知という可能性を唆してしまったという目に出てしまったのである。

 ビーストは仕方がないと言わんばかりに歩を止めた。これ以上歩を進めれば逃がしてはくれない、そう思った。

「……それは……」

 その時だった。ハルカとチヒロの前にどこからか一枚の葉がひらひらと舞い降りてきた。砂漠の真ん中に、葉。咄嗟にハルカが察した。

「危ない!」

 ハルカの弓が敵の刃を防いだ。チヒロの首目掛けて繰り出された短刀は、あと1秒でも遅ければ確実に致命傷となっていた。———以前にもこのようなことがあった。デザトニアン公国。スーフォック戦———それがハルカの頭をよぎった。

「……ナスナ……!」

 忍者のような狐は身軽に飛びのき、眼鏡のビーストの横に立った。

「遅いと思って引き返したら……危ないところだったな、ローティス」

「ご迷惑おかけしました。ナスナ」

 その狐たちは決して気を緩めることなく再度こちらを睨んだ。

「……また仕留め損ねたな」

 新たな敵の惨状に、ハルカとチヒロはそれぞれ弓と槍を構えた。

「どうやら、交渉決裂のようね……!」


 木陰まで移動したカズトはサバスから受け取った水を喉が鳴る勢いで飲み込んだ。乾いた体が潤っていく感覚に、ぷはあと一息ついた。

「サバスはなんで一人でこんなところ歩いてたんだ?それにこんなたくさん水抱えてさ」

「村に水もって行くため。砂漠渡るのに水、たくさん必要」

 サバスの何の気ない返答に、逆に申し訳なさを感じた。

「あっ……そんな大切な水、俺にくれちゃってよかったのか……?」

 サバスは屈託のない笑顔で頷いた。

「村のみんな、優しい。人助けのため、全然悪いことじゃない」

「……そっか」

 カズトは立ち上がり、続けた。

「俺、一回サバスたちの村に行ってみたくなった。どこにあるんだ?」

「ここからずっと歩いたとこ。たぶん、オレたちの村の人間以外、辿り着けない。砂漠の目印、普通の人間には気が付かない」

「そっか。じゃあ、俺がこうしてサバスに会えたのも奇跡みたいなもんか」

「キセキ」

 サバスが繰り返した。

「そうかも知れない。でも、カズト、帰る場所がある。オレも、ある。だから、また今度、キセキが起きたら、オレの村、みんなを招待する!」

 サバスも立ち上がると、薄汚れたポケットから、文字のようなものが彫られた小指大の木を取り出し、カズトに差し出した。

「なんだこれ?俺にくれるのか?」

「お守り!さあ、ブバルス、カズトを仲間の元へ届けるよ」

 軽い身のこなしでひょいと水牛にまたがると、サバスは右手を差し出し、カズトをブバルスの後ろへと乗せた。

「おおおっ、速ぇー!」

 のろのろとした見た目とは裏腹に、思ったよりも速いスピードで、それは駆け出した。


 軽い身のこなしで空中へ飛翔したナスナは素早くクナイを数本ハルカ目掛けて投擲した。

 それ自体は避けられるものの、それは地面に刺さった数秒後には小さな爆発を起こす起爆型のトラップだ。素早い投擲が繰り返され、次第に敵の思惑通りの場所へと誘導されていることに気が付いた頃には、既にハルカはチヒロとケイトからは遠く離れたところにおり、ナスナとの一対一の戦闘へと強制的に誘発された。

 本来弓矢を使った遠距離攻撃を得意とするハルカの戦法は既に前回の戦闘で学習済みだということだろうか。まったく間合いを取らせずに、両手に携えたクナイ二本で的確に懐へと入り込んで来ようとする。それを小型のミラクルムの壁で防ぐハルカは完全に防戦一方に追いやられていた。

「我が命に情けを掛けたことを後悔するか、女」

「そんなことはないわ。私はただみんなを守りたいだけ。そのためにあなたたちを倒す必要がないなら、争いなんて私は望まない!」

「……綺麗事を!」

 素早く繰り出された蹴りがハルカの腹に直撃した!その勢いでハルカは砂塵を巻きながら後方へと吹っ飛ばされた。

「それは我々とて同じこと。さも貴様らが善人のような口ぶり、聞き捨ておけぬ」

 すると、砂埃から一筋の矢が飛んだ。ナスナはそれをひょいと避けた。が、しかし、避けた矢が突如爆発し、高圧の水が噴き出した!

「なにっ!?」

 高い圧力を持ったその水はナスナを瞬時に砂煙の中に巻き込んだ。『まずい、視界が遮られた!』咄嗟に身を低く屈め、四つん這いになるが、煙が晴れたころには、既にハルカはナスナを射程圏内に捉えていた。

「それでも、綺麗事だとしても!みんなを守るためなら、私は抗う!」

 ハルカの水の矢がナスナの左肩付近を直撃した。

「グウウッ!クソッ!」

 間合いを離させないために繰り出してきた攻撃が、いつの間にか相手にとって最高の間合いを自分が作り出してしまったという失態に、よもやそのためにハルカがわざと自分の蹴りを甘受したのではないかという反省に苦虫を潰したかのような表情で、ナスナは脱兎のごとく戦線を離脱し、ローティスの方へと向かった。

 一方、ローティスとチヒロの戦闘はまるで生産性の無いものだった。

「こっちに来ないでください~!私、戦闘要員じゃないんですってば~!」

 ローティスが逃げながら呪符の亡霊を繰り出し、チヒロを襲うが、チヒロの槍はいとも簡単にそれを薙ぎ払う。

「あんたが逃げなきゃ追わないわよ!止まりなさーい!」

「止まれって言われて止まる人はいないです~!」

 円形に追いかけっこを続ける最中に、深手を負ったナスナがローティスにの元へと戻った。

「ナスナ、その傷!」

「今はそんなことを言っている場合ではない。時間は十分に稼いだ。我々の真の使命は他にあるだろう」

 ナスナとローティスは振り返り、告げた。

「見誤ったな。人間共。この代償は決して軽くはない。さらばだ」

 と、反論の余地も残さずに、ビーストたちは蒼い炎に包まれ、姿を消した。

「やったの……かしら?」

 何とも達成感のない勝利に、チヒロが呟いた。

「真の使命って……嫌な予感がする……」

 砂漠の真ん中に取り残された3人は、一抹の不安が残る中、脅威の迎撃に一先ず安堵し、シンクロを解いた。

 するとストルムが一際大きな声を上げた。

「ムムム!」

「どうしたの、ストルム?」

「感じるよ、カズトの波長だ!こりゃ間違いないよ!」

 言うが早いか、遠くの影からカズトがこちらに走ってきた。

「お兄ちゃん!」

「よお、みんな!探したぜ~。でもサバスがここまで送ってくれてさ」

「サバスって、誰?」

 え?と辺りを見るカズトだったが、さっきまで一緒にいた筈のサバスの姿はもうどこにもなかった。

「あれ?さっきまで一緒にいたんだけどな……」

 カズトは遥かに続く砂漠を見遣った。拓けた大地にサバスの言っていた砂漠の目印など分かる筈もなく、サバスと交わした握手の感覚を思い起こすのだった。


END


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