狭い水槽の中で
心無い人の嗤い声が、水槽の中でいつまでも響いている。
いや、心があるからあんなにも汚く嗤えるんだ。
その嗤い声に、それを断罪したくて仕方がない人の怒号も混じって、更に響いていく。
狭い水槽の中で跳ね返って、縦横無尽に暴れている。
ケラケラと、嗤う人。
沸々と、憤る人。
僕はどっち側にも立てなくて、真ん中でただその声たちを聞いている。
吐き気がするのに、悲しくなるのに、ただ聞いているだけしか出来ない。
「苦しい」
口から汚い泡を吐き出す。息苦しくて堪らない。
代わりに水を飲み込む。それでも苦しい。
けれど、これを全部飲み干したら、いつか綺麗な空気が吸えるかもしれない。
そう思えたから、頑張って飲むことにした。
喉は鳴りっぱなしだった。
そして、ようやく飲み干した。お腹は何かを孕んだように膨れた。少し、恥ずかしくなる。
でも、これで綺麗な空気を吸うことができる。
僕は両手を広げて、大きく息を吸った。
そして、とても深く息を吐いた。
「……う」
どうして。どうして腐ったような匂いがするんだ。汚い水を吐き出さないように、必死に口を手で塞ぐ。
泣きそうな顔で、周りを見渡した。
ぼやけた視界に映ったのは、死体だった。
嗤っていた人も、怒っていた人も、関係ない人までも死んでた。僕が水を飲み干したせいで、息ができなくなって死んだんだ。
腐りかけの眼球が、僕を睨んでいた。
お前のせいだと、睨んでいた。
「違う。こんなことがしたかったんじゃない」
後悔が、水槽の中で泳ぎ始めた。水はもうないのに、皮肉っぽく大袈裟に泳いでいる。
僕は耐えかねて、全部水を吐き出した。
死んだ人たちも、僕も、水槽の底に沈んだ。
ただ、綺麗な空気が吸いたかっただけなのに。