第3話 列車にて
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「おー!じゃあおにーさんはずっとド田舎に住んでて、今までイースに行った事ないんですかっ?…なんだか羽振りは良いのに怪しいですね、もしや裏社会の住人だったり~?」
「しない。というか俺に羽振りのいい要素無いだろ、今のところ田舎から出てきて『はえ~軌道車はや~い』くらいしか言ってないぞ」
桃髪の少女、ティーディアはアホ毛をピコピコと跳ねさせながらクレリスを質問攻めにしていた。
ただノリの軽い、テンションが無駄に高いだけの人間ならまだしも、ちょくちょく核心を突いたことを言ってくる辺りタチが悪い。シーリン魔術学院に入学するから当然と言えば当然であるが、やはり地頭は相当良いようだ。
「おにーさんが羽振り良い要素なんて数えればいっぱいありますよ?ま、一番はディアと同じ等級の列車に乗っていることですかね!そう、なんたって我がポルトス家は『七英雄』を生み出した家!もうぼろ儲けよ、濡れ手に粟!高利多売!不労所得で老後も安泰ってもんよッ!!」
ティーデイアは腰に手を当て高らかに宣言する。身長も相まって子供にしか見えないが…
「『七英雄まんじゅう』でも売ってるのか?…そんな事より学院について話そうぜ?俺、情報がほとんど無いんだが」
「『七英雄まんじゅう』!!それは中々名案ですよおにーさんっ!明か暗なら明の方、これは実家に連絡だあ!…もしもしディアだよ、『七英雄まんじゅう』とかどうかな!検討よろしく~!!…んで、何の話でしたっけ?」
…舌がよく回ることだ。コイツの話は半分くらい聞いてればよさそうだな…
「学院のことだよ、ティーディアは何か知らないのか?」
「むぅ~、なんか距離感!ディアって呼んでくださいよ、ほら!リピータフタミー、ディア!…まあいいですよ、時間がたつにつれて信頼が芽生え!呼び名も変わり!みたいなのも最ッ高に燃えますよね!」
「…あ~、ディア。学院の話をしよう」
ディアは途端にむふ~!と満足気な顔に変わると、片目を閉じて自慢げに語り始めた。
「そいじゃこの名探偵ディア様がちょちょいっとおにーさんにご教授いたします!いたたたた、頭をつかまないで!貴重で優秀な脳細胞が壊れちゃいます!!…んもう、そいじゃ順を追って説明していきますよー!」
ディアは滔々と語り始める。…いちいち煽りと余計な茶々が入るので理解するのに時間がかかったが、こういう事だそうだ。
・最初の4年間は魔術理論を中心に学ぶ。40人のクラスが大体30個ほどあり、完全成績順で並べられるそうだ。
・残りの2年は自身の専門を学ぶために進路が6つに分岐する。詳しい実態はわからないらしい。
・学院長は『真人』テスラの師匠、マイナ・シーリンという女性だそうだ。父さん繋がりの段階で嫌な予感しかしない…
…1時間近くディアの話を聞いていたが、まともな情報はこれだけしか得られなかった。
やはりこいつ、正面からやりあうべきではない。
「…んで、そのシーリン学院長、どうやら2000年くらい生きてるらしいんですよ!だからどんなおばあさんなのかと思って前見学に行ったらびっくり、ディアと同い年くらいの見た目だったんで…おにーさん、ディアの話聞いてます?」
「聞いてる聞いてる、おばあさんが若くてすごいって話だろ」
「むぅ~、聞いてませんね?まあ時間も時間ですしねっ、ご飯にしましょ~!」
ふと外を見ると太陽はすっかり落ち切り、何もない真っ暗な荒野を軌道車は静かに走っていた。
クレリスはディアに言われ初めて自分の空腹に気づき…そういえば売店があったはずだ、席を立つ。
「おろ、おにーさん、ご飯持ってないんですか?この時間から外に出るのは結構リスキーですよ、一等車両の安全が保証されてるのは客室内だけですから!」
「…え、そうなの?怖ッ…まあちょっと買って戻ってくるだけだから大丈夫だろ、行ってくる」
「ちょ、本気で行くんですか?…客室の中は魔術的な防御で安全ですけどホントに外は危ないですよ…?なんならディアのやつ分けてあげますよっ!?」
「大丈夫だって、んじゃ」
扉を閉めて外へと出るクレリス。保護された扉は外の様子を一切映し出さず、ティーディアは不安げな目で扉の向こうを見つめた。
沈黙。
「や、やっぱり外の様子をちょっと伺ってみようかな…?」
突然響く怒声。ティーディアはビクッと肩を震わせた。
逃げ惑うクレリス、罵声を吐きながら追う暴漢。…一等車両の外にはやっかみ半分、金目的半分でこういうやつらが潜んでいる事があるのだが、その想定は最悪な形で現実となった。
「普通に想定以上に治安悪かったわッ!?」
「んも~!だから言ったじゃないですかっ!!…仕方ないですね、おにーさんの事助けてあげますよっ!」
夜の列車で、初めての魔術戦が始まった。