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第5節 「フラット」

それは、一瞬の出来事だった。

同時に、俺には無限にも感じられる時間の中での出来事でもあった。

銃口から迸る閃光とけたたましい銃声と共に、俺の偽物の放った弾は狙い違わず俺の胸に目掛けて飛んで来た。


その現象は、俗に言う「走馬灯」というモノだろうか。

緩やかに近付いてくる弾丸をぼんやりと眺めながら、俺は今日までの日々を想った。

おやっさんに山の麓で拾われたその時から始まった、「ナイン」として過ごして来た日々の、その一つ一つを。


騒がしく始まる朝。

交わした言葉の数々。

温かな食事。

——家族たちの姿。


顔を合わせればいつも嬉しそうにすり寄って来たベティ。

俺が何か失敗した時は、いつも一緒になって叱られてくれたアンナ。

そして、おやっさん。

いつも厳しくて、口うるさくて、乱暴で。

でも、それはきっと誰よりも俺のことを想ってくれているからで。

俺のことを、実の息子の様に思ってくれていたからで——。


——ああ、まだおやっさんに恩返しの一つも出来ていないって言うのに。


そう思った瞬間、何かが俺の視界を遮った。

それと同時に、緩やかに進んでいた時間が、わずかな衝撃と共に元の早さを取り戻した。


「うぅ……っ」


——俺は、死んだのか——?


撃たれたような痛みは無かったが、身体の上に何か重いモノが覆いかぶさる感触があった。

思わず閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには俺を庇うようにして倒れている人の姿があった。

その人物が誰なのか、など確かめるまでもなかった。


「おやっ、さん——なん、で——?」


——そこに居たのは、紛れもなくおやっさんだった。


「お?おぉー?まぁだ生きてやがったのかァ?オッサンよぉ……」


そう言って、偽物はくつくつと笑いながら近付いてくる。

そのままおやっさんのすぐ側までやってくると、彼の体を思い切り蹴飛ばした。


「やめろぉーッ!!」


俺はフラつく体を無理矢理に起こし、怒りに任せて拳を振るった。

しかしその拳は軽く躱され、次の瞬間には視界が白く飛び散った。

遅れて眉間に鈍い痛みが走る。

猟銃の持ち手で思い切り殴られたことをようやく認識したのも束の間、すかさず二発、三発と鳩尾に拳が入り、堪らず俺は膝から崩れ落ちた。


「弱くて話になんねぇなァ……まぁ、『フラット』のてめえが俺に敵うわけもねえ、か」


そうブツブツと呟きながら、俺の偽物はライフルのボルトハンドルを手前に引いた。


——このままだと撃ち殺される。なんとかして時間を稼がなければ。

未だに鈍く痛む頭を必死に働かせ、俺はようやく言葉を絞り出した。


「フ……フラット、って何だ……?」


俺の言葉を聞いて、偽物は怪訝そうに首を傾げた。


「はぁ?シラけんなよ——あー、そういう事かァ。お前、もしかしなくても昔の事を忘れてやがる——」


「お前……俺の、過去を……知ってる、のか……!?」


思わず食い気味にそう訊くと、偽物は不快そうに顔をしかめた。


「詳しくは知らねえよ。俺はお前を()るように言われてココに居るだけだ……ヒヒ、時間稼ぎだか何だか知らねえが……言いてえ事はそれだけかァ!?」


そう言って偽物は俺の背中を強く踏みつけた。

必死に起き上がろうともがいても、押さえつける力の強さには敵わず、地についた手はただただ震えるばかりだった。


——そうだ、アンナ——アンナは無事か——?


ふと思い返して辺りを見回したが、先ほどまで気を失って倒れていたはずのアンナの姿が見えない。

俺が顔を上げたのに気付いた偽物は、今度は俺の頭を強く踏みつけた。

痛みと共に口の中に鉄のような味が広がる。


「何キョロキョロしてんだよ——死ね!死ねェッ!!」


きっと、意識が戻ったアンナは、先ほどの混乱に乗じて逃げる事が出来たのだろう。

今頃村に戻って助けを呼んでいるのかもしれない。

俺はきっとここで命を落としてしまうが、せめておやっさんだけでも——



——その刹那、まぶたの上から僅かに射した眩い光とともに、何かが爆けたような音が辺りに響き渡った。


「クソがァアアアッ!!」


頭上で叫び声が上がったのと同時に、俺を押さえつける力が弱まった。

俺はその隙を逃さず、横に素早く転がって拘束から抜け出した。


すかさず体を起こすと、熊除けの閃光弾を携えたアンナの姿がそこにはあった。


「ナイン!お父さん連れて逃げて!早く!!」


言いたい事は山ほどあったが、言われるままにキズだらけのおやっさんを背負った。

背中にに伝わる冷たい感触が、一刻を争う事態なのだ、と告げている。

途轍もない重さが背中にのし掛かり、先ほどの傷が痛みを訴える。

それでも、今は泣き言を言っている場合ではない。


何やら喚いている偽物にアンナがもう一つの閃光弾を投げ付けたのを確認した俺は、振り返らずに一心不乱に駆け出した。

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