第4話 初めての魔術戦?
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ティーディア・ポルトス、立場的には有力貴族であるポルトス家の令嬢。
アイデリオでは貴族制は20年前に廃止されていたが、依然として体制は維持されており、その結果未だに貴族と名乗る人間は少なくない。
彼女が今まで触れてきた人間は、皆その立場を念頭に接してきた。
幼少期からの英才教育だけでなく、戦闘面でも父から手解きを受けていた彼女は、権謀術数に明け暮れる貴族にとっては垂涎モノの人材なのだ。
…しかし、それ以前に彼女は16歳、まだまだ夢見る乙女である。
つまるところ、
(こんな所で出会えて、ディアと立場関係なく話してくれて…こんなに楽しいと思わなかった!だったら…)
「行きますよおにーさん!援護します!」
ちなみにだが、クレリスは突然の展開にフリーズしていた。
「おうおう、カワイイねーちゃんに守られていい御身分だねェ?…安心しな、ボコボコのボコにした後にブチ犯して金を貰うだけで許してやるからよォ?恨むんならそこの兄ちゃんを恨むんだな」
典型的なチンピラのようなセリフを吐くチンピラ。ディアは嘆息すると、戦闘モードに入る。
「ちょっとぉ~っ!?おにーさんフリーズしてる!んもう、しかたないですね!それじゃ行きますよ?」
ディアはバッと両手を広げると、魔術を練り始める。
「≪炎よ来たれ・敵を穿て≫!…初級の魔術ですけど十分でしょう!」
ディアが前に突き出した腕から放たれる火の玉。汎用火魔術【ファイア・ボール】だ。
弧状に放たれた炎の弾は、チンピラの右ひじをかすめるように飛んで行くと、壁にぶつかり焦げ目を作った。
「くひっ、お嬢ちゃん魔術師かァ。滾るねェ!!≪炎よ≫」
男は両手に炎を灯すと、ディアに向かって突進する。
ひらりと体を翻し左足で着地。ふっと息を吐くと再び構えを取る。
「≪紫電よ・敵を穿て≫!」
再び放たれた魔術、汎用雷魔術【サンダーボルト】。弾ける音と共に紫電が迸り、間合いを一度に詰めて――
「ぐぅッ!?―――チッ、若いのに才能豊かで金もあって羨ましいねェ?」
――男の体に着弾すると、全身を電気が走り動きを拘束した。
男は唾を吐き、恨めし気な目線をディアに送る。もはや魔術戦というレベルではなく、ディアによる一方的な蹂躙。
「ふん、ポルトス家として当然です!んじゃ、これに懲りたらもうディア達には関わらずに――ッ!?」
「甘いんだよ、お嬢ちゃん」
油断しきったディアに至近距離から叩き込まれる裏拳。魔術的に強化された腕で放たれた拳は、小さなディアの体を紙のように吹き飛ばす。ディアは毬が如く地面で2回跳ね、くるっと空中で回り着地。
「…怒りましたよ!≪灰燼と化せよ・我は劫火を――」
「いや、もう十分だ。ティーディア・ポルトス、貴様にもう用はない。『代行者』の名の下に――――」
突然、男の口調と雰囲気が豹変。怪しげな何かを唱えると、黒い霧となって消えた。
「…やっぱり護衛を付けてもらったほうがよかったかな?ちょ、おにーさん!」
「…ごめん……」
クレリスはこの戦闘中、ずっとあんぐりと口を開けていた。
〇
場所は変わり、客室内。
「え~~っ!?おにーさん、魔術使ったことないんですか!?」
「理論は知っているんだが、使ったことはないんだよな…大変お恥ずかしいことに」
「というかそれ以前の問題です!戦闘中にフリーズしてるのヤバすぎですよ!!」
「いや本当にすまん…いきなり過ぎてな?」
「そういう事じゃありません!シーリン魔術学院でやっていけませんよ!?」
「うん…」
完全にしょぼくれるクレリス、口煩く詰るディア。
ディアは深くため息をつくと、額に手を当てて、
「イースに着くまでまだ丸一日以上ありますから、明日ディアと一緒に練習しましょ!おにーさんが魔術を使えるように教えてあげますよ!」
「…ありがたい」
「ふふん、ディアにお任せです。…とりあえず、今夜のごはん分けてあげますね」
「いや、本当に、ありがとう…」
ディアが居なかったら学院に辿り着くことすら出来なかったかもしれない…そんなことを考えながらクレリスはパンをもそもそと齧っていた。