五話 五観七勁
戦士鍛錬場の講堂に百人以上の生徒が整然と並んで座っている。その正面に立ち朗々と説教をするのは白髪の老人、教官長を兼ねるシルバ教官だ。
低い声は室内に響き渡り、生徒の鼓膜をびりびりと震わせる。それを無表情に聞くフランは、普段より多少、いや、かなり憂鬱だった。
今日は季節の終わりの測定会であり、蓄えた強さを、表に出る形で測定する会だ。鍛錬は行わず、午後からは自由であるため、鍛錬が嫌いな生徒にとっては楽な日だ。しかし、フランの心はそんなものを感じている余裕はない。フランの戦闘技術は間違いなく最上級生の中で最高。しかし、それに反して身体能力は全体を通しても中の下。今でこそそれを指摘され嘲笑されるようなことはないが、まだ戦闘技術のなかった幼い頃は色々と嫌な目に合っている。それに、戦闘技術、特に形を伸ばして戦えるようになった今も、その不自然な強さを不気味がられることがある。嫌な記憶と、好奇の目。どちらもフランの精神を圧迫する。
「五観七勁十全に発揮し、日頃の鍛錬の成果を見せてくれるここを期待する」
シルバ教官はそう言って話を締めた。
五観とは世界の観測、見、聞き、嗅ぎ、計り、読む。七勁とは力の発露、壊し、封じ、走り、耐え、留まり、動かし、変わる。それらは強さによって変化し、強いほど強くなる。
測定会では基本五競技によって基本的な能力の測定を行う。板壊し、大立、水投げ、くぐり抜け、四四二。これらにより戦闘に必要な要素を全て測定できる。それらを集団で記録した後、希望者が受けることができる追加能力測定を行う。追加能力測定では、特殊五感、広域干渉、逆干渉、変身、などだ。普段ならばそれらで終了なのだが、今日は違う。
「今日は定位官を呼んでおる。能力の測定が終了したものから強さも測定してもらう」
歓声が上がった。定位官は直接他人の強さを計ることができる。強さを計ること自体はさほど時間のかかることではないが、定位官が希少なため、戦士でない生徒が測量を受けられる機会は少ない。
フランは更にげんなりする。フランは測量にも良い思い出はなかった。
湧きあがった空気のまま、測定会が始まった。
最初は板壊し。干渉力を測定するため、乾燥させたナガクスを折るだけだ。この種目はフランも苦手ではない。一応九位には入ることができた。プルトは三位。グレグは二位。サフィは十七位。比較的予想通りの順位に終わる。
次に行った四四二も悪くはなかった。フランは二五位。上からの三分の一辺り。サフィが圧倒的一位を記録したが、プルトは十位。グレグは自分より下であり、そのことにフランは少し安堵したが、すぐにそんな自分を恥じた。それはグレグに失礼だと考え直した。
そして、これ以降、フランは他人の順位を気にしている余裕はなかった。水投げは駄目だった。フランは投げることは苦手ではないが、そもそも水を掴むことができない。順位は五五位。そして、くぐり抜け。通常の可動域ならば動かすことはできるが、それ以上の柔らかさを求められた瞬間体が悲鳴を上げる。胴回りより径の小さい穴を抜けることはできない。四三位。そして、極めつけは大立。存在強度の測定のために、ひたすらに教官に殴られるという種目だ。
シルバ教官が拳を鳴らしながらにやりと笑う。
次の瞬間、フランの意識は遥か彼方へと飛んでいた。
結果は九九位。ほぼ最低だ。
鼻血を流すフランを元気づけるためか、グレグが追加能力測定に誘ったが、フランは特に測定して有利になる能力がなかった。強いて言うならば動く物を目で捉える能力は優れているという自覚があったが、それを測る競技はない。視覚は遠くを見る能力と、透視能力を所持しているかを問われるのだ。
結局フランは水練の間で時間を潰し、最後の測量に移った。
定位官は強面の中年男性だった。なんとも背が高く、前線の戦士なのではないかと言いたくなるくらい筋肉もついている。
フランは心臓を抑えながら自分の順番を待った。基本的な能力測定を終えた時点で自分の能力が優れていないことは分かっていた。測量はあくまで能力を数値として、その日の体調ややる気などの変動する要素を覗いた真の強さを測定してくれるだけなのだ。フランは一切手を抜かなかった。気力も十分だ。なら、競技の結果より良い数値が出ることはまずない。
「フラヌトラ・アーミラ―」
「はい」
呼ばれ、フランは定位官の前に立った。定位官はその目でじっとフランを見る。
「十二」
「……ありがとうございました」
周囲の生徒がざわめいた。その強さは一般的な成人男性とほぼ変わらない。グレグやプルトが二十を超えていたことからも、フランの強さがいかに低いかが伺える。
面と向かってフランを笑うような生徒はいない。なぜなら全員フランと手合わせをしたことがあり、フランに負けたことがあるからだ。しかし、それゆえにフランのことを不気味に感じしている。あれだけ強いのに、なぜ強さは低いのか? 何かしているのか? 何かあるのか? 何もないはずはない。そう訝しんでいるのだ。
集団に戻ると、フランの周りには少し空間ができる。いつものことであり、皆数日で忘れるのだが、やはり気分のいいものではない。
グレグと目が合った。
「相変わらずフランはよくわかんないね」
その口調はあくまで不思議に思っているだけのようで、それだけでフランの口からは苦笑が漏れる。
「背伸びの結果だ」
「んー? 背伸びしても強さは変わらないじゃん。ああ、普段無理してるってこと?」
「そうだ」
自嘲するような笑いに、グレグはいつものように飄々と答えた。
「無理して勝てるなら皆無理してるって。きっとフランにはなんかあるんだね。勝つために必要な何かが。あー、フランに勝てるように頑張らないとなー」
それならまず拳の繰り出し方を学んだ方がいい。そう言いかけて、フランは口を噤んだ。そんなことを口にして馬鹿にされてはたまらない。フランがしていることは、弱者の小細工だ。世間がそう言っているのは知っているし、フランもそう考えている。しかし、そうしなければフランは勝てないのだ。最小の動作で、最短の軌道で相手に拳を繰り出し、効率よく、干渉を避けるように身を捩る。なんとも無様で、なんとも滑稽。しかし、そうしなければ勝てない。フランには強さが足りない。
けど、綺麗よ。
いつか言われたアーナの言葉が脳内で再生され、フランは少しだけ気が楽になった。言われて嬉しい言葉ではないが、褒められているのは確かだからだ。
大丈夫。まだやれる。誰にも聞こえないよう、フランは呟いた。
それは午後の自由訓練の時間だった。
「食べる?」
グレグが何か茶色いものを差し出した。動かした振動でそれの端がぼろぼろと崩れる。
フランは警戒しながらも観察をする。見たことないものだった。強いて言うならば、姉や叔母がたまに作る甘物に似ている気がした。
警戒心をむき出しにするフランに、グレグは苦笑した。
「食べ物だよ。料理」
「要らない」
「この堅物め」
「料理は禁止されているはずだ」
「みだりに豪奢な食事を行うことを禁じているだけだって。こんなのをたまに食べるくらい全然大丈夫。寧ろ精神の保養。健全健全」
「そうだぞ」
「そうそう」
横でもごもごと咀嚼するサフィとプルトが同調する。普段どちらかというと規則を守らせる側であるプルトまで食べているのを見てフランは脱力した。しかし、だからと言ってフランの結論は変わらない。
「要らない」
「美味しいよ?」
「食べ物に美を求めるべからず」
「強さはないがな」
「尚更要らない」
フラン以外の三人は目配せをすると、一斉にフランに襲い掛かった。
プルトがフランの両手を抑え、サフィが背後に回って頭を抱える。腹部への打撃と共に顎を無理やり開かせ、グレグが広域干渉で料理をぽっかりと開かれた口に投げ込んだ。即座に無理矢理閉じられる顎。
「いえーい」
「完璧な連携だ」
「美味しいでしょ」
三人がかりで、体を押さえつけられた状態で敵う気はしなかった。フランは観念し、諦めと共に咀嚼した。
美味だった。仄かな甘み。さくさくと小気味いい歯ごたえ。口蓋に張り付いたりすることもなくつるりと飲み込むことができる。生肉とはかけ離れたその食感から、非常に手の込んだ料理であることが想像できた。
なんとなく罪悪感を感じながら嚥下したメアに、一人の少年が話しかける。
「よっ、楽しそうだな。暇なら俺と組手をしないか?」
ケイルレア゠ピア。優れた干渉力、優れた存在強度。地を踏みしめて正面から打ち合い、その強さで相手を圧倒する正統派な戦士候補。そして、小細工を弄するフランを毛嫌いする戦士候補の一人だ。彼に限らず、フランのことを嫌いな戦士は多いのだが、ケイルは特にフランを嫌っていた。
そんな相手が気軽に話しかけてくるのは珍しい。しかし、こうして組手を申し込んでくる時期は大体決まっている。フランの調子が悪そうなとき、フランが精神的に弱っているとき、又はケイルがサンジュをした直後。サンジュを行えば強さが増える。強さが増えればフランを倒せる。そう考えているのが自身に溢れた顔から漏れている。
フランはため息を吐きそうだった。確かに強さが上がれば干渉力は高まるし、存在強度も上昇する。そうなれば一撃の脅威は増え、攻撃も通りにくくなる。だが、フランを倒したいのなら動きを変えるべきなのだ。フランは軽く触れるだけで倒れる。全力で殴らず、当てることに徹すればいい。しかし、そうした戦士らしくない振る舞いを毛嫌いしているケイルはそんなことをせず、何度もフランに殴られ、負け、そして更にフランを憎むのだ。やってられない。
断るか。それもありだろう。直に試験だ。此処で怪我をするほど馬鹿らしいことはない。しかし、午前の測定会のもやもやを思い出してしまった。せせら笑うような顔、不気味がる視線。
自身が苛立っていることに気付いた時にはフランは頷いていた。
「わかった」
「話が速くて助かるぜ。じゃ、こっちな」
フランとケイルの組手が始まるとなると、人が集まる。二人とも今期の卒業生であり、又実力上位者。どちらも人気者であり、その人気は相容れないもの。盛り上がるのも無理はなかった
誰かが教官を連れてきた。最上級生の組手は教官が居なくてもしてよいのだが、気を利かせたようだ。フランも気合を入れなおす。手加減は必要ない。
「始め」
気の抜けたような声と共に組手が始まる。近距離。障害物はない。単純に殴り合うのだ。この単純さがフランは好きだった。
避け、殴る。避け、殴る。いつものようにフランは繰り返した。ケイルの動きは多少早くなっていたが、それでもそう変わりはない。成人するまで大規模なサンジュは禁止されているのだから当然のことだが、自身に満ち溢れた態度から警戒していたため、拍子抜けしてしまった。次第にあざが増え、動きが乱れていくケイル。淡々と躱して打ち据えることを繰り返すフラン。プルトよりはよわい、プルトのようにくふうする必要もない。
どん、ひおっ、がっ、ちっ。
淡々と繰り返す。
肉を打つ感覚。空を切る音。
いつ終わるのだろうか。あまりにも単調な作業に、フランはいつの間にか意識が飛んでいた。
そして、いつの間にか背後に回っていた誰かに腕を抑えられた。反射的に振り払おうとするができない。殴り飛ばそうとして反対の手が動き、そちらの手も別の誰かに抑えられる。
「何やってんだ、フラン!」
フランは我に返った。目の前には顔中を張れあがらせて地面にうずくまるケイルと、厳しい顔をした教官。そして怒りに満ちた顔をしているグレグが居た。
教官に組手を止められた。そして、その教官を殴ろうとし、それをグレグが止めてくれた。そう気づいたフランは冷汗が溢れ出た。教官への反抗は厳罰、グレグに止めてもらえなかったら確実に殴りかかっていた。いや、それ以前に制止の声があったはずだ。それを聞かずにケイルを殴り続けていた。正確には聞こえなかったのだが、そんなものは周囲の人にはわからない。フランは我を忘れていたことに気付き、呆然とした。
フランは教官に地面に押さえつけられる。教官は元封印官だ。フランは指先さえ動かせず、息もできなくなった。
「私は何度も止めたが、お前は何故組手を止めなかった。答えろ、アーミラー」
声が出ない。全力で封印されている。一切の比喩なく、瞬きをすることさえできなかった。
「答えろ」
フランが声を出せないことを分かっている。教官も、周囲の人々も。しかし、誰も止めない。教官への反抗は厳罰。戦士鍛錬場の固い規則だ。
「どうした、答えられないのか。教官の問いに答えられないのか」
「もうし、わけっ……ござ、せん」
フランは無理矢理肺から空気を絞り出す。それだけで意識が遠くなりそうな苦痛だが、それでもフランは声をだす。
「何がだ」
「教官の、指示をっ、無視、いたし、ました」
「わかっててやったのか?」
「いえ、きこ、聞こえませんでしたっ」
「ほう、随分と耳が遠いようだな。先日の検査では聴力の項目はなかったが、そんな調子では不安だな。こちらから受験の取り消し申請を出しておこうか」
「集中しておりましたっ、申し訳ございません。普段はこんなことはあり、ません」
限界だった。息を吸えないのに吐き続けるのは。視界がぼやける。思考が乱れる。
そのことを教官も感じ取ったのか、フランを開放すると、埃を払うように手を叩く。
「次はないぞ。以降このようなことはないように。また、故意じゃないにしても厳罰だ。今日の訓練終了後にこの場の清掃をしろ。塵一つ残すな。わかったな」
「分かり、ました」
フランがせき込みながら頷くと、教官は去っていった。特にケイルに話しかけることはしない。弱者には興味がない。負ける方が悪い。そう態度で示している。ならば何故フランがこうして折檻されたのか。それはフランが教官に逆らったことが気に入らなかったからだ。それだけだ。フランもそのことは分かっていた。
しかし、一連の騒ぎに対して周囲の人間が受けた衝撃の種類は少し違った。フランに好意を持つ生徒はフランの無口ながらも偉ぶらない態度に憧れていた。このように動けない相手を叩きのめすような暴力性はそんな普段のフランの姿からはかけ離れている。困惑と恐怖の視線がフランへと向けられる。
また、ケイルに憧れていた生徒からは非難の視線が浴びせられる。いくらケイルのことが憎いにしても、入隊試験直前にここまで痛めつけるのは穏やかではない。教官にやられてざまあ見ろと誰かが呟いた。
起き上がろうとするフランに手を差し伸べるグレグも表情は硬い。
「流石にやり過ぎだよ、フラン。いくらケイルが気に入らないからって、教官の目の前であ底までやるなんて」
「いや、別にそんなつもりじゃない」
「フランがそんなつもりじゃなくてもそう見えるんだ。周りからは。なんか理由があったのかもしれないけどさ。一体どうしたんだよ、フラン」
フランはその態度に無性に苛ついた。何故信じてくれないのだろうか。確かにやり過ぎた。問題だ。しかし、組手での出来事だ。たまにはこういうこともあるだろう。それに、フランは今まさに拷問まがいの仕打ちを受けた直後だ。もう少し友人として言う言葉があるだろう。フランはそう思ってしまった。
「関係ないだろ、何があっても」
「え、ちょっ、フラン!」
フランは肩を怒らせて道場を出た。怒りが止まらなかった。
おかしい、こんなにも気持ちが制御できないのはひさしぶりだ。頭の冷静な部分がそう叫ぶ。しかし答えは見つからない。ただひたすらに怒りが湧いてくるだけだ。無性に腹が立つ。
結局フランが冷静になれたのは陽が沈む直前だった。忘れていた鍛錬場の清掃を済ませて帰る頃には、あたりは真っ暗になっていた。
翌日は気まずかった。グレグには謝罪をしたが、それでもあまり慣れていないフランの表情は硬いものとなり、伝わったのか、伝わっていないのか、いつもより会話が少なくなった。それを感じ取ったのか、サフィもプルトも話しかけてはこない。フランが歩くとひそひそと囁き声が響く。昨日の事件は既に広まっているようだ。
ケイルは来ていない。重症だったのか多少気にかかったが、フランは自身の干渉力の低さを知っている。そこまで大事には至っていないはずだと自分に言い聞かせた。
午前の訓練は戦士の檻でのヤシャとの戦闘であり、人を相手にしなくて良いのは気が楽だった。相手を怪我させることを気にしなくて良い。自分が怪我することは気にしなければならないはずだが、フランにとってはそれは人が相手でも同じことだった。
昼の休憩になっても周囲の視線は変わらなかった。寧ろ話が広まったらしく、フランへ非難の視線を向けてくる生徒が増えていた。
フランはなんとなく裏手、人が少ない休憩所へ向かった。
ナガクスの陰で休む。灰色の胴に背を預け、ずるずると座り込む。
良くない感情を大勢から向けられるのは久々だった。ここまで露骨に向けられると、いくら心覚が低くとも多少精神に来る。あまり気にしないよう心掛けてはいるが、つまらないことに気を取られているという感覚も相まって、苛立ちが湧く。
深呼吸を一つ。両の拳を握り締める。深呼吸を二つ。ゆっくりと拳から力を抜く。フランが幼い頃に教わった、精神を落ち着けるための所作だった。
そうしていると、背後でナガクスが震える音がした。振り返ると、目の前に不機嫌そうなアーナの顔がある。
「……珍しい。こんな時間に」
「そんなことより言うことがあるでしょう」
「騒ぎになるから城に戻った方がいい」
アーナがぷくっと頬を膨らませた。フランを叱る時の表情だ。
「フラン。昨日なんであんな馬鹿なことしたの。ここは厳しいところよ。分かっているでしょう? あなたたちは選ぶに値するかどうか見定められているの。今は本当に大事な時期なの。フランは後ろ盾も何もないんだから、特に大人しくしていないといけないのに、下手したら一発で駄目になるようなことしかけるなんて!」
なんとなく察してはいたものの、昨日のフランの暴走に関して文句を言いに来たらしい。その耳の速さにフランは感心を覚える。
普段ならフランはアーナをなだめようと必死になるだろう。しかし、今日は少しばかり気分が悪かった。皆自分に対して腫物に触れるように接してくる。なんとも苛立ちが募る。そんな状況で、気分やな王女の相手をする気にはなれなかった。
「放っておいてくれ。少しやり過ぎただけだ」
「少し? 相手は下手したら試験を受けられなくなるほどの怪我なのに?」
「ああ、少しだ。あの程度、戦士見習いならだれでも経験したことある。別にやり過ぎなくたってあれくらいの傷はおうことがある。大したことじゃない」
何とも腹の虫がおさまらず、余計な一言を付け加えてしまう。
「王女の君には分らないかもしれないけどね」
カっと眦が吊り上がる。言い過ぎたとフランが思った瞬間にはアーナの拳がフランの鼻っ面にめり込んでいた。
アーナは王女である。当然、受けるサンジュも食事でエル強さもは最高級のものであり、まったく鍛錬をしていないといっても強さは戦士見習いに引けを取らない。いや、現在のアーナの強さは数値にして二五。フランの倍以上の数値だ。その干渉力はプルトの攻撃にも引けを取らない。ただ怒りのままに拳を振るっただけでも、その一撃は十分過ぎるほどフランへの攻撃となる。
フランは後頭部からクスの中に突っ込み、空を見上げる形になった。
ジンジンと痛む鼻。つうっと冷たい感触がしたので手で拭ってみると、鼻血が流れ出ていた。咄嗟に状態を逸らそうとしたが、干渉力を流しきることはできなかった。脳が揺れているような感覚がする。
「バーカ! アホー! ヘッポコ!」
「大きな声を、頭が痛い」
「そのまま死んじゃえ! 戦士でもないただの王女に殴られて伸びるような奴が何が戦士よ! はー、馬鹿らしい! こんなのに期待してた私が馬鹿らしいわ! いいわ、そのまま地面にはいつくばっていればいいのよ!」
フランは血を舐めながら起き上がった。その時にはアーナは既に視界から消えていて、ナガクスがざわめく音が響いていた。
「そうやって正面しか見ないで、自分ばっかり。精々、嵌められないことね!」
遠くから聞こえてきた言葉に、フランは首を傾げる。意味がよくわからなかった。はめる、という言葉の意味も、なぜそれを自分に向けるのかも。それに、結局アーナの用件も分からなかった。城を抜け出すにはそれなりの労力が必要なのだから、ただ不出来を叱りに来ただけではないはずだった。
考え、すぐにフランは諦める。
重要なのは強さ。それが全て。フランはそう信じているからだ。